第194話 突然の悪意
貴族家の馬車ならそのまま校舎中にある発着スペースに馬車を止められるのだが、俺たち平民の馬車は外問の前で降りざるを得なかった。
むしろ、ここから中が広いというのに。
仕方なく俺たちはだだっ広いエントランスをひたすら歩いていた。その途中、後ろからイタゥリムに挨拶してくる声があった。
「イタゥリムちゃん、おはよう!」
「おはよう」
確か魔法学者の娘、エステモちゃんだったかな。お付きのメイドとは昨日挨拶を済ませていた。そのメイドも彼女の後ろについてきている。
昨日屋敷でイタゥリムから聞いたのだが、彼女にとってこのエステモちゃんが平民学級で一番目の上のタンコブ的存在らしい。主に貴族との婚活的な意味で。何せ、親が学園で最先端の魔法研究者らしいからな。
容姿はアーガスト人が好みそうな小柄。それに反して意外とダイナマイトボディなのもグッド。おまけに黒髪翠眼で魔法位も高いときてる。貴族たちが一目置くのも無理からぬ話だ。
そんなエステモちゃんだが、彼女は親が大物であるにも拘わらず、無闇に偉ぶることのない奥ゆかしい女子なのだそうだ。今も、イタゥリムに対しても気軽な挨拶を交わすほど、いい意味で気安い子。
対してそのイタゥリムは……容姿はともかく、もうちょい穏やかになった方がいいかも。
「あれ? どうかした?」
「……ちょっと、ウチの使用人と話すから先行ってて」
「わかった! じゃあ後でねー」
目の上のタンコブとか言っておきながら、どうやらイタゥリムはエステモちゃんとは特に敵対しているわけではないらしい。先程は普通に仲の良い女友達のようなやり取りに見えたが……。
「アンタ、今エステモをイヤらしい目で見てたでしょ」
「えっ、いやいや」
なんでバレたし……って、そうではなく。
「あの方とライバルやるのは大変そうだな、と思って見ていただけです」
「ふん」
ぷいっ、と不機嫌そうにそっぽを向く。
「魔法学者の娘が何よ。あたしの方が成績良いんだからね」
「え、そうなんですか? 凄いじゃないですか」
「ふふん。そうでしょう? これでも、紅等生の中でも上から2番目なんだから」
「へぇー」
確かに凄い。確か主席が魔法師団のお偉いさんのご子息であるグンデロくんと聞いていたから、このイタゥリムはその次に魔法が使えると言ってもいい。
「すごいすごい。それなら家の財力も相まって、貴族の玉の輿なんて余裕なのではないですか?」
若干太鼓を持ちあげる意図もあって、俺はそんなことを言った。だが、彼女はまたムスッとした表情になってしまった。
「そんな簡単なら、わざわざエルフを買ってまで目立とうとなんてしないわよ」
「ご、ごめんなさい」
確かにイタゥリムの言う通りだ。彼女は貴族の男を捕まえる為にあらゆる努力をしている。だが、未だその実現ならず。その現実を俺はこの交流会本番で思い知らされる事となるのであった。
「あら?」
貴族校舎に入り集合場所の講堂へ向かう道中、ふと周りに自分たち以外の人が居なくなったと思ったら、金色のマカロニみたいな髪を頭にくっつけた女とエンカウントした。
彼女はブラウンを基調としたアーガスト衣装に身を纏っている。それはどことなくイタゥリムの服と似ていた。これが貴族学級の制服。つまり彼女は貴族のご令嬢様ということになる。
「あらあらまぁまぁ、神聖な学び舎に魔枷の無い亜人が入り込んでいますわよ。警備の兵はいったい何をしているのでしょうか」
彼女はこちらを見て、ニタニタと薄ら笑いを浮かべながら言った。それに対してイタゥリムは怒るでもなく、礼儀正しくお辞儀で返した。
「……おはようございます。エミユン様」
「あらあら、躾けがちゃんとしているのね。でも、ご主人様の元を離れてはいけないでしょう?」
「ぐッ…………」
彼女の言葉にイタゥリムは苦々しい表情を隠せないでいる。
そう、このエミユン様なる人物が口にする『亜人』とは、実はスティアのことではなかった。その時彼女の視線は、じっとイタゥリム本人だけを捉えていたのだ。
イタゥリムたちアリア公国先住民はその身体的特徴により亜人とされていた時期もあるらしい。ただ見た目以上の差が純人との間に無いことが広まってきたため、最近その風潮は収まりつつある。
しかし、このエミユン様なる貴族の女は違うらしい。
「あら?」
そんなエミユン様はジロジロと俺たちを見まわした後、ようやくスティアの存在に気付く。
「これは確か……エルフでしたか? 本物の亜人?」
「はい。あたしが連れてきた亜人です。ちゃんと魔封じの枷も付けさせているので、ご安心ください」
「はっ、亜人が亜人を? なんと滑稽だこと! オーッホッホッホ!」
手の甲を口に当て高笑いしたまま、エミユン様なる貴族令嬢はこの場を去った。
まさか本当にあんな笑い方をする奴に出会えるとは。
「大丈夫ですか? いきなり因縁つけられましたけど」
「……別に、問題ないわ。あたしたち先住民族を亜人と同視することは学則で禁止されているの。だからあの方もわざわざ一人でこんな通路にまで来て、あんなことを言ったのよ」
「いえ、そういう意味ではなく、あなた自身は大丈夫なのですか?」
イタゥリムはなんだか今までで見たことのないくらい悲しい顔をしていた。絶対、心無い言葉に傷ついたはずだ。
しかし彼女は気丈に前を向いた。
「大丈夫に決まってるでしょ。あんな血筋だけの……に何言われたって……」
「そう、ですか」
しかし、先ほどのイタゥリム今にも泣きだしそうだった。だがまあ、ここで彼女を突いても仕方がないか。
「これから貴族学級へ行けば、さっきみたいな事はよくあるんだから。気にしないで行くわよ」
「え、ええ……」
これまで何度も差別的侮辱を受けてきたのだろう。とはいえ、何ともないようには思えない。
今後、本当に辛そうに見えたら俺がなんとかしてフォローしないと。そんな使命感に駆られるのは、多少イタゥリムという少女に対して愛着が湧いてきたからなんだろう。
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