第193話 初日が終わって
「んじゃあ、今日は帰っていいわ。本当の意味での本番は明日からなんだから、早く休みなさい」
「分かってますよ。お嬢さまもお早くお休みください」
交流会1日目は貴族学舎の見学で終わった。俺たちはそれが終わるとすぐに宿へと帰された。
見学は昼休憩を挟んで夕方までという長丁場のタイムテーブルだった。それもそのはず、貴族が使用するエリアは俺が通っていた東京のマンモス私大よりも敷地が広大であり、校舎そのものは勿論、サロンや劇場、球戯場までありとあらゆる設備が整った場所だ。
そんな広大な土地ということで、一日中歩きっぱなしの状態が続いた。流石の俺たちも身体的にキツい。
「うぅ……ふいぃ……」
特にアトリが酷い。宿に帰って見てみると、足に水膨れが出来ていた。
「あらら……可哀想に。慣れない靴であんなに歩いたから」
「うう、ごめんねぇぇ……」
「大丈夫。治療魔法ですぐ治せるから」
風呂やら何やらを済ませた俺たちは倒れこむようにベッドへダイブ。操縦権もさっさとリアへ返した。俺も休みたい。
「スティアは結構平気そうだねぇ」
ひーひー言っていた俺たちを他所に、彼女はひとり涼し気に自分の髪にブラシをかけていた。
意外なことに、彼女には体力がある。それに普段の姿勢や歩き方が正しいおかげで、長時間歩きっぱなしでも身体への負担が少ないようだ。
「別に、これくらいなんともありませんわ」
少しばかり、ツーンとした素っ気ない返事。身体の疲労具合に反して、機嫌はちょっとばかし悪い? え、スティアが?
「えっと、スティア、どうしたの? 何かあった?」
「別に」
リアが問いかけるが、ぷいっと視線を逸らされてしまった。
これはあれか。
(反抗期?)
(いやいや……ささやか過ぎるでしょ)
若干とは言え、スティアの機嫌を損ねる事態が初めてのことで、俺たちは焦りに焦った。
(ミナト、一体何をしたのさ)
(えっ、俺!? 何か怒らせるようなことしたかぁ?)
(今日1日ずっと身体を使ったのミナトでしょ!)
(いやでもなぁ)
頭を捻るが一向に察しない俺たちに、スティアは大きくため息を吐いた。
「リアさん。果たされない約束をずっと思い続ける女を、あなたは執念深いと思いますか?」
「えっ」
急になんでそんな話を? 約束って……そうか!
(お前、バッカ! なんで忘れてんだ!? スティアのメイド服姿もちゃんと褒めるって約束してただろ!?)
(いやその話受けたのミナトじゃん!?)
(いやいや、お前が言ってあげないと意味ないだろ!?)
スティアにとってリアから言われることが大切なわけで。
アトリを沢山可愛がった分、スティアにも同じ分可愛がってやらねば。
「あの、スティア……えっと、スティアのメイド服姿めっちゃ可愛かったよ?」
「…………」
「なんていうか、その……美しすぎて逆にメイド喫茶にいなさそうな感じというか……」
何言ってんだコイツ。褒めるの下手か。伝えたいことは何となくわかるけどさ。
そんな俺でないと汲み取れなさそうな文句にスティアは
「……もう、遅いですよ」
頬を染めてそう言った。
え、今のでいいの?
「えまって、なに今のスティア……かわゆすぎる」
そんでもって、結局いつもの日課へ移行するリアであった。
翌朝、また早くからナユタン商会へ向かう。
「さあ、あんたたち、いよいよ今日から交流授業が始まるわ」
「授業ですか。私たちの取るべき行動に変わりはありませんよね?」
「ええ。そのまま余計なことはせず、飾り付けられた花を全うしなさい」
「元より恥を搔くつもりはありませんが、それでいいなら」
俺たち……というかスティアはただその立ち居振る舞いのみで目立てばいい。それは契約書を作った時から変わらない使命だった。
しかし、イタゥリム自身が取る行動は昨日と大きく変わる。彼女は今日から3日間、貴族の校舎で彼らと一緒に授業を受けるのだ。勿論その内容は魔法。
(魔法の授業か。前から気になってたし、結構いい機会なのかも)
(そうだなー。『詠唱』だっけ)
言葉を使って魔法を人に教える方法があると、この国に来て初めて学んだ。『詠唱』とかいう若干恥ずかしくなってしまうノリではあったが、リアに言わせると理にかなったものらしい。それをどういう感じで大勢の生徒に教えているのか、凄く気になるな。
「じゃあ行きましょう。今日は一度平民校舎へ行く必要はないから、馬車を使って直接行くわよ」
「わかりました。では、ふたりとも、行きましょう」
イタゥリムと共に皆で馬車へと乗り込んだ。ちょうど目の前にはスティアが座って、その美しいメイド服姿が視界に収まる。
「──スティア。ふひひ、今日も綺麗だね」
また突然身体を乗っ取られた。まったくリアのやつ……。
「ありがとうございます。ヒマワリさんも綺麗ですよ」
「うっへっへ。そんなことないよぉ~、スティアは胸もおっきくて足も長いからこういう服が」
「ダメですよ。そういうのは帰ってから」
昨日、スティアが拗ねたこともあって、リアに遠慮はなかった。しかし、TPOを弁えよ。
「それ、まだかかる?」
「…………」
スティアとねっとりタイムを過ごすリアだったが、外からの声で強制的に現実へと引き戻されていた。
(ミナト、パス!)
(うおっ!? このタイミングで!?)
(イタゥリムちゃんはミナトの担当でしょ!)
(担当!? つか、お前が勝手に入れ替わったんだぞ!)
いつそんなもんが決まったのかは知らないが、確かに相手する人格は統一したほうがいい。まあ、もう遅い気もするけど。
俺はいまだスティアに触れたままリアの操縦権を引き継ぐ。
「すみません。もう大丈夫なので」
何も見なかった、いいね? そういう雰囲気を演出しつつ、俺は窓枠の外へ視線を移した。
「えらくベタベタしてたわね」
「ちょっと、平然と突っ込んでこないでくださいよ」
「いえ、ね。アンタんとこのご主人様は、アンタが亜人やそこの小さいのに手出してることを知ってるの? って思ってね」
イタゥリムは浮かない表情をしている。割と本気で心配されているようだ。
「心配ご無用です。魔女様も当然ご存じなので」
そりゃあ本人なんだから知ってるに決まっている。
「ふーん」
「なんです?」
「まあ、あたしは別にアンタがどうなろうといいんだけどさ、こっちの迷惑になることはやめてね。学園で貴族のご令嬢相手に、とかさ」
「知りもしない相手に破廉恥なことはしません!」
多分。そうだよな? リアよ。
少なくとも昨日アトリに発情したみたいにはならないはずだ。
「あっそ。じゃあもうそろそろ着くから降りる準備をしておくのよ」
イタゥリムは少し呆れた顔でそう言った。
「そうですね。スティア、アトリも準備を」
「承知いたしました」
「はーい」
さて、そろそろ俺も切り替えなければ。
(お前もな。これから先はマジで冗談通じねぇんだから)
(今はイタゥリムちゃんしかいないし、滅茶苦茶やってただけ。流石に公共の場では抑えるよ)
(マジで頼むぞ?)
あくまでお嬢さまの付属品とはいえ、今日は貴族のお坊ちゃんたちと対面するのだから。
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