第192話 交流会とは

 メイドたちと談笑しているうちに時間が来たのか、講堂の壇上に大人が現れた。白い髪とひげを蓄えた爺さんだ。彼が学園の講師なのだろうか。


「皆の衆、またこの季節が来たの。今年も尊き方々の寛大な心に甘え、その優雅な暮らしの一部を拝見させていただこうではないか」


 なんだか年季の入った白髪頭が言うと違和感を覚えてしまうほど、貴族への配慮ばかりの内容だった。交流会といいつつも、お貴族様には全力でペコペコしろと、彼は話を通してそれとなく何度も伝えていた。


 そもそも交流会とは何をするイベントなのかというと、平民学級の人間が貴族たちの学び舎を見学、そして一緒に授業を受け、最後に懇親会を開くというのが事前に聞かされていた流れだ。つまり貴族がホストで、平民がゲスト。


 ただ平民学級は約1000人ほどいるので、参加するのは勿論全員ではない。貴族の前に出すのにふさわしい、選び抜かれた秀才たちのみが交流会へ参加できるのだ。それが30名ほどの人員がいるこの学級。総称を紅等生という。


 紅等生とは、俺の知る学校で言うところの学年と学習塾によくあるタイプのクラスを合わせような概念だ。黒等生から紅等生まで等級があり、成績により振り分けられる。ちなみにウチのイタゥリムお嬢さまはまだ在学歴が浅いながらも定期試験で好成績を修めた紅等生。つまり超優秀ということ。ぶっちゃけ舐めていたけれど、それなりに魔法も使えるらしい。


 と、そんな彼らとお貴族様が交流する意義は勿論単なる馴れ合いだけはない。貴族の視点からすれば、自分の家の役に立つ才能を発掘する機会であるし、平民からすると自分の才をアピールし、より良い将来の就職先を探す場である。そんな中で結婚相手を探しにいくウチのお嬢さまはやっぱり異端なのだろうと思う。


「ほい、ではそろそろ移動しようかの。従者がいるなら一緒に来るように」


 爺講師はそう言うと、徐に降壇し部屋を出ていく。そして、生徒たちもそれに続く。


「それではまた」

「後ほどまたお話いたしましょうね!」


 周りの従者たちはそれぞれの主人の元へ駆け寄る。


「私たちも行こうか」


 俺たちも慌ててイタゥリムの元へ向かう……が、その道すがら彼女にバッタリと出くわした。


「ああ、いた! 遅いわよ!」

「あっ、お嬢さま。迎えに来てくれたのですか」

「アンタたちがチンタラしてるから。ほら、エスコートなさい」

「エスコートて」


 なんだ、腕でも掴ませて隣を歩けばいいのか?


「半歩後ろに着いてくればいいの! ああ、アンタじゃなくて、エルフね!」

「エスコートとは……? まあ、いいです。スティア、悪いけど頼める?」

「勿論ですわ、ヒマワリさん」

「言っとくけど、今の主人はアタシなんだからね!」

「はいはい。スティア、お願い」


 こうして俺たちはようやく貴族学舎へ向けて歩き出した。


 目的地は徒歩で約15分程度といったところか。まさか平民がこれくらいの移動で馬車に乗るはずもなく、当然ずっと自分の足で進む。その道中で目立つのは当然、エルフであるスティア。


「すご! イタゥリムのやつ、本当にエルフを連れてきてるぜ」

「ほんっと。わたし、初めて見た。綺麗ねー」


 先ほども歩いているだけで衆目を集めていたスティアだったが、目立つイタゥリムの側にいるとより多くの視線を受ける事となった。


 あ、イタゥリムのやつ、めちゃくちゃニヤついてる。本当、目立ちたがり屋だなあ。






 俺たちは貴族の使用する学舎へ到着した。


 建物の造りは木造がメインのアーガスト式ではなく、アブテロやパレタナで見たような堅牢さを前面に押し出した石造りだ。メイドの制服と言い、この街は西側国家へのリスペクトが深いのだろうか。


 まあそれはともかく、ここからは貴族が生活するエリア。イタゥリムたち庶民は外門に近づくだけで警備の兵に身柄を抑えられるという神聖なる地なのだ。いくら今の俺たちが貴族の秘書的立場を名乗っているとはいえ、粗相が無いように努めなければ。


 まず俺たちは学園の門兵から厳重なチェックを受ける。もし危険物を持ち込んでいたら、ここで弾かれてしまう。一応、事前に付き人である俺たちの分の入場申請をしてくれていたらしいのだが、スティアが怪しい目でみられるのはどうしようもない。入場できるだけでも、ナユタン商会が力を尽くしたことが伺い知れるというもの。


 今回はマジックバッグもナユタン商会に置いてきたし、怪しいところはなにもないので、すんなりと門を潜ることができた。


「皆の者、本日は校舎の見学をさせていただく。勝手にそこらの設備を触ったりしないように」


 老教師からそんな注意を受け、俺たちは貴族学舎へ本格的に足を踏み入れた。


「アンタたち、転んだりしないように気を付けるのよ」

「なんですか突然。思いやりを見せるだなんて、あなたらしくない」

「なによ! あたしだって、思いやりくらいあるわよ! ──じゃなくて! 注意聞いてた!? あんたね、ヤバいのよ!? もしドジって建物に損傷でも与えようものなら……」


 そこでイタゥリムの言葉は止まった。


「与えようものなら?」

「……やめとくわ。必要以上に脅して、ガチガチになられても困るし」

「え、ちょ、待って、マジでどうなるんですか?」


 そんな怯えるほどの目に遭うのか。


「昔、壁に飾られていた絵に不用意に手を触れたバカがいたらしくてね。ずいぶん優秀な生徒だったにもかかわらず、一番下の学級に強制移動、しかも3年は進級出来なかったって話が……」

「それは……えっとその、恐ろしいです、ね?」


 てっきり裏で怖い人に始末されたりするものかと……。思ったよりゆるい末路だと思ったが、彼女ら学生にとって、どれだけ頑張っても進級させてもらえないというのは死よりも恐ろしい仕打ちなのかもしれない。


「ちなみにそれってお嬢さまの財力でもどうにもならないのですか?」

「お金とか、そういうんじゃないのよ。貴族の所有物に平民が指紋をつけるということは。なにせ、誇りに関わってくるから」

「あー」


 貴族は平民とは違う生き物、基本的に彼らはそういうスタンスで平民に対して振る舞う。勿論それが支配者として必要な態度であることはわかる。そこはどう足掻いても変えられないので、とりあえず問題を起こさないよう注意はしておこう。


「アトリ、お気を付けくださいね。なんなら私の服に掴まっておきます?」

「どうして私だけ!? ミナ……じゃなくて、ヒマワリだって最初転んでたじゃない!」

「いや流石に慣れました。もう転んだりしません」

「わたしだって!」


 ドジっ子属性疑惑のあるアトリに、こっそりと耳打つ。すると彼女は必死に否定したのだが。


「でも、やっぱりなにかあったら怖いから、遠くへ行かないようにする」


 結局、そんなことを言ってアトリは少しばかりこっちへ近寄ってきた。


(はぁ、アトリ可愛いなぁ……チューしたいなぁ……)

(家に帰ってからにしなさい)


 それにほら、現在進行形で客寄せパンダとして頑張っているスティアの邪魔をしないよう、今は俺たちも気を付けなければ。

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