第191話 学園へ

 戦闘メイド服に着替えた俺たちはいよいよ学園へ向かう。


 ナユタン商会は学園にほど近い一等地に位置する為、登校するにも時間はほとんどかからない。


 行きの馬車の車窓からは、ネイブルで見たような石造りの豪奢な建物が並んでいる。木造の建物が多いアーガスト周辺では中々に珍しい。シルゥちゃん曰く、アレがお貴族様たちの住まう寮なのだそうだ。


「あれ? そういえば、学園って全寮制では? イタゥリムさんは違うのですか?」

「全寮制なのは貴族学級だけね。アイツらと平民はまあ、別々で考えなさい」

「はぁ……」

「あと、学園であたしのことは『お嬢さま』と呼ぶのよ。じゃないと、エルメルトンは渡さないわ」

「あ、それ契約違反ですよ」


 契約内容の変更を引き合いにして脅迫行為に出ることを禁ずる、と交わした契約書に書かれている。普通そんな条項を契約書に入れないが、イタゥリムみたいな横暴娘が絡むなら話は別だ。


「ふんっ! わかってるわよ! でも本当にそう呼ばないと、あたしの機嫌が悪くなるんだからね!」

「いや、もう悪いじゃないですか」


 と言いつつもこれ以上ご機嫌を損ねると面倒なので、仕方なしに「お嬢さま」と呼んでやる。すると彼女は目に見えて、喜んでいた。


 なんだ、可愛いところあんじゃん。


「ふふふ、貴族のお付きにお嬢さまって呼ばせてやったわ」


 前言撤回。かわいくねー。


 ただ、思ったより単純な性格だってのはわかった。これから困ったら適当に持ち上げておこう。


「さ、言っている間にもう到着よ。今日からいよいよ『交流会』が始まる。何が何でもここで目立って、貴族の男を捕まえるの。アンタたち、頼むわよっ!」

「悪目立ち、じゃダメですからね。分かってはいると思いますけど、一応」


 微妙に考えが甘いイタゥリムへ、念押しの意味も込めて伝えた。


 彼女は平民のくせに、普段から貴族並みに多くの従者を連れているらしい。それも目立つためなんだそうだ。


 ちなみに平時彼女が連れている従者たちには休暇を出した。当初は彼女らの仕事を奪ってしまった事への負い目があったのだが、その反面彼女らは喜んでその役目を譲ってきた。


 どうやら貴族学舎へ足を踏み入れるプレッシャーは相当なものらしい。始まる前から気が重いぜ。


 馬車は学園の校舎らしき建物の前に停車。順番に降りていくと、その時点でやけに周囲の注目を集めているのを感じた。


『あ、あれ、ナユタン商会の……』

『相変わらずいっぱい従者を連れてんだな』


 魔法で隠れているが、リアのエルフ地獄耳はしっかりと喧騒を聞き分けていた。なんだかその反応からして、イタゥリムは平民の間では相当目立つ存在のようだ。


「ふっ、皆があたしのことを見ているわ。そうよ、あたしがナユタン商会のイタゥリム。異民族と罵られるあたしがこの場で一番輝いているのよ」


 イタゥリムは誇らしげに、かつしみじみと呟く。ともすれば、それは自分に言い聞かせているようにも見えてしまう。


 異民族。その言葉が表すように、彼女は年頃のアーガスト人女性と比較して背が高く、肌は酔いが回ったように赤い。いくら彼女がお金持ちの子とはいえ、これまで謂れのない差別を受けてきたことは想像に難くない。


 しかし、俺たちがここまでの道中を共にしたピィリーナちゃんがそうだったように、イタゥリムも他の人となんら変わらない女性だ。むしろ父親の商才を受け継いでいるなら、他人よりも優秀だと言える。


 俺は自信に満ちた表情を崩さないイタゥリムの後を黙ってついて行く。ここは平民の学舎らしく、どことなく使い込まれた印象を受ける。


「交流会は貴族側の校舎で行われるのよ。平民が唯一向こうの敷地に入れる機会ってわけ」

「なるほど」


 しばらく校舎の中を歩く。校舎は歴史を感じさせる石造りの建築物で、内装は豪華とまではいえないものの、それなりに小綺麗だ。


 イタゥリムは集合場所らしき部屋へ入っていく。


 部屋は体育館ほどの広さだった。ベンチに机がセットで設置されていて、大学の講義室に若干雰囲気が似ている。イタゥリムはその一番前のど真ん中の席へどかんと座った。


「そこがお嬢さまの席なのですか?」

「別に決まってないわよ。でもいつもここだから」


 そうか、変わってるな。俺が自由席を選ぶなら絶対に目立たたない後ろの方へ行く。


「てか、あんたたちは教室の後ろで控えていなさい。今の時間、使用人に用事はないから」

「はあ、わかりました」


 これからここで交流会前の集会が行われるらしい。俺たちはイタゥリムの指示の通り講堂の後ろの方で控えておこう。……って、なんだか授業参観みたいだな。


 女ばかりでゾロゾロ部屋の隅へ移動すると、そこにはすでに先客らしき女性の使用人が数名待機していた。


「あら、ごきげんよう」

「ごっ……ごきげんよう」


 その中のひとりに軽い挨拶をされる。彼女のあまりに丁寧な所作に俺は気後れしてしまった。


 あれ? ここ平民学級だよな?


「あなたは初めてお会いしますね。どちらのお家の方でしょうか」

「ああ、えっと、ナユタン商会です。といっても、交流会の間だけになりますが」

「なるほど、そうでしたか。どうりでお見かけしたことがなかったはずですね。あっ、私はエマーと申します。同じナユタン商会様のご令嬢様とはご学友であります、グンデロ様にお仕えしております」

「グンデロ様?」


 エマーと名乗る女性の視線を追う。肉眼で顔が見える位置に、これまた背の高い青年の姿があった。


「グンデロ様はアーガスト魔法師団において名高い、シグエロ様のご子息にございます」

「あっ、あーなるほど!」


 知らん。誰だよシグエロ。


 しかし偉い人っぽいので、知らないとも言えず、俺は何とか笑ってごまかした。


「我が主グンデロ様はこの紅等生の主席で──」


 それからこのメイドさんは自分の主の自慢話を始める。件のグンデロ様はどうやらイケメンで魔法の才能もあるという天が2物も3物も与えたような生徒らしい。俺としてはリアという最強生物を知っているので、ふーん、としか思わないが。


「あっ、わたくしは──」


 エマーとの挨拶をきっかけに、他のメイドたちもどんどん集まってきて、いつの間にかメイド交流会が始まってしまった。


 しかしまあ、平民学級と侮ってはいたが、案外ここには大物が多いようだ。


 先ほども名前の出た魔法師団幹部の息子グンデロに、研究の第一線で活躍する魔法学者の娘、そしてウチのイタゥリムお嬢さま。他にも大層な肩書を持つ子ばかりで、皆一癖も二癖もありそう。


 と、ここでようやく俺はイタゥリムの焦りを理解した。そう、いかに大商人の娘といえど、この平民たちの中ですら彼女は特別でないのだ。確かに目立たねば埋もれてしまうだろう。


「で、そちらが噂の」

「えっ」


 メイドの誰かが口にした。すると、ほぼ全員の視線は俺……の横へ向く。


「ごきげんよう。スティアと申しますわ」


 イタゥリムがここに来るまでに稼いだ視線は、ほぼスティアによるもとだと言っても過言ではない。どうやらイタゥリムは、周りの人間にエルフを連れていくことを喧伝していたようで、皆興味津々にスティアの事を見ていた。


「凄いわ! 私、エルフって初めて見ましたの!」

「わたしもです! すごく狂暴だって聞いていたので、この優雅な佇まいには驚きです!」

「本当に耳が尖っているのね。ここ以外は純人と違いが無いように見えるけれど……」

「ああっ、触っちゃだめですよ」


 メイドのひとりがスティアの耳に触れようと手を伸ばしてきたので、俺はそっとそれを防ぐ。お触り厳禁です!


「あら、ごめんなさい。もしかして噛んだりします?」

「か……」


 番犬か!


 国に住む一般的な純人は彼女のようにエルフに対して理解がない。とはいえ、こんな扱いを受けるとは……。


「勿論噛んだりしません。触ってはならない理由は、このスティアがとある高貴なお方のお気に入りエルフだからです」

「まあ、そんなエルフがどうしてナユタン商会のお付きに?」

「えっ……えーっと、その、外の世界を勉強して来い……的な?」

「なるほど! だからこのような使用人の恰好を! 流石、尊きご身分のお方の考え方は素晴らしいですね!」


 ということにしておく。ごめんよ、スティア。

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