第190話 交流会のために

「──というわけで、私とこのアトリもあなたのお供として、学園まで同行したいと思います」


 俺たちは早速3人でナユタン商会へ向かった。


「……貴族の秘書って暇なの?」

「失礼な。何を言うんですか」

「だってそうでしょ。いくらエルフが心配だからってわざわざついて行くだなんて」

「それほどスティアが大切な存在だということです」


 ぞろぞろと現れた俺たちにイタゥリムは呆れた視線を送ってきた。とはいえ、同行すること自体は問題がないようで、俺はひとまず胸を撫でおろす。


「でもアンタたち、同行するって言うなら、それなりにちゃんとしてくれなきゃ困るのよ? ほら、礼儀とか。あたしの従者としてね」

「分かっていますよ。これでも貴族から教育を受けていますから」


 王様と対面するため、アテリア家の屋敷では必死に礼儀作法を身に着けた。学園程度よゆーよ。


 さらに主役? であるスティアの礼儀作法は完璧だし、アトリはまあ……可愛いから大丈夫だろ。まあ、俺たちが目を離さなければいい。いざとなれば、魔女の称号をちらつかせば。


 うーむ、なんだか思考が悪徳貴族になりつつある気がする。それは最終手段にしておこう。


「まあ、そうよね。せいぜい扱き使ってやるわ。じゃ、パパ。あとはお願いね」


 そう言って、イタゥリムは応接室を後にする。自分のことなのに人任せか。本当、我儘お嬢さまって感じだ。


「さあ契約書にサインを」


 それから俺は、スティアの出向分を加筆した契約書に目を通し、最後に署名を行った。


 学園へ通うのは交流会の5日間。すべての日程を熟した後に、マジックバッグとエルメルトンの取引が行われる。その間はしっかり給料も出るという太っ腹ぶりだ。


 ギシカフは見た目によらずまともな性格なようで、スティアを出向させることに対して、何度も頭を下げられた。


 まあ確かに面倒ではあるが、改めて考えると無茶な話ではない。急がば回れの精神で魔法学園を楽しんでやるさ。


 ──なんて思っていた俺の精神を揺さぶるイベントが早速やって来てしまった。


「では服を作らせますので、さっそく採寸をしましょう。今すぐ作り始めないと間に合いません」


 どうやらお供にも相応しい恰好があるようなので、ナユタン商会系列の仕立て屋まで俺たち3人は向かった。


 そこでラピジアでもやったように身体のサイズを測る。向日葵の身体でこんなことをするのは本当に気が引けるのだが、これは必要なことなのだ──うおっ、胸でか腰細っ!


 とまあ、いろいろ確かめた後、俺たちは店の女主人にこれから作る服の見本を見せてもらった。


「はい、こちらが学園で指定とされている給仕服のデザインになります」

「は!?」

「なにかございましたか?」


 そこで見せられたものは、どことなく見覚えのあるデザインだった。なんだろう、こう……オムライスにケチャップでハート書くために着るやつ。


「これって『メイド服』ですよね?」

「え? 『メイド服』ですか? それはなんでしょう?」

「え、でも……」


 黒を基調とし、白のレースをふんだんに使用したヒラヒラ衣装。丈の長いスカートと胸元にある存在意義のわからないクソでかリボン。これ、どうみてもメイド服です。


 アテリア家でも似たような給仕服を見たけれど、これはより可愛さに配分を振っているような、そう、日本のお店で見たタイプのメイド服に似ている。


「パレッタ王国の貴族子弟様がこのような服をお付きの女性に着せたのがきっかけで、学園内に広まったのがこの服です。これを女性の従者に着せるのがあまりに流行ったため、もうこの際指定にしてしまおうと、従者が着る服はこの服で統一されるようになりました」

「へぇ、パレッタ王国……ああっ!」


 そういえば、パレタナの飲食店でリアがウエイトレスの服に鼻の下を伸ばしていた。そんなこともあったなぁ。確かあの店の服もメイド服っぽかった。


 なるほど可愛い服というのは、こういう形で広まっていくものなんだと思った。異国の給仕服に、世界一可愛い戦闘服としてのポテンシャルを見出した日本人のようだ。


 少し感動……してる場合かな。だって、これ、俺が着るんだぜ?


「かわいい! これ、わたしも着られるの?」

「そうですよ。でイタゥリムさまの従者として、学園へ行くのですから」


 ふたりは可愛らしい服を前に興奮している。


(なあ、リア……学園編はお前がメインでいかないか?)

(なに意味わかんないこと言ってんのさ。提案したのはそっちなんだから、ミナトがこれ着てよね)

(お前……少しはスティアたちを見習えよ)


 どうしてこんなに恰好に対して頓着しないんだ。スティアたちは初めて見るデザインの服にキャッキャと騒いでいるというのに。


(メイド服は『着る』ものじゃなくて、『見る』ものだからね)

(確かに……じゃなくて!)


 いや、そこで男の俺と分かりを共有されても困るんだが。


(ミナトさ、今回やけに嫌がるね。いったいなんで? いつもは私の身体をアバターだとか何とか言ってるじゃん)

(いや、お前じゃなくて俺が自分で着るとなると、なんかこう抵抗感が……それに今は身体が向日葵なんだし)


 いつもと身体が違うというのはなかなかにやりづらい。さらに、他でもない向日葵の身体を使っているという事実がボディブローのごとくじわじわと効いている。


 まさか彼女も、俺があの世を超えた先で、自分の身体を使ってこんなことをしているとは思わないだろうな。


(まあいいじゃん。ヒマちゃんのコスプレ姿を拝めると思ってさあ、死して爆アドってやつだよ)

(意味わからんわ)


 そしてリアちゃんは、いい加減この絶妙な男心を理解すべきだと思った。





 魔法学園で『交流会』が行われるまでの7日間、俺たちはナユタン商会お抱えの講師から礼儀作法や言葉遣いの矯正などを学んだ。


 獣人の隠れ里やラピジアで身に着けた教養がある俺や、そもそも人に仕えるため育てられたスティアは特に問題なく指導役から『優』の成績をもらった。ただ大方の予想通り、アトリは大苦戦を強いられていた。


 彼女は人との関わりがずっと限定されていた社会にいた。だから、緊張感を強いられる場での経験値が圧倒的に不足しているのだ。


「うぅ……いっぱい叱られちゃったよぉ……」


 やることなすことを指導役に注意され、流石のアトリも目に涙を浮かべている。可哀そうだけど、これも彼女の良い経験になる。だから俺たちはそっと彼女の背中をさすって励ますだけに留めておく。


 そんなこんなで準備の7日はあっという間に過ぎていく。


 そして8日目の朝、俺たちはナユタン商会へ赴き、出来上がった給仕服に着替える。姿鏡を見てみると。


(おお~かわいい。流石ヒマちゃん)


 脳内にリアの喝采が響いた。うん、その通りだと思う。向日葵は可愛いし、どんな服も似合う。


 何と言っても、この漆黒の長い髪と白い肌のコントラストが凄く清楚可愛い。俺はオタクだからこういうのが一番好きだ。その身体を少し拝借しておいてなんだが、何だかこう……滾る。


 いかん。他の事で気を紛らわせなくては。


「ヒーマワリ」

「アトリ、着替え終わったのですか」

「えへへ、どうかな?」


 非常にいいタイミングで、着替えの終わったアトリがその姿を見せに来た。勿論その姿は大変可愛らしくて、思わず抱きしめたくなる。が、今は秘書のヒマワリだから我慢だ。


「ああ、いいですね。凄く似合って──かわいい~~っ!!!」


 あの、リアさん!? 折角人がしっかりとヒマワリのキャラを守ったまま、アトリのメイド服姿についてコメントを述べようとしていたのに!


「アトリー可愛いよ! さいっこう! もうっ、ぎゅーってしちゃう!」

「ちょっ、ちょっと、くすぐったいよ! ヒマワリ! って、こらあ! お化粧がとれちゃうって!」


 リアは欲望のままアトリに飛びついた。


(あ、やば)

(やば、じゃねぇよ! アホか!)

(ごめん。つい)


 いや、わかるよ? アトリ可愛いし、抱き締めたくもなる。でもほら、俺だって何とかこの身体でキャラ作ろうとしてるんだから、ちょっとは弁えてほしい。


「こほん。アトリ、良い感じですよ」


 結局、リアからまた操縦権が返ってきた。アイツ、この場を収めるつもりもないらしい。


「いや、『良い感じですよ』じゃないでしょ。何よ、今のは? アンタってもしかして……」


 じっと胡散臭そうな目でイタゥリムが見てくる。ほらやっぱりそういう要らない誤解(誤解ではない)を招く。


「気にしないでください。それよりもそれが学園の制服ですか」


 突然現れたイタゥリムは胸の前に打ち合わせがあるタイプの、所謂アーガスト衣装に似た黒い衣装を着ていた。今まで見てきた彼女の服装より、なんとなくカチッとした印象を受けたので、学園の制服か何かだと思ったのだが……。


「違うわよ。というか平民クラスに制服はないわ」

「あ、そうなんですか」

「まあ、貴族連中にはあるみたいだけど」

「へ、へぇ……」


 しまった。早とちりで変にコンプレックスを刺激してしまったかもしれない。


「で、でもその衣装、すごく可愛いですよ? 特にあなたはスタイルがいいので、脚がいい感じに露出していて」

「……言っておくけど、あたしはそういうの無理だからね」

「あなたのことはそういう目で見ていませんから」


 確かにイタゥリムは美人だけれども。


「あの、わたくしは……」


 そしてまた困った続きだ。今度はスティアが憂いを帯びた表情でこちらを見ている。


「すまん……もちろんスティアもめっちゃ可愛いんだけど、今リアに出てこられても困るから。また後でな」


 こそっと耳元でフォローの言葉を囁く。


「はい。アトリさんにしたのと同じように、と伝えてくださいね」

「あ、うん」


 そう言って、俺は一旦スティアから離れた。


 ちなみに彼女のメイド服姿はあまりに綺麗で、むしろコメントに困るレベルだった。これなら、目立つというイタゥリムの目論見も間違いなく上手くいくことだろう。


「ところで、エルメルトンはどうしていますか?」

「ああ、今朝も元気よく暴れていたわね」

「えっ!」

「今朝もだけど、特にアンタが初めて来た日の夜は酷かったらしいのよ。よっぽどアンタの顔が気に食わなかったんじゃない? 取引やめとく?」

「馬鹿なこと言うな!」

「ちょ、大声ださないでよ。冗談じゃないの。そもそも今更契約の改定は出来ないし」

「……失礼」


 つい怒鳴ってしまった。でもリアの母の精神は今も不安定らしい。


 5日か。早くイベント終わらせて、彼女を解放してやらねば。

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