第188話 妨げ
リアの母、エルメルトンのあんな姿を見せられて、もう渋ってなどいられない。
「ここだけの話、そちらのエルフを譲っていただけるなら、魔女より預かったこのマジックバッグをお譲りいたしましょう」
俺は隠し持っていた新品のマジックバッグを取り出した。
実はここ4か月の間で、取引用に新しいものをこっそり作っていたのだ。困ったときの金策アイテムってやつ。
「マジックバッグ? はい?」
しかし、意外なことに食いつきは良くない。
「あれ? ご存じありませんか?」
「いえ、当然マジックバッグは知っていますよ。しかし、これがそうだと言われても」
流石に信じられないのか。まあ、こんなの個人所有するものではないからな。
「本物ですよ。疑うなら実際に使ってみてください」
「はぁ」
ギシカフへ新品のバッグを手渡す。すると彼は俺の言うの通り、大男と協力して、手あたり次第中へ物を放り込む。
そしてしばらくのち……。
「なんてことだ! これ本物のマジックバッグじゃないですか!」
「そう言いましたよね?」
「確かアテリア家へ返還されたのでは?」
「それとは別物ですよ」
「はいぃぃぃぃ!? そんなの信じられるはずないでしょう!? マジックバッグといえば、かの魔女が太古の昔に生み出したという伝説の──と、あれ? 魔女?」
彼の視線がこちらへ流れる。
いや、リアはその魔女ではないし、今の姿は向日葵の姿だから新しい方の魔女でもない。
「ああ、言っておきますが入手経路は言えませんよ。というか私も知りません」
「あ、ああ……そうですか。いや、でも本物……これが手に入る? なんの冗談だ……」
あと一押しといったところか。
「冗談じゃないですよ。そのエルフと交換で、これはあなたのものです」
「わ、わかりました! 我々のエルフと、これを──」
決定、となる寸前のことだった。
「エルメルトンは渡しません!」
ギシカフに声を被せるように高い声が地下室に響く。俺はふと声がした階段の方を振り返った。
「イタゥリム!」
ギシカフがその名を呼ぶ。
声の主の赤い顔と高い背丈で何となく『彼女』の素性に察しがついた。
「娘さんですか?」
「ええ。ご挨拶を──おい、イタゥリム! こっちへ来なさい!」
ギシカフが手招きすると、彼の娘、イタゥリムはわざとらしく足音をドスドスいわせながらこちらまでやってくる。
「ヒマワリ様、こちらが娘のイタゥリムです」
「ちょっとパパ! この人誰よ!?」
「こ、こら! 失礼だろ! この方は『紫雷の魔女』ミナト様の代理人の女性だぞ! ほら頭を下げなさい」
焦った表情でギシカフはイタゥリムの肩を掴んだ。しかしそのイタゥリムは全く反省していないようだ。むしろ、こっちを舐めた目で見ている。
「代理人ってことは、この人自身はお貴族様じゃないんでしょ? ならヘコヘコする必要ないじゃない」
「そういう問題じゃないだろう!?」
「そんなことより、さっきエルメルトンをどうこうって聞こえたんだけど、まさか売るつもりじゃないでしょうね!?」
「そんなことって……」
ギシカフは娘に小言を軽く流されていた。そして、その娘は鋭くこちらを睨んでいた。
なんだこの子……凄いカンジ悪いな。
「あのぅ、これはどういうことですか?」
「ああ、ヒマワリ様、申し訳ない。実を言うと、エルメルトンは娘の為に購入した亜人なのです」
「はぁ?」
わけがわからなかった。何の為にエルフを、とか。こんな鎖で縛っているのに、とか。そもそも彼らの間でコンセンサスがとれていないのに、どうして売る話になっていたのか、とか。
「そうよ! エルメルトンはあたしのなんだから!」
イタゥリムは腰に手を当て、こっちを見ながら偉そうに言った。
「えっと、売っていただけるんですよね?」
とりあえず、イタゥリムは無視してギシカフと話をつけよう。どうせこいつはただの娘だ。大した権力なんて──
「パパ! あたしのエルメルトン、本当に売っちゃうの?」
「えっ! う、う~ん、どうだったかなぁ……まだ決定はしてなかった、はず?」
あれ? ギシカフさん? さっきまで売る方向で話が進んでいましたよね!?
タジタジになる父親を他所に、イタゥリムは困惑する俺をニヤついた表情で見ていた。
コイツ……。
「イタゥリムさんでしたっけ。あなた、商談の邪魔をして、一体どういうつもりなんですか」
もうこうなったら、直接話を付ける他ない。俺は少し語気を強めて彼女へ絡みに行った。
「どうもこうも、さっきも言った通りエルメルトンはあたしのエルフなの。勝手に商談なんてされちゃ困るわ」
「しかし会頭のギシカフ殿が商談に応じたのです。代表でもないあなたが突然出張ってこられてはこっちが困ります」
「なにをーっ!?」
イタゥリムは赤い顔を更に赤くして迫ってきた。彼女は向日葵ボディとなった俺より余裕で背が高いので、普通に怖い。しかし、だからといって、引くわけにはいかず……。
「どうしても取引していただけませんか? こちらは伝説のアイテムをお渡しすると言っているのです。この機を逃すと一生手に入らないかもしれませんよ?」
「だめ! こっちだって、このチャンスに賭けてんだから!」
「はぁ?」
なんだかまたよくわからないことを言い出すイタゥリムであった。
「すみません。話が見えないので、最初から伺ってよろしいですか?」
娘の勢いに負け、黙りこくっていた父親に話を振る。
そもそもどうしてこの商会が、いや、イタゥリムがエルフを購入したのか。そしてチャンスとはなんなのか。そこの事情を直接聞いて、この絡まりまくった事情を解していかなければならない。
「7日後、学園で『交流会』が行われます。そこでどうしてもエルフの力が必要だと、イタゥリムは言うのです」
俺たちは一度地下から上がり、元の客室へと移った。今は話の通じなさそうな娘は一旦脇に置いておいて、ギシカフから事情を聞いている。
「チャンスにかけている」とイタゥリムは大げさに表現したが、聞いてみれば話はすごく単純だった。
舞台はイタゥリムが通う、この街の魔法学園となる。
「『交流会』というのは、学園で年に一度行われる、貴族学級と庶民学級の交流期間のことを言います。その名の通り、学園において庶民と貴族が交わる非常に限られた機会です」
聞けばふたつの学級は普段使用している学舎が違うため、お互いに関わることがほとんどないのだという。同じ学園なのに不思議な話だ。
そもそも貴族学級は厳格に貴族の血筋でないと所属することすら認められず、大商人の娘であるイタゥリムもそれは例外ではない。そして、そこが彼女のプライドを地味に刺激するところであった。
「だって悔しいじゃない! どれだけお金を積んでも、貴族の子弟じゃないって理由で向こうの敷地すら跨げないのよ!? このあたしが!」
黙っていられないのかイタゥリムが横で騒いでいる。彼女はお金持ちの親の元、ずいぶんと甘やかされていそうだ。
「まあ貴族クラスに行けないのは仕方がないわ。そういう仕組みなんだもの。でもね、あたしは絶対この理不尽に抗うの」
「はぁ、どうやって?」
「そりゃあ、次に託すしかないでしょ! あたしがダメでも、あたしの血を受け継いだ子にね! その為に『交流会』でぜったい貴族の男を捕まえるの!」
──というのがイタゥリムの企み。要は玉の輿(?)を狙っているのである。
うん、すっげぇ、どうでもいい。というか親であるギシカフがそこまで熱心ではなさそうだ。
「貴族の血は商売に重要なのですか?」
「いやいや、別に貴族の血がなくとも商売はできます。しかしですよ? 可愛い我が子が望んでいるのです。応援くらいするのは親として当然です。だから大金はたいて、エルフを買い与えました」
「いや、なんでそこでエルフが?」
「そんなの決まってるじゃない! 『交流会』で目立つためよ!」
「えっ、それだけ?」
重ねてどうでもいい理由だった。目立つって、そんなの他の方法でも何とでもなるだろうに。
「目立つって、それは服装とかでなんとかならないのですか?」
「アンタ馬鹿なの!? エルフを連れて行くくらいしないと、他の商家とか貴族令嬢共もいる中で目立てるわけないじゃない! アンタも貴族の秘書なんだったらわかるでしょ!?」
俺が指摘すると、イタゥリムは鬼の形相でまくし立ててきた。
いや、怖いて。デカいんだから。
それにしても貴族というのはそこまで平民と壁があるものなのだろうか。木っ端貴族の末っ子くらいなら、財力にものを言わせて手に入れられそうなものだが。
「いや、というか……」
引っかかるところがある。そもそもの話だ。
「エルフを連れて行くって言ったって、本当にあのエルフでいいのですか? 言うこと聞かないのでは?」
「それは……そうだけど」
図星だったようで、イタゥリムは目線を逸らした。
「もし貴族の前で暴れて、先方に怪我でもさせたらどうするのです? 無礼打ちものでしょう?」
「無礼打ち……とまではいきませんが、そうですね。今のエルメルトンを貴族の前に出すことは難しいでしょう」
娘に視線をおくりつつ、ギシカフは冷静に告げた。
「……だったら、交流会までに言うこと聞くよう調教してやるっ! エルメルトンの所に行くわ!」
「ちょっ!」
突然立ち上がり宣言するイタゥリム。その身体を俺は咄嗟にホールドした。
「ちょっと放しなさいよ!」
「だめです! 私が買うエルフにっ! 暴力を振るおうだなんて!」
「だから売らないってば!」
うわ、力つよ! 素の身体能力だけでは抑えきれそうになく、俺は強化魔法フル稼働でイタゥリムの動きを抑え込む。
「くっ! アンタどうしてそんなに力が!?」
「ぐぐぐっ!」
「ああっ! ヒマワリ様おやめください! イタゥリムも! 一旦、落ち着くのだ! 何年も懐かなかったエルフをそんな簡単に躾けられるわけないだろ!」
「……っ!」
ギシカフがそう言うと、イタゥリムの力がようやく弱まっていく。諦めた……のか?
「もうっ! ムカつくわ! なんでこう思い通りになってくれないの! 貴族共もエルフもっ!」
そして完全に動きが止まり、いよいよあきらめたと思ったら、彼女はそんな思いを吐き捨てた。
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