第185話 変身

「やっとついたー!」


 アトリは溜まりに溜まった鬱憤を開放するように両手を上げて喜んだ。


 その気持ちはよくわかる。なんたってシェパッドに着くまで4か月もかかったのだから。


「ミナト様、私たちはこの足でギルドへ向かうつもりですけど、そちらはまずお宿ですか?」

「いや、私たちもギルドかな。一応、到着報告の義務もあるし」

「そうですか。では、ご一緒いたします。途中で街の案内をいたしますね」

「それいいね。お願い」


 リア達は可愛いバスガイド付きでシェパッドの大通りを行く。


 車窓から覗くここシェパッドの印象は、まず「綺麗」である。西門から街の中心を貫く大通りは大きさの統一された石畳が敷かれ、きちんと馬車が通る場所とそうでない場所で分かれている。街の区画も、ひと目で計画を元に作られているのがわかるほどきっちりとしている。流石は新しい街だ。


 なんでもここは数十年前までだだっ広い草原だったらしい。そこに学園を中心とした大都市を作り上げたのがアイロイ様とリブリアン大公なる人物だ。


「公王様は魔法に対して大変真摯なお方です。我々のような異民族であっても学園に所属することが許され、才があれば近衛にも重用されるのです」

「へぇ」


 瞳を輝かせながらピィリーナちゃんは語るが、そもそも土地の歴史的に異民族なのはアーガスト人だよな?


 聞けば、このシェパッドの街の人口はほとんど先の内乱を逃れこちらに流れてきたアーガスト人らしい。つまりよそ者が占拠した街と言える。


「ここは目立ったスラムも存在しない、素晴らしい街なのです!」


 でもまあ、当の異民族の血筋である彼女が問題にしていないのなら、こっちとしては何も言えない。ほんの少しの疑問から生まれた好奇心を理由に、平和そうに見えるこの界隈に対してわざわざ波風立てるようなことはね。うん。所詮、こっちは部外者だし。


「で、あれが学園?」

「そうです! 綺麗でしょ?」

「うん。最初はお城かと思ったけど」


 街に入ってしばらくすると、見えてきた巨大な建物。町の中央に位置していることから、初めは元首の住まう城かと思っていた。しかし、ここは学園都市だ。なら中心は学園である。


「街の四方の門から入って、学園に近いほど高貴な方が住まう地区となります。といっても、実際に貴族家が存在しているわけではなく、殆どがアーガストのお貴族様専用の学生寮ですね」


 そういえば、イオウ様が言っていた。学園は貴族の子息令嬢同士がコネクションを作る場らしい。それも魔法学園の役割のひとつなんだろう。貴族が集まるクラスへ行けば、アテリア家の子息たちに会えるかもしれない。まあ、やんごとなき人らは総じて面倒なので絶対に行かないけれど。






 ギルドへ到着したリアは到着の報告と同時に、「シルゥのパーティ」への評価をギルドへ伝える。


「──といった感じです」


 あまり甘すぎる判断をしすぎてもギルド側に見抜かれるということで、ありのままの評価を伝えた。


 基本的な実力は『良』で、緊急時の対応に関しては『不可』よりの『可』。だが、女性のみで構成されたパーティということでその辺の希少性は加点となる。ジェンダー的都合による加点ではあるけれど、実際それも彼女らの立派なセールスポイントだから、まあオーケーとさせてもらいたい。


「ありがとうございます。評価のご参考にさせていただきますね」


 あくまで客観的にリアはギルドの職員へ、彼女らの評価を伝えた。そしてそれが終わるといよいよ彼女らとはお別れとなる。


「お疲れさま。いろいろあったけど、次同じような依頼を出すなら、またシルゥちゃんたちかなって思うよ」

「ミナト様……今回は本当に指名していただいてありがとうございました。お金を出してもらっているのに、勉強になりっぱなしで本当に……」


 シルゥちゃんは目に涙を浮かべていた。この4か月で彼女らとの間には護衛とその対象を超えた信頼関係が出来たと思う。もちろん全幅の信頼を寄せるにはまだ遠いけど。


「ハイネちゃん、これからも頑張ってね。うぅ、さみしいなぁ……」

「アトリ様。わたしもさみしいですぅ」


 ふと視線を逸らすと、別れを惜しみハイネちゃんと抱き締め合うアトリの姿があった。


 人懐っこいアトリが4か月も一緒にいれば、そりゃあ誰であろうと仲良くもなる。彼女には色んな出会いと別れを経て大人になってほしい。なんてリアの中から、兄貴面をかます俺であった。


 さて、ギルドでの用事を済ませたリア達だったが、その後もやることは山のようにある。まず馬車を借りた商会のシェパッド支部へ馬車を返し、滞在するための宿を取ったあと、件のナユタン商会へアポを取りに行く。それだけは今日の内にやってしまいたいことだった。


 リアたちは急いで用事を終わらせていく。そして、ついに後はナユタン商会を訪れるのみとなった。


「……うぅ、なんか緊張するな」


 運が良ければ今日にも家族の顔が見られるかもしれない。そう思うと、心臓の高鳴りが抑えきれない。


「あの」

「えっ、なに?」


 そわそわと落ち着かないリアへ、声をかけてきたのはスティアだった。


「その、つかぬ事をお聞きしますが……」

「何かな?」

「今から行く商会にリアさんの母君がいらっしゃるかも、という話だったのですよね?」

「うん。そうだよ」

「運よく会えたとして、向こうは当然リアさんのことを知っている。それって大丈夫なのですか?」

「え、別にそんなの……あれ?」


 リアは思わず頭を捻った。


 もしかしてまずいのか? リアのかーちゃんはリアの顔を見るなり取り乱す可能性は大いにある。それを商人に見られたら? ついでに言うと、やはり親子だけあってリアと母の顔はそれなりに似ている。そんな人間が奴隷エルフを求めてやってきたら、やっぱり怪しまれるかも?


 今更ながら、スティアの指摘でようやくそこに潜んでいる危険に気がついた。


「えっと、ごめん。一度宿に戻るね」


 これは対策をしなければ。ということで、リアは一度とった宿の部屋へ。ベッドに腰かけて思案する。


(ねぇ、ミナト。つまり今の姿から変わればいいんだよね?)

(まあそうだが……おい、まさか偽装の魔法で姿を丸々変えるのか?)

(それしかないでしょ)

(いや、でもぶっつけ本番でそんなことできるのか?)


 もはや性別すら変えていたルーナさんと違い、リアは耳を隠すことにしか偽装魔法を使っていない。それは自分の慣れ親しんだ身体の感覚を手放す意味があまりなかったらだ。


(でも、やるしかないでしょ。危険の芽は摘んでおかなきゃ)

(いやそれはわかるが、調整にどれだけ時間がかかるか……)


 本来の自分とは違う姿を形造る。それは簡単にできることではない。ルーナさんだって、あの中年オヤジの姿を取るのに相当長い調整時間を経たという話だ。


(大丈夫。いいことを思いついたから)

(へ?)


 なんだ、えらく自信満々じゃないか。


(調整が必要なのってさ、結局新しい人物を一から作り上げてるからなんだよ。頭の中にある完成図がふわふわしてるってことだもん。そりゃあ、作る途中で違うなーって部分も出てくるし、自分じゃ気づかない綻びだって生まれちゃう)

(ほう。ならどうするんだ?)

(簡単だよ。一から作らなきゃいい)

(は?)


 一から作らない、ということは……。


(誰かの姿をの。そんでもって、もう借りる人は決まってるんだ)

(な、なんだって)


 つまり誰かに成りきるということ。確かにそれなら、その人というサンプルを偽装魔法を使って忠実に再現すればいいだけ。


 しかし、ここで問題になってくるのは、頭の中にあるそのサンプルの完成度だろう。つまり、見本としたい人の外見を隅から隅まで知っておく必要があるのだ。


 今回、出来ればそれは純人が望ましく、そんな人リアにいるはず──あ、いや、待て。そうか、俺の記憶を基にすればいいのか。


(悪いけどミナト、『彼女』の姿を借りるね)

(彼女って、まさかアイツか?)

(うん。だって全部知ってるのって、彼女しかいないもん)

(いやいやいや、それなら俺の元の身体でいいじゃん)

(え、やだよ)


 そうきっぱりと嫌がられると、ちょっと傷つくじゃないか。


(まあ、嫌っていうか、ミナトの元の身体って意外と情報の抜けた所が多いんだよね)

(え、嘘だろ? だって俺自身の身体じゃん。誰よりも詳しいはずだろ?)

(それが、そういうわけでもなくてね。例えば、ミナトは自分の後ろ姿って思い出せる?)

(そんなの──って、あれ?)


 言われてみれば、背後から自分の姿見た記憶がない。よく考えたらそれは当然だ。俺の目は前にしか付いていなかったからだ。


(その点『彼女』なら頭の先からデリケートなゾーンまでバッチリ記憶に残ってる。いやー、ミナトが変態でよかった)

(おい)


 確かに俺は本人すら見ることのできない部分まで彼女のことを知っている。それは消えない記憶に刻み込まれ、今でも鮮明に思い出すことが可能だ。でも、だからってそれを利用するのはちょっと……。


(じゃあ、やってみるから)

(いやちょっと待ってくれ! アイツしかいないのは分かるが、俺の気持ち的にそれは罪悪感がやばいというか──)


 俺の意見は認められず、魔力が高まっていく。いつも耳を隠すのに使っている魔力量を大きく超える量が一気に動いた。


「んっ! ごほん! ついでに声も変えてみたけど、どうかな?」


 自分の声帯から懐かしい声が聞こえてきた。なんだかアニメのキャラみたいに甘い声だ。それが彼女の特徴でもあった。


 そして視線がいつもより高い。リアと違って胸に重しもついてるし、違和感がものすごい。


 うわぁ、これ、マジで変わってんの?


「え、リアなの?」

「うん。そうだよ。ミナトに所縁のある人の姿をちょっと借りてるの」

「すっごーい! 声も別人みたいだよ!」

「本当に凄いです。魔法ってこんなことも出来るんですね!」


 アトリとスティアも姿を変えたリアにかなり驚いていた。そりゃあそうだろう。突然別人が現れたんだから。


「んじゃ、私も見てみよっと」


 そうしてリアは目の前に光魔法で鏡を作り出す。そこに映るのは紛れもなく、俺の知る人物だ。忘れもしない、俺が傷つけてしまった女性、赤部あかべ向日葵ひまわりの姿が鏡の向こうにはあった。

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