第184話 女だらけの盗賊退治
謎の集団が隠れている場所を上手く通り過ぎようと、シルゥちゃんたちは馬に鞭を入れるタイミングを計っていた。
「エルフさん、本当にいるんですよね!?」
「はい。この距離まで近づくとより正確に相手方の情報がわかってきました。あそこに隠れているのは間違いなく
「うぅ、そうですか……」
スティアの言葉を聞いてシルゥちゃんは弱々しく息を吐く。人間との戦闘なんて当然無い方がいいに決まっている。だから気持ちは痛いほどわかった。だがここはシャンとしておいてほしい。一応プロなんだから。
「慣れてる仕事じゃないの?」
「いえ、この少ない人数でこの場所を抜けるのは初めです……普段は合同パーティなので」
そうだったのか。女の子で満たされる毎日を実現しようとしたリアの選択が裏目に出た。
「まあ、いざとなったら金級の私もいるからさ。そんなに怯えないでいいよ」
「うぅ……そうなんですけど、護衛対象に働かせたとなると、査定が……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
うーむ、今更だがシルゥちゃんはリーダーのくせに結構頼りないな。
「シルゥ、あまり囀るな。不安が皆に伝染するだろう」
「ご、ごめん」
それに比べて武器の準備をする先住民系のピィリーナちゃんは頼もしい。その眼光はこれでもかと鋭く、所謂戦う顔ってやつだった。
そんなピィリーナちゃんに活を入れられたシルゥちゃんは今一度自分のパーティメンバーを自分の元へ集めた。
「いい? もう一度段取りを確認するよ? まず、このままタイミングよく通り過ぎれば良し。でも相手が馬車へ追いつきそうになったら、私とピィリーナは馬車を降りてでも奴らを食い止める」
「
「ハイネはとにかく馬とレイルさんを守ることに集中!」
「ええ」
「レイルさんはとにかく馬車の速度を落とさないように。もし私たちの誰かが置き去りになっても気にしないで」
「わかったわ」
御者のレイルさんを含めた作戦会議も終ったようで、いよいよ奴らとの距離が近づいてきた。
「よしっ! みんな気張っていこう! 無事に生き残って、またシェパッドでご飯を食べようね!」
「ああ!」
「もちろんよ!」
シルゥちゃんの掛け声にパーティメンバーは勢いよく返事を返す。こういっては真剣な彼女らに対して失礼なのだが、なんだか運動部の試合前みたいな雰囲気だった。
いや本当、命のかかった戦いの前に、こんな呑気なことを考えてしまうのは俺に余裕があるからだろうか。正直、あの程度の盗賊ならリアひとりで数分のうちに全滅させることが可能だ。しかしそんな野暮なことはしない。本当に彼女らの誰かに命の危機が迫るまで俺たちは手を出さずにいよう。そう心に誓って、戦いに向かう彼女らを音のみで追う。
「あわわわ! リア、どうしよう!? わたし、魔法が、えっとどうしたらいい!?」
「アトリ、落ち付いて。シルゥちゃん、私たちは荷物の陰に隠れてればいいんだよね?」
「はい! 合図するまで絶対に出てこないでください! あと馬車は今以上に揺れますから、十分に注意して!」
慌てふためくアトリの抱き寄せ、言われた通りスティアも一緒に荷物の陰に隠れる。すると音以外の情報が入ってこなくなって、アトリは余計に不安そうだった。
「アトリ、私が横にいるから大丈夫だよ」
「う、うん……そうだよね」
アーガストに入ってから結構な頻度で盗賊と出会ってはいるものの、アトリは一向にそれに慣れる気配がない。そして、それとは対照的にスティアは冷静だった。
「今、盗賊たちが走って近づいてきました。大声で積荷とわたくしたちの身柄を要求していますね」
今も平然と盗賊たちの行動を実況している。なんだか事件現場にやってきたレポーターみたいだ。丁度いいので彼女には情報収集を続けてもらおう。
「ああっ、投石です! シルゥさんが撃ち落としましたが、これはれっきとした攻撃ですよ!」
覚悟していた通り、戦闘が始まってしまった。
声からして盗賊たちはみんな男で、殆どの者が身体強化の魔法が使えるようだ。馬車を引いているとはいえ、鞭を入れた馬に追いつこうとしている。もしかしてレベルの高い盗賊なのか?
「シルゥさんたちは必死に防衛していますが、人数差もあって迎撃に苦労しています」
「まずいね。早速だけど加勢に──」
そう思って荷物の陰から表へ出ようとすると、
「シルゥ! ここは私が降りてこいつらを食い止める! 君は魔法で取りこぼしたやつを狙ってくれ!」
「ピィリーナ! わ、わかった!」
そうか、ピィリーナちゃん、やるんだな。
唯一の近接戦闘要員であるピィリーナちゃんは馬車の上からだと本領を発揮できない。盗賊共と同じ土俵に立ってこそだ。しかし、そうなれば四面楚歌の状況は避けられない。
「うおおおおお!」
「ぐああああっ!?」
しかし、彼女は馬車を飛び降りて1分も経たないうちに早速盗賊をひとり切り伏せていた。
「私もっ!」
そして、馬車に乗ったまま近づいてくる盗賊を次々に火魔法で狙い撃つシルゥちゃん。
「あづっ!?」
炎の塊をぶち当てられた男のひとりは持っていた武器を落としてしまった。そう、落としてしまった、ただそれだけ。戦闘不能まで持っていけなかったのだ。
「このッ……ガキが!」
「わっ!? ちょっ! やめて! きゃっ──」
ゴロゴロと肉の塊が転がっていく音が聞こえた。
「ああっ、シルゥさん!?」
スティアの表情に動揺が現れる。
シルゥちゃんは魔法発動後の間隙を突かれ、馬車から引きづり降ろされてしまったのだ。倒したと思い込んで、油断していたな。
「いっつつ……」
えっと、これはまずくないか? 転げ落ちたシルゥちゃんは無事みたいだが、馬車の後ろを守る人間が消えてしまった。ピィリーナちゃんは数人を一度に相手している途中で、かなり馬車からは離れた位置にいる。ハイネちゃんは前の警戒に集中してこちらには来られない。
「ははっ! がら空きだぜ!」
そんな状況の中、相手方のひとりは身体強化マシマシでこちらへ向かってきている。
これはいよいよリアが出る番だろう。シルゥちゃん的には査定が下がっちゃうから嫌だろうだけど、こればかり仕方ない。
迎撃のため、リアは魔力を高めつつ立ちあがる。
「……え?」
が、目の前で思いもよらない事態が発生した。
「わああああ! こないでぇえええ!」
「わっ、ちょっと、アトリ!?」
油断していたのは俺たちもそうだったのかもしれない。転げ落ちていくシルゥちゃんの声を聞いてパニックを起こしたのか、アトリは立ちあがり悲鳴をあげた。そして、今にも馬車にとりつこうとしている盗賊へ向けて、光魔法を撃ち始める。
「あっちいって! あっちいって!」
「アトリ!? 落ち着いて! そんなむやみに撃ったら──あ」
ドシャ、という音が聞こえた。それから俺たちは、じわじわ遠ざかっていく赤い水たまりをその目に焼き付けることとなった。
「ほわ──」
初人転がしの結果をその目でしっかりと脳裏に刻んだアトリが倒れたのは言うまでもない。
「申し訳ございませんでした! 私たちの見通しが甘いばかりに!」
戦闘が終わり、合流した後シルゥちゃんは深々と頭を下げてきた。
結果的に言うと盗賊は全滅し、こちらの死人は誰もいない、完封勝ちといったところか。まあ、ケガ人は出たけれど。
「いやいや、そもそもこの人数じゃどうしようもなかったでしょ? いけると思って頼んだこっちが悪かったんだよ」
「うぅ……そう言われるとより力不足を思い知らされますね」
「あ、ごめん」
リアもシルゥちゃんたちもこの面子だけで無事にシェパッドまでいけると確信していた。当然間にはギルドが入っている。だからこれはただ予想外だったのだ。
「あの盗賊達もなかなかの手練れだったしね」
「それは……確かにそうでした。身体強化魔法を使いこなす者があんなにいるなんて……」
そもそも盗賊共の実力が低ければ、ピィリーナちゃんが馬車を降りる展開にすらなっていなかったと思う。
しかし、その事実を告げてもシルゥちゃんの表情は晴れない。
「でもそれは今回護衛対象の手を汚させた言い訳にはなりません」
「まあ、そうだね。満点はあげられないから、ギルドにはそう報告しておくよ」
「はい……」
彼女たちパーティはみんな落ち込んでいるようだった。
ここでお情けの満点報告をギルドにしても、逆に彼女たちのプライドを傷つけることになる。今回はありのままを伝えるとしよう。
「まあ、その、今回の件は自分の至らなかった部分を大いに反省して、今後の糧にするんだよ」
「はい」
シルゥちゃんたちはみな神妙な面持ちでリアの言葉に頷く。
「リア、先輩っぽいね」
「そりゃあこれでも金級ですから」
いまだ落ち込むアトリの頭を撫でる。
一応、君も冒険者なんだぜ?
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