第183話 詠唱
『精霊よ青と結びし赤き気を支えたまへ、我が翠を奉じ之をいたらしめよ、求むるは猛り狂う炎なり』
シルゥちゃんが何やらそれっぽい言葉を並び立てる。その詠唱とやらがすべて終わった瞬間だった。
「おおっ!?」
なんと、彼女の前にセットしていた枯れ枝が手持ち花火のように激しい光を発しながら燃え始めたのだ。
マジか! 本当に言葉を吐くだけで枝が燃えた。いや……
「ふぅ……いかがでしょうか。正式な詠唱はもうあんまり覚えてなくて……かなり短縮したもので申し訳ないのですが」
そうは言いつつも、ひと仕事終えたシルゥちゃんは満足げな表情を浮かべていた。
短縮ってなんだ? そもそも先ほど聞いた詠唱とは一体なんなのか。おそらく勘付いているであろうヴィアーリア大先生の意見を聞いてみよう。
「精霊よ青と結びし赤き気を──」
「わわっ! ダメですよ! そんなに魔力を込めて詠唱するなんて!」
リアが先ほどの詠唱を復唱しようとすると、すぐさまシルゥちゃんに口をふさがれた。その意味はすぐに分かった。今の数秒で、リアの中で何らかの魔法術式が途中まで組みあがったのだ。
「むぐぐ、ぷはっ! シルゥちゃん、これすごいね!」
「いや、確かにすごいですけど! 危ないじゃないですか! 暴発しちゃったらどうするんですか!」
「大丈夫だって。私が魔法でヘマをするとでも?」
「い、いえ……ごめんなさい。余計なお世話でした」
確かにリアなら暴発させることはないと思うが、突然魔法術式が組みあがったことには彼女も驚いただろう。
というのも、リアは自ら火をつける魔法スキルを使おうとしたわけではない。どちらかというとさっきのは、自然と使いそうになったという感触だった。
(リア、何が起こったんだ?)
(うんとねー、この『詠唱』ってのは魔法術式を組みあげるためのガイドなんだよ。魔法発動のロジックを言葉っていう分かりやすい形で表してるかんじ? ほら言葉の意味とかよく考えてみてよ。なんだか燃え盛りそうじゃない?)
(ふむ)
言われて、詠唱の中身をもう一度考えてみる。精霊よ青と結びし赤き気を……云々。
(…………いや、よくわからん)
(ああ、うん。ミナト、才能ゼロね)
一瞬で見切りをつけられた。……いや、いいし。魔法は全部相方に任せてんだから。
「短縮したってことは、本来詠唱はもっと長いんだよね?」
「そうですね。本当に初心者向けなら、先ほど私が口にしたものよりずっとずっと長いです」
「でもその分短縮版より確実に魔法術式をイメージできるような文言になっているんだね」
その文言を何度も繰り返し唱え、身体に魔法術式をしみこませることで魔法スキルとして定着させるということか。それはゴリ押しに近いようで非常に合理的なやり方だ。
この文言はアイロイ様が考えているのだろうか。魔法術式の言語化に近いことをやっているのは流石だ。それこそ伝説の魔女のように魔法に精通している人でないとこんなに高度なことはできない。しかし逆に教わる側からすれば言葉で降ってくる分、魔法陣の解析より断然とっつきやすいだろう。
「シルゥちゃんたちは学園で詠唱を習ったの?」
「そうですよ! お貴族様たちが集まるクラスは知りませんが、私たち平民が集まる学級では基本的に詠唱を覚え、魔法を習得することが目的になります」
「へぇ」
おそらく平民を立派な魔法兵に育てるためだろう。
「私たちは正直落ちこぼれの部類で、だからこうやって冒険者をやっているんですけどね」
「落ちこぼれ? うそでしょ? ちゃんと魔法を使えているのに」
「残念ながらそうなのです。レベルの高い魔法には手も足もでず……結局卒業ギリギリの成績でした」
シルゥちゃんは苦々しく笑う。彼女にもいろいろあったんだなと思わせる声色だった。
それはそうと学園のあるアリアという国がそれほど魔法の発展した国だとは思わなかった。だって宗主国であるアーガストが正直大したことないから。
聞くところによると、かの国はネイブルのように魔道具の開発が進んでいるわけではない。詠唱とやらの発明のおかげでまた別方向に魔法の体系が出来つつあるのかもしれないが、まあ正直なところ実際にシェパッドの学園に行ってみないことには何とも言えないな。
とそこまで考えがいって、とある事に引っかかる。俺の知識についてだ。リアの姉ユノがヒロインを張っていたあのゲームではどのように魔法を生徒に教えていただろうか? 正直よくわからん、というのがその答え。
というのも、ゲームでは授業を受ける描写があんまりなかったんだよなぁ。座学は数学に化学、魔法に関しては実践している場面ばっかり。……本当役に立たない記憶ですこと。
まあ、そんな役に立たないものはおいておき、リアはそれから彼女たちを突っついて、いくつかの詠唱を教わった。中には初心者向けの、常人なら覚えることにすら苦労するレベルのものがあった。しかしリアからすればそれも合理的な内容なのだそうだ。
なんでも学園では詠唱の研究が行われているらしく、学園の秀才たちが必死に頭から言葉をひねり出し、日夜新しい詠唱を生み出しているという。なんだろう。魔法使いというか、文人の領域だ。
とにかく、母の元へ行くという目的の他にも、アリアへ行く価値は十分にありそうだった。
アリアはシェパッドへの旅は順調に進む。出発してから3か月が経過し、国境となる街ももう過ぎたところだ。
「ここからは夜盗の多い場所であります! 我らもさらに警戒を強めますが、魔女様も突然の戦闘が発生する可能性をご承知ください!」
もうかなりの期間を一緒に過ごしているということで、パーティのシルゥちゃん以外のメンバーともずいぶん仲良くなってきた。
今軍隊のように礼儀正しくハキハキと要件を伝えてくるのは、パーティで唯一近接戦闘を得意とするピィリーナちゃん。肌がほんのり赤く、女性にしては凄く体格のいい女性だ。彼女はいわゆるアリア先住民の血筋であり、そのせいかアーガスト国内では差別的な態度を取られることが多かった。しかしリアが見た限りその実力は本物で、今後次第ではパレッタで出会ったカルケやヤレンたちにも劣らない実力になるだろう。
「だってさ、スティア。私たちもふたり掛かりで索敵をしておこう」
「はい、ミナトさん」
「アトリは光魔法の準備ね」
「う、うん!」
アトリは動揺を隠せないでいる。この3か月あまりで光線魔法を使えるまでになったアトリであるが、まだ小鬼にすら放ったことがなかった。それが突然盗賊に向けて撃てと言われても、おそらく無理だということはリアも覚悟している。まあ、理想は盗賊が出てもシルゥちゃんたちが倒しきってくれることだ。心に余裕をもって、備えておこう。
馬車は谷地へと差し掛かる。この辺りは道が狭くなるうえに、岩場の影に死角も多く、盗賊が身を潜めるには絶好の場所だ。一層気を付けなければ……と思った途端──
「リアさん……いますね」
「やっぱり」
盗賊の多い場所ということで、まあいるだろうということは分かってはいた。問題は襲ってくるかどうかということだ。奴らだってバカではない。襲う相手は選んでいるだろう。そこを行くと、リアたちの一団は彼らの目にどう映るだろうか。
豪奢な見た目の馬車が一台。物見に御者が皆女性……うん、襲ってくださいと言わんばかりだ。
「これは流石にシルゥちゃんたちにも伝えておくよ」
「ええ」
彼女らのプライドがどうとか言ってられない。彼女らに対処できないとまでは思わないが、情報を与えておいて損はないだろう。
「シルゥちゃん。うちのエルフがあっちの岩場のあたりから声がするって言ってるんだけど、わかる?」
「えっ、そうなんですか!? 全然わからなかったです!」
やはり気づいてはいなかったようだ。伝えてよかったな。
「人数は10いないくらいかな? 何人かはお酒を飲んでるみたい。盗賊かどうかはわからないけど、一応伝えておこうと思って」
「それは助かります。確かにこんなところにいるというのは怪しいですね。ここら近辺に村はなく、動物もいないので、狩場でもないはずですから」
「そうなんだ。で、どうするの? 私たちはシルゥちゃんたちの判断に従うけど」
「ちょ、ちょっとお待ちください」
そう言ってシルゥちゃんたちはメンバー同士で固まる。
「シルゥ、どうする? 一度馬のスピードを緩めるか? 場所がわかっているならそっちに合わせてしっかりと防衛陣を敷いたほうが……」
「うーん、緩めるのはちょっと怖いなあ。護衛対象を長時間リスクに晒すことになっちゃうよ」
何やら作戦会議を始めるシルゥちゃんたち。物見の人員も含めて、地図や前方の状況を一度見てから判断するらしい。とは言っても、盗賊らしき声が聞こえたのはそう遠い場所からではない。あんまり悠長なことはしていられないぞ。
そして、待つこと数分後、車両の前のほうで開いていた短い会議を終えたシルゥちゃんがリアの元までやってくる。
「ミナト様。皆で話し合ったのですが、例の区間は勢いに乗せて一気に駆け抜けてしまおうということで、私たちの間で意見がまとまりました。いかがでしょうか」
「いいんじゃない? タラタラしてたら囲まれちゃうかもだしね」
「はい。前方にはハイネが障壁を貼ります。後ろは私どもが壁となりますのでご安心くださいね」
ハイネというのは、パーティの中で障壁の魔法を使える唯一の少女だ。前には馬や御者のお姉さんもいるし、絶対に守らねばならない。だからハイネちゃんを前に充てるのは道理だ。
「最悪、私どもが馬車から降りて敵を引き付けますので」
「うん。気を付けてね」
「はい。命に代えてもお守りいたします」
「いや、その心意気は嬉しいけど、シルゥちゃんたちも生き残ることを最優先でお願いね。シルゥちゃんたちに死なれちゃったら私も悲しいしさ。それに私たち、最悪自分の身は自分で守れるから」
ケガ程度ならリアが治せる。でも死んでしまったら終わりだ。そうなれば最悪な気分でシェパッドへ入ることになるだろう。そうならないためにも皆の動向に気を配らねば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます