第182話 アリアへ

 俺たちがラピジアを発ってひと月が経過した。その間にいくつかの街を越え、今はアーガスト東に位置する荒野を馬車でひた走っている。


「はいどうぞー」

「いつもありがとうございます! アトリ様!」

「いえいえー」


 桶に熱々のお湯を注ぐアトリはどこかやりきった顔をしている。


 寒さが厳しくなってきた今、アトリの作るお湯が魔力的に節約を強いられる冒険者パーティの生命線と言っても過言ではなかった。


「アトリさ、結構魔法が上達したよな」

「え、本当?」

「おう。スキル化した魔法がさらに進化してる感じ? 自分でアレンジを入れたのか?」

「うん! そうだよ! 慣れてきたからかな? 『こうすればもっと早く温かくできる』っていうのがわかるようになってきたんだ」

「マジかよ」


 アトリは嬉しそうにレベルの高いことを言った。これはアトリが魔法を理解し、その魔法を基にまた別の魔法を自分で作り出した事と同義だ。それは俺なんかには到底できないことだった。


「やっぱり魔法位が上がったことが原因なのかな? 悔しいけど、魔力に余裕のある方が色々試したり出来るしね ──と裏でリアが申しております」

「ふふ、そうかも。前より訓練に使える量が増えたんだよね」


 魔法位が上がったことで生まれた魔力的余裕がアトリの思考の幅を押し広げたというわけらしい。結局持つものが……という拗ねたくなる気持ちもあるけれど、今はただアトリの謎成長が早速プラスに働いた事実を喜ぼう。魔力はなんぼあってもいいからな。


「ふぅ……ミナトさん。どうやら向こうに見える岩陰に魔物が数匹潜んでいるようですわ。足音的に大きさは人間の子供くらいですかね」

「子供くらい、となると、小鬼か何かかなぁ……まあ数匹程度なら伝えなくてもいいか」

「よろしいのですか? 教えてさしあげた方が……」

「いや、今回は黙っておくよ。向こうもプロだからな。俺たちみたいな索敵は出来ないだろうけど、流石に距離が近づけば気づくだろう。それに、護衛対象がいちいち口出したら反感を買うかもしれないし」

「そうですか。わかりました」


 大金を払っているとはいえ、自分たちとそう変わらない歳の冒険者ちゃんたちに何もかも任せるのは正直怖かった。だからこうして保険としてスティアと交代でこっそりと索敵を行っている。しかし、出発してひと月経った今、幸い俺たちが出張るような事態にはなっていない。


「ありがとうな。スティア」

「お役に立てて何よりです」


 これがリアだけだと四六時中気の休まらない時間が続くのだが、今はスティアがいてくれる。だから俺たちの負担は凄く少なかった。


(おうおう、女の子たちに囲まれて楽しそうですなぁ)

(んだそのダル絡みは……お前が身体変わってって言ってきたくせに)


 じゃあもっとギスギスしたほうがいいのか? と言ってやりたくなる。おそらくリアとしては精神を休めたくて裏側に行ったはいいものの、自分がいないところでもスムーズに動く世界に少しばかりの焦りが生まれたとかそんなところだろうか。今までソロで旅を続けていた頃には気が付かなかったリアのメンドクサイ一面だ。


「すいませーん! 小鬼を数匹見つけました! サクッと倒してくるので、少し馬車の速度を落としますね」

「うん、頼むわ」


 そんな馬鹿な事を内々でやっていたら、冒険者パーティのリーダー、シルゥちゃんが報告に来た。岩場にほど近い位置まで来てようやく彼女らは魔物の存在に気が付いたらしい。まあ、遠くからわかるこの聴覚が凄すぎるだけかな。っぱエルフよ。


「大丈夫でしょうか」

「いやまあ小鬼だけだし」


 小走りほどの速度で動く車内から、青ランクだという彼女達パーティのお手並みを拝見する。数匹いるとはいえ小鬼も倒せないとなると、ギルドも紹介してこないだろうよ。


 そんな俺の予想通り彼女たちは流れるように小鬼の掃除していく。そして、何事もなかったかのように俺たちの馬車に戻ってきた。


「ふぅ……ただいま戻りました!」

「お疲れさま。余裕だったね」

「たかが小鬼に後れを取るはずありません!」

「まあ心配はしてなかったよ。でも返り血すら浴びてないのは流石だよ」

「まあ御貴族様の馬車に相乗りさせてもらっている訳ですし」


 俺たちは護衛の依頼を受けた経験がないので知らなかったのだが、相手が貴い身分となると気を回すべき内容も増えていくのだろう。大変そうだなぁ、と他人事のように考えるのと同時に、要人の護衛依頼は受けないでおこうと心に誓った。







 今回俺たちが雇ったのは4人の女の子たちで構成された青ランク冒険者パーティだ。


 そもそも冒険者パーティのランクがどういう仕組みなのかというと、これが非常に単純で、全員の個人ランクが青以上だと青級のパーティを名乗ることができるようになるらしい。つまり紅ランクの『暁の御者』は全員が紅級の強さを持つという今思い返せばとんでもない人たちだったり……。


 話題を今目の前にいる彼女らへ戻す。まだまだ若い彼女らのパーティにはこれといった呼び名はなかった。だからギルドでは『シルゥのパーティ』とかそういう呼び方をされていた。


 4人の女の子はみんなリアの実年齢くらいの見た目で、皆なかなかに可愛らしい容姿をしている。これがめちゃくちゃ目の保養になって素晴らしい。高い契約金を出してよかったぜ。


「でもひとりを除いてみんな魔法士なんだ。珍しい」


 荒野で焚火を囲みながら彼女たちへと語りかける。


「そうですかね? 東アーガストやアリアの女性冒険者はほとんど魔法士ですよ?」

「そうなんだ。いや、お……私は元々ガイリンの田舎から来た人間だからさ」


 俺たちが今まで見てきた数少ない女性冒険者の中では、確かに魔法士が割合で言うと大きかった。それでも女性冒険者のほとんどと言われると、どうしても驚きが先行する。


「シルゥ、他所の国には魔法学園が無いって聞いたよ」

「そうなんですか! えっ、でもそれならミナト様はどうやって魔法を覚えたのですか?」

「えっ! そ、それは……まあ、師匠がいたからかな」


 ほぼ独学というか、見て盗んだというか。


「皆は魔法学園出身なのか。ということはキミらも貴族の関係だったり?」

「いやいやとんでもない! アリアではある程度の魔法位があれば、庶民でも学園に通えるのですよ。学費も安いですし」

「マジで!? それで魔法学園に行ったら、皆魔法が使えるようになるものなのか?」

「まあ、ある程度は。勿論才能によるところはありますけど」

「それは凄い! どういう教え方をしてるんだ?」


 師匠に弟子がくっついて身近な位置で何年もその魔法術式に触れ続けることで、いつの間にか魔法スキルが使えるようになっている。これが俺の知る最も一般的な魔法習得方法だった。リアが人の魔法を解析するのもその延長だ。


「えっとぉ、普通に『詠唱』を教わる形ですねぇ」

「詠唱?」

「え、聞いたことないですか? 魔法初心者なら補助の為に唱えるでしょう?」

「んん?」


 頭を捻る俺たち以外は彼女のその言葉に対して、「当然」だと言わんばかりに頷いていた。どうやら俺たちの常識とは全く違う定石があるらしい。


(ミナト、代わって!)


 これにはたまらず魔法オタクが出張ってくる。まあ自分の身体なんだから好きにしてくれ。

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