アリア魔法学園

第181話 金

「ミナトさん、本日をもって『金』級昇格です! おめでとうございます!」

「お?」


 ラピジア出立を伝えにリアはギルドを訪れた。そこで待っていたのはまさかの昇級だった。いや、よく考えたらまさかでもないか。一応この国最凶の賞金首を仕留めていたんだから。


 しかし『金』級か……。いつの間にか、『暁の御者』のランクが眼前に来ているではないか。


「こんなに早く昇級するとはねぇ」

「何を仰いますか! あんなに凄い雷を落とせるような魔法士が翠級だなんて、失礼もいいところですよ!」

「あれ、知ってるの?」


 王城での出来事をまるで見てきたように言うギルド職員のお姉さんであった。


「知ってるも何も、ここから城の上空に紫の光が立ち現れる瞬間を見た者は沢山います」

「ああ、そうなんだ」


 まあ雷が落ちた事実は流石に知っていたか。しかもそれが王城であり、なおかつ『紫雷の魔女』なんてクソダサ称号を持ったやつが現れたら、情報が繋がっていくのも当然だ。


「あなた様なら伝説の『黄昏』級にもそう遠くない未来に上がれるでしょう! これからも頑張ってください! そしてギルドに貢献をお願いします!」

「あーはいはい」


 お姉さんのにこやかな激励を背にリアはラピジア支部ギルドを去る。その胸には金色のタグが輝いていた。


 『黄昏』級ねぇ……。『黄昏』級といえば、アイロイ様の最終ランクだ。もうそこまで行くと、色々なところに融通が利くという高ランクの利点を越えて、一挙手一投足をあらゆる人間から監視されそうで嫌だな。ここらで昇級を終えておくのが賢い選択なのかもしれない。


 今後についての課題が見えたところで、リアはアテリア家の屋敷へ帰ったきた。そして、いよいよ旅立ちの時だ。リアたちはアテリアへと帰る為同じく出立の準備をするイオウ様たちと、別れの挨拶に集まっていた。


「魔女殿はシェパッドまでだったか。また遠くに行くものだな!」

「はい。でもずっと旅を続けていますから」

「そうか。あなたはネイブル……いや、ガイリンから来たのだったな。長い旅路なのは今更か」


 ここラピジアから属国の首都シェパッドまでは、少なく見積もって馬車で約4か月はかかると思われる。かの地は数十年前まで血樹けつじゅなる異民族が跋扈する辺境扱いだったようで、道中はより厳しく危険が伴う。その上、こちらには非戦闘員が2人もいるのだ。今までの旅と同じ感覚でいるのは危険だろう。気を引き締めねば。


「そちらもお気をつけて」

「ああ! 勿論、無事に帰るさ。アテリアで妻が待っているからな!」


 あらラブラブで羨ましいこと。


 隙を見せたせいで少しノロケられた後、イオウ様はスティアへと視線を送る。


「スティア、そなたともお別れだな。数年間は空いたが、長くアテリア家にいてくれてありがとう」

「イオウさま。わたくしこそ、アテリアにいた時間は痛みも苦しみもなく、本当によくしてくださいました。感謝しています」

「うむ! ……と胸を張りたいところだが、ここだけの話、私としてはそなたはアテリア家を出て正解だったと思っているのだ」

「え?」


 スティアの目は点になった。


「なに、ここ最近のそなたはエルフであることを忘れそうなくらい生き生きとしているからな。幼い頃からそなたの顔を見て育った私が言うのだから間違いない」

「そう、ですか……」

「これもエルフを愛する魔女殿に引き取られたおかげだろう。これからも安心してこのお方についていくといい」

「はい。勿論ですわ」


 そう言ってスティアはリアの腕に抱きついた。むにゅっとスティアのスティアが腕に当たって、リアも思わず鼻の下が伸びる。


「ククッ。母上ではないが、スティアのことをよろしく頼むぞ」

「うへへ」


 聞いてるのか? コイツは……。俺も人の事言えないけどなうおっやわらかっ。






「うわぁぁぁん!! さみしいよぉ!」

「よしよし、アトリちゃん。またいつかラピジアに来てくれたら、そのとき会いましょうね」

「うん! 行く! 絶対! リ、じゃなくてミナト、またいつかラピジアに寄ってほしい!」

「う、うん……考えとくね」


 アトリは屋敷にいる間仲良くなったおばちゃんメイドの皆さま方と涙の別れを演じていた。可愛くて人懐っこい彼女は放っておいたらすぐに誰かと仲良くなっている。それが女性ならまだいいんだが、年頃の男と話してるところなんて見てしまったら、リアが迷わず貴族の権限を行使してしまいそうで怖い。


 と、そんなことを考えていたら、アテリア家の屋敷で執事見習いをしているという少年が何か言いたそうに、旅立つアトリに熱い視線を送っているのを見つけた。


「アトリ! もう行こ! 時間ないよ!」

「えっ! もう?」


 嫉妬深いリアはそれを見つけるとすぐさま屋敷を出ようとアトリを馬車まで引っ張っていく。


「ではイオウ様、またいつか。コヘイ様やエリー様にもよろしくお伝えください」

「ああ! それではな!」


 その途中、イオウ様に最後の別れを告げた。


 イオウ様は笑いながら手を振り、リアたちの出発を見送る。リアたちは手を振り返しながら、準備した馬車に乗り込んだ。


 馬車はトコトコと街中を進んでいく。当面の行先は隣国アリア公国の首都シェパッド。実に4か月の長旅である。目先の目的地がここまで遠いのは実はリアも初めての事で、準備にかなりの手間がかかってしまった。


 だがリアのこの国での身分を考えると、一層入念な準備が必要なのは仕方がない。特に外面に関しては……。そのひとつが今リアたちの乗るこの馬車だったりする。


「この馬車広くていいよねー」

「そうですね。クッションもフカフカです」


 アトリとスティアも嬉しそうだ。バチクソ高い車両を借りてよかったぜ。なんと馬付きで500万ガルドのリース料なり。まあ4か月という期間を考えると妥当な値段かもしれないけれど、額面の大きさは一切庶民的でない。


 さらに金をつぎ込んだのは馬車だけではなく護衛にも。


「魔女様! もうすぐ東門を抜けますよ! その先で商隊と接近するので速度が落ちると思われます。充分お気をつけください!」

「ああ、うん。ありがとう」


 皮鎧を身に纏う女性が状況を逐一報告に来てくれる。彼女はギルドで雇った冒険者であり、彼女の他にも御者や戦闘員として3名の女性冒険者が車内に控えている。


 貴族になったリアは旅にあたって護衛を雇うことを勧められたのだが、女性冒険者の数が少ないこともあって人件費が恐ろしいことになった。だが男冒険者にトラウマを抱えるリアとしては女冒険者じゃないと嫌なんだと……。また追加で400万ガルドが消えてしまった。


(うーんやっぱり女の子で固めた方が視覚的にいいよね)

(やっぱりそういう意図か! 前々から思っていたけど、お前って俺よりもよっぽど女好きのスケベ野郎だよな)

(野郎じゃないし! というかミナトだって男と四六時中一緒とか嫌でしょ? アトリ達だって変な目で見られたりするかもしれないんだし)

(うーむ……それはそうなんだよなぁ)


 冒険者という人種は大体が信用してはいけない部類の人間だ。リアだって一発目の仕事で襲われかけたしな。冒険者の質が高いとされるネイブルでアレだったのだから、世紀末寸前状態をギリギリで耐えているアーガストの冒険者がどうなのかは推して知るべし。


 とはいえ、女だらけで固めるという事にも勿論デメリットはある。それは周囲から舐められること。フォニたちと旅をしていたときにそれはよくわかった。


「えっと、シルゥちゃんだっけ?」

「はいです! 魔女様! 何か御用でしょうか!」

「えっとね、何かトラブルがあったら遠慮なく『紫雷の魔女』の名前を出してもいいから。とにかくナメられないようにね」

「了解です!」


 雇った冒険者パーティのリーダー、シルゥちゃんが元気よく返事をした。


 4か月も旅を続けていたら、この先別のグループと関わることもあるだろう。そんな時、外面の良さそうな彼女には是非とも毅然としたスポークスマンを務めて貰いたい。正直冒険者としての実力よりもそっちの方が雇うこちらにとって大切だ。


 ……400万も出してるんだからそれなりに期待はさせてくれ。

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