第177話 噂の商人
まさか予約入れた客の情報を頭に入れていないとは。高級な店にもかかわらず店員のレベルは低いのかもしれない。
「うふふ、まさかお貴族様だったとは! 先に言っておいてくださいよー」
「いや、店から聞いてると思うじゃん。そんなの」
そして上の人間にリアの身分を知らされたお姉さんは戻ってきた時にはゴマすりモードに切り替わっていた。
「それではコースの説明をさせていただきますね」
「いや、そんなのいいからここ座って」
「え、いやあたしが!? ダメですよー流石に仕事はしないと」
「仕事なら他の人に代わってもらって。私はあなたを気に入ったの。一緒に食事をしましょう」
「えっ……まさか夢にまで見た玉の輿のチャンスが? でも相手は年下の女の子だし……」
なんかひとりでクネクネしているところ悪いが、リアはさっきの話の続きが聞きたいだけだぞ……。こっちも紛らわしい言い方だったが。
結局、お姉さんの代わりに新しい給仕係が現れ、お姉さんを含めた3人で食事をすることになった。
「はわー! まさかウチのご飯が食べられるなんて」
「え、まかないとかでないの?」
「こんな上等な食事は出ませんよ! 余りものすら食べられません!」
「そうなんだ結構ケチくさ──ってそんなことはどうでもいいの! 私はエルフを連れてきた豪商? について知りたいの。ご飯食べていいから教えて」
「え? ああ、その話ですか」
食事をしながらではあるが、ようやく本題に入る。
「エルフを連れた豪商さんですよね? どんなことが知りたいのですか?」
「全部! どこから来たとか!」
「どこから……といえば、アリア公国ですね。かのお方は驚くほど肌が赤かったので」
「アリア公国……やっぱり! って、赤い肌?」
「そうなんです。アリア公国には酔っぱらったみたいな顔色の人が多いのですよ。お客様、貴族なのにご存じないのですか?」
「外国生まれだからね」
アリア公国の商人がエルフを買ったという情報はアイロイ様から聞いていた。今回のは、それを裏付けるような新情報だ。
「それで、どんな商人なの?」
「どんな商人……あ、これ追加していいですか? 中々入らない食材を使ってるんですよー」
「勝手にどうぞ。で、どんな?」
「えーっとそうですね──あ、先輩、これ1人前……いや、3人前お願いします!」
「あなた、貴族様の前でよくそんな豪胆な態度取れるわね……」
人選を誤ったという後悔を抱えながらも、何とかリアはその後に情報を得た。
商人の名を『ナユタン商会』という。東の国アリアの街、シェパッドを拠点とし、主にネイブルやパレッタなどの舶来品ビジネスで儲けを出しているらしい。間違いない。アイロイ様が言っていた商人だ。
「どんな人だった? おじさん?」
「そうですね。それも、とんでもなく背の高いおじさんです。あれは多分
「ふむ、先住民……そんな人たちがエルフを?」
「そうです。ただあなたのと違って懐いていないみたいでしたけどね。凄く睨まれていましたし、ものすごい数の魔封じがはめられていましたし」
「は?」
「いやあたしを睨まれても……」
っと……リアのやつ、母がガチガチに拘束されていたと聞いて怒りが抑えられていない。
「いやいや普通の話ですよ? だって、エルフみたいな恐ろしい生き物を支配するのが成功者ってやつじゃないですか。まあ、あたしは怖いんで別にそんなこと思ってないですが」
「……そう。ごめん、私エルフが好きだから」
「あー愛好家ってやつですか。ならそのエルフに魔封じをつけないのも納得です」
愛好家って。相手に悪気がないのはわかっているもののリアは苛立ちを覚えずにはいられなかった。それではまるでペットのような扱いではないか。
「で、ナユタン商会は、今アリアのシェパッドに行けば会えるの?」
「そうですねーそこが本拠地らしいですから。その凄い偶然なんですけど、実はですねー店長が明日から出張するのってその商人のところなんですよー」
「えっ、そうなの?」
「はい。なんかウチのご飯が気に入ったからシェパッドまで作りに来てくれー、って。その割にかなり残して帰られたので、心象は悪かったんですがね。まあ、あんなにお金を積まれちゃあ行くしかないですよ」
本当になんという偶然だ。ということは今アリアへ行けば、確実にその商人に会えるではないか。
リアは貴族になった。そして、アイロイ様も紹介状を書いてくれると言っていた。タイミングが合えば面会は確実なのだが、先方が商人という職業上、同じ場所で待ち構えているとも限らない。そこが確実になったのは大きい。
「あのひとつお願いがあるんだけど……店長さんに会わせてくれない?」
「え? それはべつにいいですけど……」
この機会を逃すわけにはいかない。思い立ったリアはすぐに行動に出た。
「私が店主ですが……」
「どうも、『紫雷の魔女』のミナトです」
お姉さんに呼び出してもらった幸の薄そうな中年女性へ向かって、リアはわざと称号を強調する。
「それで魔女様がどういった御用で……」
「えっと、店長さんは明日からナユタン商会に食事を作りに行くんですよね?」
「そうですが」
「その時、ついでに商会長さんへ私からの手紙を渡してほしいんですよ。構いませんか?」
「はぁ、手紙ですか。それくらいなら別に」
本当ならこの店長さんにくっついてアリアまで行きたいところだが、あいにく準備が全く整っていなかった。ならば、先にアポだけでも取っておかなければ、とリアはすぐさま手紙を書くことに。
「今書くんでちょっと待ってくださいね」
長い文書を書くのは実に久しぶりだった。それこそ獣人の隠れ里で勉強した以来のことだ。リアがクラナさんに習った文法はネイブルの言葉が元になっているのだが、これで相手方に伝わるだろうか。
「これ、読んでみて文章に問題はないですか?」
「えーっと、ここはアーガストでは伝わらない表現ですね。こう書くといいですよ」
「なるほど」
聞けば彼女は若い頃に色んな食材を求めて大陸を旅した経験があるらしい。結局、その知識を頼りに店長さんには赤ペン先生的なことをしてもらって、リアは手紙を完成させた。
「じゃあお願いします」
「はい。魔女様」
給仕のお姉さんとは違い、店長のおばちゃんは凄く腰の低い女性だった。リアが称号を強調したこともあって、彼女は恭しく手紙を受け取り、一等宝くじでも扱うがごとく大事そうに懐へしまう。そして用が終わるとそそくさとリアの元を去っていった。
さて、今できることはやったか。
「スティア、ごめんね。食事中だったのに」
「いえ、ミナトさんの事情の方が大事なので」
「ありがとう。じゃあ、気を取り直して食べよっか……って、あれ?」
2人共料理にはあまり手を付けないままだ。しかし、どうしたことだろう。テーブル上には綺麗になった皿たちが……。
「むぐ?」
え、まさかこのお姉さん、リア達の分まで全部食べたの?
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