第175話 リアの役職

「ちょっと強引すぎません?」


 晩餐会が無事? に終わり、開かれたお茶会でリアは真っ先にアイロイ様へ文句を言った。


「そうでもないですよ。多くの者があなたを取り込みたいと思っているはずです。そのもっとも手っ取り早い手段が姻族関係ですから」

「でも婚約者がいたら皆諦めるって……」

「婚約はあくまで形が定まる前の約束でしかありません。しかもそれが遠い故郷にいるとなると、既成事実を作ろうとしてくる輩はいくらでも出てくるはず。しかしこれでリューロイより地位の低い男はあなたに近寄れすらしないでしょう。魔女殿、こういう社会では隙を見せないことが肝要なのです」

「いや、既成事実なんて作られる気ないですけどね」


 ただ暴力が極力扱えない場だと、大変なのは確かだ。そう考えるとリューロイ様の働きはとても大きな意味を持つだろう。


「とにかく、リューロイ様には『助かった』と伝えておいてください」

「ええ。まあ、私としてはあわよくば本当に孫とあなたが婚約してくださるとよかったのですが」

「いや、それじゃあバランスが狂うんでしょ?」


 というか、あのお孫さん滅茶苦茶震えてたし、こっちのことは絶対苦手に思っているだろうよ。


「それよりも、先ほど陛下を交えて称号の内容について話し合いました」

「えっ」


 そうだ。その結果を聞くためにこうやって食後のお茶会をアイロイ様と開いているんだった。完全に先ほどのイベントに意識を持っていかれていた。


「どうなったんです?」

「安心なされよ。魔女殿に封建的特権が与えられることはありません」

「そうですか! はーっ、よかった」

「そんな風に喜ばれると、冒険者として気持ちはわかりますが、国の人間としては少し複雑ですな」

「はっ……! 申し訳ございません」

「ははは、謝罪は必要ありませんよ。そもそも功労者の望みが一番なのですから」


 いや、そりゃそうだよ。なんでたまたま功績を挙げたからって、国に縛られなきゃならんのだ。


「ですが、一代限りの爵位は受けていただきますよ。これは国の沽券にかかわりますから」

「ああ、はい」

「それに伴って、魔女殿には役職が授けられます」

「はぁ」


 他の国は知らないが、この国では爵位と役職はセットだそうな。領地を持っていたり、アイロイ様のように軍事のトップといった重要な役職もあれば、ほとんど意味をなさない役職もあるのだという。後者であれば、少額ながら年金も貰える上に義務もほぼ発生しないので貰い得である。


「それで私の役職とは」

「はい。あなたの役職は『西方通信使』です。我が国の貴族として、ケイロンやパレッタなど西方の国々を訪れて見聞を広めることが役職の主な内容です」

「えっと、それは報告の義務があったり?」

「いえ、特には」


 情報をやりとりしない通信使とは? 想像以上に実の無い役職だが、こっちとしてはありがたい。それで年金まで貰えるというんだから破格だ。まあ、元々は褒美なんだから、不自然ではないけれど。


「年金に関しては、年に一度王城へ訪れるタイミングで支払われます。旅を続けるなら毎年受給するのは難しいかもしれませんが、ご理解ください」

「いえ、そんな」


 そりゃあ銀行振り込みなんてないから仕方ない。お金はあるにこしたことはないが、そのためにラピジアを訪れる気もさらさらないのでこっちもほとんど無実だな。


「あとは一応今日から魔女殿も我が国の貴族ということになりますから、そこは自覚してください」

「はい。承知しました」


 平民に対して偉そうに出来るとか、そんな感じ? よくわからないけれど、この国をすぐに発つ俺たちにはあまり関係ないな。


 面倒なことになったと心配していた俺たちであったが、結果的にかなりいい待遇を勝ち取れたのではないだろうか。


 忙しい一日は王宮の部屋で暮を迎える。そして翌日、リアは正式に国王から役職と爵号を示す印章を賜わった。


 どうやら国王はリアをこの国に根を下ろす大貴族の祖としたかったようで、かなり面倒な引き留めに合った。だが、俺たちはまた旅を始めるのだ。丁重にお断り申し上げた。


 よし。それじゃあ、まずアトリ達が待つアテリア家邸宅へ帰ろう。






「リ……じゃなかった、ミナトおかえり!」

「ミナトさんおかえりなさい」


 アテリア家ではアトリとスティアが玄関でリアの帰りを待っていてくれた。相変わらず、本名を言っちゃいそうになるアトリだったが、リアはそれを咎めることなく彼女をギュッと抱きしめた。


「アトリぃ……さみしかったよぉ……すき……くんくん」

「ちょ、ちょっと〜くすぐったいよ〜。というか、さみしかったってお泊りしたの1日だけじゃない」

「1日会わないって、そんなの初めてじゃん! むしろアトリはさみしくなかったの!? くんくん」

「さみしくないことはなかったけどぉ……というか、どうしてそんなににおいを嗅ぐの?」

「王宮は臭かったからね」


 主に男のにおいがな。それに比べてアトリはいい匂いだ。昔はあんなに臭かったのに。


「魔女殿……玄関口で王宮の悪口を言うのはやめてくれ……誰が聞いているか分からない」

「すみませーん」


 リアはイオウ様に頭を下げた。というか、あなたも魔女と呼ぶんですね。


「魔女って?」

「ああ、なんかね。『紫雷の魔女』って称号貰っちゃった。ダサいから名前変えてほしいんだけど」

「素敵じゃないですか。称号を賜わるのは名誉なことですよ」


 スティアはリアの腕に手を添える。それでスイッチの入ったリアはアトリから身体を離し、今度はスティアに抱き着いた。その時のスティアの表情はどこか幸せそうだった。


 リアのことが好きだといったスティアだったが、実は俺は未だにそれを言葉通りに受け取っていない。亜人奴隷として生きてきた彼女の依存先がアテリア家からリアとアトリへ移っただけだと思っているのだ。でも、今の彼女の顔を見ていると、それはそれでいいんじゃないって思えてくる。


「どうかしましたか?」

「え? ううん、また裏でミナトがゴチャゴチャ難しいこと考えてたの」

「ミナトさんが?」

「うん。でも気にしなくていいよ」


 そうだな。リアの言う通り気にしなくてもいいことだった。リアもスティアもなんかすごく幸せそうだし。俺ももう考えるのをやめて、鼻頭にあたる柔らかい感触に集中しよう。


 しかし、スティアも滅茶苦茶いい匂いだ……。


「ねぇ、ミナト。これからの予定はどうなるのかな?」

「むぐむぐ──ぷはっ! んー、そうだなぁ。約束通り、明日はこの街でデートでしょ? それから3日は準備に充てて、それから東のアリア公国へ行くことになると思う」

「そうなんだ! 明日、楽しみだね!」

「うん。お城で食べた宮廷料理が凄く良くってね。お店があったら、3人で行きたいなって思って。そうだ、イオウ様に聞いてみよう」


 貴族の子弟なら食べ慣れていると思って、リアはイオウ様に聞いてみた、のだが……。


「うーむ。アテはあるが、実際に行ったことがないのだ。アテリア家は貧乏だからな」

「そうですか……」

「それにそういった店は高貴な身分でないと──って、そなたはもう立派な貴族だったな」

「あっ、そうだった」

「なら問題はない、か。今から連絡を入れようか?」

「お願いします!」


 イオウ様が心当たりのあるお店へ使いを出してくれた。


 1時間程して、明日の予約が取れたという報せを聞くと、それはもうご機嫌になるリアであった。


「明日は楽しもうねっ!」

「うん。ありがとうミナト」

「楽しみにしています」


 アトリとスティアが旅の仲間に加わったことの良さは、こういうところだと俺は思う。いい意味で最近のリアは力を抜くことができている。


「ふたりとも。今日はいっぱいチューしようね」


 いや、それは抜きすぎ。人んちだぞ。

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