第174話 突然の求婚
「陛下、お食事の直後で大変恐縮ですが、少しお時間よろしいですかな」
「ああ。彼女に関することだろう?」
「ええまあ」
食事が終わると、丞相は王様やその他重鎮を連れてホールを出て行ってしまった。あの感じだとリアの待遇について話を進めてくれるのかな。
お偉いさんがいなくなったホールではしばしの歓談タイムが始まる。その瞬間、リアの元へ若い男たちがリアの元へ集い出す。
「初めまして私はラークと申します。ラピジアより東にある
「魔女さま! 私の父は国立裁判所で副書記官長を!」
「私は子爵家の四男で──」
そう、魔法位の高い美少女で称号持ちの英雄という属性モリモリ優良物件を巡って、末端貴族子弟共のアピール合戦が火蓋を切ったのだ。
「うっ……」
蟻の行列に落とされた角砂糖のように、突然周りを囲まれてしまったリアは途端に身動きが取れなくなってしまった。
「どうされました? 御気分が優れないのであれば、よければ私が休憩室までご案内を!」
「いやいや、ここは俺が!」
「えっと、いや、待って……」
今回の謁見イベントは急だったこともあり、この晩餐会に参加する貴族子息はそう多くない。だが、いざ参加した者たちは何とか収穫を得ようと必死にリアへ擦り寄ってきた。
(やばい……きぶんが……きもちわるい……)
(おいおい、大丈夫か!? 代わるか?)
(おねがい……)
満ち満ちる男臭にやられてリアは涙目敗走。まあ今日はよく頑張ったよ。王様を始めとするお偉いさんたちと面と向かってやりとりしたんだもんな。
ここは俺にまかせろ、ということで俺はリアから体の制御を引き継ぐ。
「あの! すみませんが──」
ここはハッキリと彼らへ、ノーを告げよう。そう思って、口を開いた俺だったが──
「皆さん、そう大勢で女性に詰め寄るものではないですよ」
突然若い男の声が活気づいていたリア周辺を制止する。
声につられてそちらに視線をやる。そこには肩まで伸びた浅葱色の髪の青年の姿があった。いや、青年というには多少幼さも垣間見える。そんな若者が現れたことで、リアの周辺は一気に空気が変わった。
「これはリューロイさま……失礼いたしました」
「いえいえ、盛り上がっているところに水を差してしまいました。しかし、当のミナト様が困惑されていたようですので」
この青年はリューロイというらしい。見た感じただのヒョロっちい美青年だが、偉いさんの息子か何かなのか? 周りの木っ端貴族たちが皆道を空けていく。
「歓談を邪魔するつもりはなかったのですが……」
「あ、いえ、正直戸惑っていたので助かりました」
「そうでしたか。やはり強引なのはよろしくないですよね」
そして自然と会話が始まった。なんだコイツ。
「えっと、あの」
「ああ、失礼。名乗りが遅れました。私はリューロイと申します。祖父からあなたの事を聞かされ、大変興味深く思っておりました。どうか、お見知りおきを」
「ああ、はい。って、祖父?」
名前がリューロイで、端正な顔立ち。瞳は≪紅≫となかなかのポテンシャルを秘めている。そして、祖父が知り合いということはもしかして……。
「はい。私の祖父はアイロイ・ドンエス侯爵です。その節は祖父がお世話になりました」
「えっ!? ああ!」
やっぱり! 力強い目がアイロイ様に似ている。言われてみれば、彼の血筋だ。
「アイロイ様の血縁の方でしたか。世話だなんてそんな……わたくしの方こそお世話になってばかりで……」
そしてこれからも世話になるだろう。なんたってアイロイ様はリアの家族かもしれないエルフを保有している商人と繋がりがあるのだ。早くその商人の情報と紹介状を貰わねば……。だから、その孫らしいこの優男を軽んじることはできない。
「ちょうどこちらからご挨拶に伺わなければと思っていたところですよぉ……へへ」
見た感じ権力を笠に着るタイプの男には見えない。ここまで媚モードになる必要はなかったかな?
「いえ、あなたのような美しい花の元に引き寄せられるのが我々蝶であります。その悲しい性にご容赦をいただけると嬉しいです」
「あ……ははは」
ああ……こういうタイプね。アイロイ様の血縁だからって硬派な男というわけでもないか。
「それにしても、あなたは本当に美しいですね。こうやって傍で拝見しているだけで、胸が痛くなるほどだ」
「そ、そうですかね?」
「ええ、それはとても。その白磁の如き滑らかな肌に、美しく存在感を主張する黄昏の瞳、菫色の髪はまるで生糸のように輝き、こうやって相対している間も私はあなたの姿から目を離せないでいます」
「お、おやめください。照れてしまいます……わ」
ベタベタなくらいリューロイ様にビジュアルを褒められまくった。
なんだこれ? 結局お前もナンパしに来たの?
「強引なのはよろしくない」とか言っておきながら、自然とリアに群がっていた男たちを追っ払うという一番強引な行為をこのイケメンはやっていた。
ただこちらとしては当然鬱陶しいからと無視するわけにもいかない。誰か助けてくれーと思って、周りに視線をやるが身分の違いか勇気のある男は出てこなかった。
「くくっ……」
一番身分の高い王子様はなんかニヤニヤしながらリューロイ様を見ているだけだし、お姫様のフィナファ様は黙って頬を染めている。
うぅむ。少し面倒なことになったなあ。
「それは
「えっ? ああそうです」
リューロイ様の視線がこちらの胸元へ降りる。そういえば、衣装の柄を話題に挙げるのが社交界での作法だとか何とか。
「懇霄花といえば霜が降りる朝に健気に咲く姿が美しい花です。それでいて、小さな大空を思わせる色彩は底しれない魅力のある貴女にとてもよくお似合いですね」
「あはは……どうも」
よくもまぁ、そんな褒め台詞が出てくるものだ。素直に感心する。……と、そんな油断をしていた俺だったが。
「ミナト様、失礼」
ふと手がそっと温かい感触に包まれる。
「えっ」
リューロイ様に手を握られていた。そして彼は片膝をついていた。これ、アレだ。男がプロポーズするときによくやるやつ。それを理解した瞬間、ゾワゾワと全身が悪寒に襲われた。
え、きもちわる!
(ぎゃああああ! ミナトー! なんで防衛魔法使ってないの!?)
(いや使うか! お貴族様相手に電気ビリビリしたら、こっちの首が飛ぶわ!)
それか、国中の首という首を飛ばす大惨事を引き起こす羽目になるだろう。というか、リアは自動防御を展開したまま今までこの王城で過ごしていたのか。
まあそれはともかく、このイケメンも何だってこんなことを……。
「……っ」
「っと」
俺はあまりの不快感にリューロイ様の手をはねのけてしまっていた。
うわ、リアの腕、鳥肌えぐ……。
「いや、何を」
「申し訳ない。外国生まれの貴女なら困惑もするだろう。しかし、これがアーガスト流の作法なのです」
「え? はぁ、作法。それは一体何の?」
「それは、求婚ですとも」
「はぁ、求婚……求婚!?」
そして、困惑する俺たちをリューロイ様はさらにとんでもない一言でぶん殴ってきたのであった。
求婚……ナンパどころじゃなかった。なんて思っていたら、また離した手を捉えられる。
「祖父から貴女の話を聞き、実際に貴女をこの目で見て確信いたしました。貴女が私と一緒に侯爵家の新たな礎を築くのにふさわしい女性だと」
「はぁっ!?」
「ミナトさん、私と結婚していただけないでしょうか」
「ひいいいいい!!」
もう拒絶反応を隠せそうになかった。もう媚びるとか言ってられない。まさか「ミナト」の名前で活動していることがこんなところで悪い方に効いてくるとは。
(リア! 改名しよう! なんで俺がこんな目にっ!?)
(いや、そんなことより早く断ってよ!?)
はっ、そうだった。
「ごめんなさい! 無理です! ──え?」
お断りして気持ちに余裕の出来た俺は、目の前のリューロイ様に僅かな違和感を見つける。なんだろう少し姿がブレている。物理的に。
(なぁこの人、めっちゃ震えてね?)
(うわ、マジだ。顔は余裕綽々って感じなのに……)
涼しげな表情とは裏腹に、足元はガクガクと震えを隠せていない。この慣れてそうなイケメンでも求婚は緊張するものなのか。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「えっ」
断られてもなお、彼は落ち着いた雰囲気を崩さない。いや、むしろ震えの方は収まったきた。
いやしかし、理由ときたか。どうして無理かって、そんなの決まってんじゃん。お前が男だからだよ! でも、それを馬鹿正直に言うのも角が立つとうか。うーん、なんと伝えればいいのか。
(ミナト! これアレだよ! アイロイ様が言ってたやつ!)
(えっ……ああ!)
言われて思い出す。求愛、誘い、しきたり。晩餐会の前にした雑談の中で、アイロイ様がそれにまつわることを言っていたような……。
『アーガストで重い罪のひとつに不貞があります。そこには男も女も関係なく、ただひとりを愛しぬくことこそが尊いとされ、裏切ることはもちろん、それを邪魔しようとすることも大きな罪だという強い価値観が、この国にはあるのです』
『はえー』
『なので、この国の男は相手に婚約者がいるとわかると、すごすごと引き下がらざるを得ないのです』
それを聞いた俺は少し耳が痛い思いをするのと同時に、この国の純愛過激派気質に軽いリスペクトの念を抱いたわけだが、今ここでそれを利用できるのではないだろうか。というか、アイロイ様は「面倒ならそう言って断れ」と遠回しに教えてくれていたのかもしれない。でもまさか他ならぬ彼の孫相手へ言う羽目になるとは。
(婚約者って、そんなもんリアにはいないから嘘になるんだけど)
(バカバカ! 嘘じゃないよ! 里でねーちゃんに『結婚してあげる』って言ったでしょ!?)
(ずいぶん一方的な婚約だなぁ……)
嘘かどうかはともかく、この場の収拾をつけなければ。
「実は私には故郷に将来を約束している人がいるのです」
「それは婚約者、ということですか?」
「そんな感じです。すごく優しくて、柔らかい人なんです」
「やわら? ……そうですか。ならばそもそも私たちに可能性はなかったようですね」
最後は自分が追い払った男たちへ視線をやる。その表情はどこかほっとしたような穏やかさが垣間見えた。
「突然の誘いでご気分を悪くされてしまったのなら、申し訳ございません」
「いえ、別に……」
「それでは失礼いたします」
リューロイ様は恭しく頭を下げ、静かに俺たちの元を去っていく。その背中はとても求婚を断られた男には思えない、堂々としたものだった。
そしてそれをきっかけにして、今までリアを囲んでいた男たちも一斉に離れていく。
「ミナト様! 故郷の婚約者とは、どのような方なのですか!?」
「えっとぉ……」
「あなたのような英雄の心を射止めるとは、さぞ素敵な殿方なのでしょうね!」
代わりに興味深いおもちゃを見つけたようや顔したフィナファ様が近寄ってくる。お兄様こと王子のリギィ様はいいのか、と思ったが、彼の姿はもう近くにはない。
しかし、リアのエルフ地獄耳は遠くでリギィ様の会話を捉える。
『おい、リューロイ! お前、盛大にフラれたな。この俺が慰めてやろう──って、なんでそんな満足そうな顔してるんだ?』
どうやら彼は去っていったリューロイ様を追ったようだ。
『リギィ殿下。現に私は満足なのです。一仕事終えたというところですか』
『はぁ? 一仕事?』
『そうです。実は先ほどの一件はおじい様に命じられましてね』
『ドンエス侯爵が?』
マジか。どうりでえらく唐突に不可解な告白をされたわけだ。
ところでどうしてアイロイ様は自分の孫にそんな命令を? 俺は気になって、フィナファ様そっちのけで彼らの会話の盗み聞きを続けていた。
そして判明した理由は、曰く「ミナト嬢へ強引に取り入ろうとする者を排除するため」らしい。つまり顔も親の権力もあるリューロイ様がフラれたんだから、他の奴らに付け入る隙なんてないぞ、ということ。
いやまあそれはリアにとって利ではあるが、些か強引であるというか、単純に大勢の前でフラれる役目を担わされたリューロイ様が可哀想というか。もっといいやり方が絶対あっただろう。
『そんなこと言って、ちょっと残念だったろ? あんな綺麗な子、学園にもなかなかいないぜ?』
『馬鹿言わないでください! おじい様が恐縮するような魔法士なんて怖くて仕方ありませんよ!?』
『お、おう……』
ああ、あの震えは『恐怖』だったんだ……。
あのイケメンには色々と苦労をかけてしまったようだ。そんな裏を知らないで、キモいとか散々なことを思ってしまった。申し訳ない。
後でアイロイ様経由で労っておこう。
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