第173話 晩餐会
「ほほ、魔女殿。こちらだ」
晩餐会へ参加するリア。案内された席はまさかの王様の真正面である。いや、わかるよ? だってリアは今日のイベントの主役だもん。でも、国で一番偉い人のすぐ近くに座らされてゆっくり飯が食えるかよ、という文句も言いたくなる。
「ど、どうも……よろしくです」
怪しい言葉遣いで周りにペコペコしながらリアは席へ向かう。
テーブルはいくつかの島に分かれており、残念ながらアイロイ様やイオウ様はこちらとは別。頼れるのはギリギリ声が届きそうな位置に座るリノレエル様のみ。これがどういう意図なのかはわからないが、また緊張を強いられる時間が続くらしい。
「魔女殿、紹介しよう。我が孫たちだ」
席について早速、王様の両脇を抑えていた若い男女を紹介される。
「お初にお目にかかります。私はリギィと申します」
「フィナファと申しますわ。魔女さま」
孫、つまり彼らは王族であるにもかかわらず、リアへ向けて恭しく頭を下げてくる。どちらも高校生くらいの見た目で、とても落ち着いていた。そして何より美男美女の兄妹(?)だ。
リギィ様は国王と同じ藍色の瞳で金髪のイケメン、フィナファ様は翠の瞳を持った金髪の美少女。イケメンの方はともかく、フィナファ様は思い描いていた通りのお姫様って感じで、密かに俺のテンションは上がった。
「初めまして、私はミナトと申します」
リアが無難に挨拶を返すと、イケメンのリギィ様はアイドルみたいな微笑を見せる。
「ミナト……なるほど、あなたのような美しい女性に似合う名ですね」
イケメンは自然と女性を褒めようとする。だが、残念……そのミナトは男の名前なんだよ。
「お兄様。ミナト様がお困りではないですか。そうやってすぐに浮ついた言葉を女性にかけるのはおやめください」
「フィナ、そういうわけでは……」
そして妹だと判明したフィナファ様は少しムッとした表情で兄を責めたてる。
あっ、これは嫉妬深い妹ってやつ? なんだよ、最高じゃん。
結局少女であるリアの目を通してもなお、女の子ばかりに関心が行く俺であった。
周りの人間との挨拶がひと段落すると、いよいよ今回の宴席が始まる。
「さて、皆のものよ。先ほどの謁見を見届けた者ならば言うまでもないだろうが、彼女があのズレアを討った英雄、ミナトだ。彼女にはその功績を讃え『紫雷の魔女』の称号を贈る。本日はその祝いの席である」
国王陛下のお言葉が始まった。皆真剣な表情でそれに耳を傾けていた。
「──それでは杯を手に。瑠璃色に栄光あれ」
国王陛下が片手に持った杯を掲げ、乾杯の合図を口にする。ちなみに『瑠璃色』というのはアーガスト自体を表しているらしい。こういう場ので決まり文句みたいなものだ。
「る、瑠璃色に栄光あれ」
陛下の言葉の後、皆一斉に同じ口上を述べる。ワンテンポ遅れながらも、リアはそれに続いた。
リアは杯に注がれた果実酒の匂い嗅いで、そのまま鼻から離す。こちとら秘密人間だ。酒はあまり飲むべきでないだろう。ただ一滴も飲まないというのは失礼なので、飲むフリだけはしておく。
「どうしたのだ? 酒は苦手か?」
だが、王様はフリであることを目ざとく見つける。
「えっ、あ、えっと実はまだ慣れていないのです。成人したばかりなので……」
「そこは見た目通りなのか」
「申し訳ございません。酔って粗相をするわけにもいかないのです。今はご無礼をお許しください」
「ほほ、よいよい。責めておるわけではない。雷を自在に操る英雄にも弱点があるのだな、と思っただけだ」
「うふふ。それはもうたくさん」
無礼とはとられなかったことに一先ず安堵。いや、むしろいい感じに愛嬌を見せられたかもしれない。
「酒はともかく、食事の方はぜひとも堪能していってくれ。外国生まれのそなたでも楽しめるはずだ」
「ありがとうございます」
これからが晩餐会本番。乾杯を皮切りに食事がドンドン運ばれてくる。
アテリア家でもそうだったが、色んな種類のメニューを細かく出すのがアーガスト流だ。ジャストサイズメニューみたいな? ほらもう前菜だけでいくつ皿が出ているんだろうか。
(まあ、美味いんだけどね)
結局、記憶として日本人の舌を持つ俺からしても王宮の飯は美味かった。この透明でコリコリした謎の食材と野菜の和え物とか特に美味い。中華料理の前菜にありそうだ。
そして妙にいい感じなのが、周りの空気感。アーガストでは食事は音楽や絵画などの芸術に触れながら静かにとるのが常識とされている。それは王宮の晩餐会でも変わらず、会場には楽団による心地の良い音楽が流れ、食材の説明以外で会話が発生することはあまりなかった。
(でも、これはない……王様……見損なったぞ)
山海と多様な食材を贅沢に使った沢山の種類のメニューが揃っている。まあ、これだけあればゲテモノのひとつやふたつはあってもおかしくは……いや、おかしいだろ。
(ワームだ! やったうれしー)
キモすぎるウニョウニョ炒めをリアは嬉しそうに頬張っていた。いや、王族に夜市の出店で出るようなもんを食わせんなよ! ……と言いたいところだが、向かいの王子様兄妹はどちらもなんてことない顔でワームを口に運んでいる。
なんだろう……このワームもリアや彼らからすれば、ちりめんじゃこくらいの認識なのかな。
そして、そんな孫たちやリアを見て顔を綻ばせているのが王様。彼からすれば、リアは両脇に座る孫と同じような年頃であり、さらに超美少女とくれば、そりゃあもう可愛くて仕方ないのは当然だろう。まあ、食ってるものはまったく可愛くないけど。
というか、この国では王侯貴族も当然のように虫食するんだな。ここは庶民的な所に好感を抱く場面なのか?
まあ、気に食わないこともあったが晩餐会は大した問題もなく進行していった。
「魔女殿、王宮の食事はお口に合ったかな?」
「そうはもう! とっても美味しかったです! アーガストのごはんはとても美味しいと思います!」
「ほほ、そうか。外国出身のそなたにそう言われると、誇らしいな」
そう言って国王は顔を綻ばせた。
ちなみに今のリアの言葉はリップサービスでも何でもなく真実だ。
まあ、あのワーム炒めはともかく、他はどれもうまいメニューばかりだった。種類が多いのもいいな。沢山の美味を一度に楽しめた気がする。
(アーガストの宮廷飯いいね! 今度、お店を探してアトリたちと行きたいな)
(ああ、そうだな。俺たちだけ食べちゃったし)
ここでアトリたちの事を考えるあたり、改めてリアは凄くいい子だと思った。今頃彼女たちもアテリア家の邸宅で食事にしている頃だろう。貴族家だから良いものを食べてるんだろうけど、今度は宮廷飯を食べさせたいものだ。
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