第172話 アーガスト王国の事情

「さて、魔女殿よ。これからの事を軽く相談しようではないか」


 謁見イベントが無事に終わり、リアは丞相リノレエル様と改めて話し合いの席に着いた。


 ちなみにこの丞相様、20年前に実権をほぼ放棄した国王に代わり、その役職通り国家運営を担う首脳のひとりらしい。つまりガチで偉い人。そんな人物とやりとりするということで、発言には一層気を付けなければならない。


「えっと、私の希望を先に申し上げてもよろしいでしょうか」

「ふむ」


 だが、伝えなければならないことはしっかり言葉にしないとな。


「私は称号に伴う特権の恵与を辞退したいと考えております」

「ほう」


 リノレエル様はリアの失礼にもあたる宣言に対して、怒りを示すでもなくただ頷くに留まる。


「それは何故だろうか? 理由を伺ってもよろしいかな」

「あ、はい。それはですね、私が冒険者だからです」

「冒険者だから、貴族にはなれないと?」


 リノレエル様は側に座っていたアイロイ様を一瞥する。元冒険者がこうやって、貴族として立派に国の役職を熟しているのだから、それはおかしいと彼は言いたいのだろう。


「あ、いえ、どちらかというと私だけの問題です。私は冒険者になるため、ガイリンの田舎からネイブルを経由してこちらまで旅を続けてきました。ですが、まだ5年も経っていない新米です。まだまだやりたいことも、行ってみたい場所もあるのです。ランクもまだ『翠』止まりですし、どうして今道半ばで旅を終えることが出来ましょうか」

「なるほど」


 うまいこと言うなぁ、と俺はリアに感心した。これでも獣人の隠れ里にいた頃は、男に対して顔を見ただけで腰を抜かしていたような子だぞ。


「ふむ。そなたの主張はわかった。であれば、実質義務や継承権の発生しない役職をそなたへ与えるとしよう」

「そうで……えっ? そんなのがあるんですか!」


 そんな都合のいいもんがあるのかよ! と思わずリアは前のめりになる。そして、それを先に言わなかったアイロイ様へ恨み節のこもった視線を送るのも忘れない。


「いや、ない。だから作るのだ」

「作る……」

「そうだ。冒険者として旅を続ける魔女殿を宛がうのに丁度いい役職を考えておこう」

「え、ああ、はい。どうも」


 なんだかよくわからないが、リアはこの国で貴族として生きていく必要はなさそうだ。


(よかったなリア。男と結婚しなくてもよさそうだぞ)

(元からする気ないよ!)


 リアがもしこのままアーガストで貴族をやることになったら、たぶん早々に夜逃げするだろうな。


(それよりさ、ミナト。このリノレエルとかいうおじさん、やけに協力的だよね。すっごく堅い人だって、イオウ様言ってたのにさ)

(ああ、それは確かに)


 イオウ様曰く、丞相リノレエル様はお堅く、それでいて国家への忠誠心がかなり高い人物だと聞いていた。それがリアの気ままな要求を受け入れるなど、ありがたいけれど腑に落ちないところもある。


「あ、あの、リノレエル様、ひとつ伺ってもいいでしょうか」

「ん? 何かな?」


 おそるおそる、リアは尋ねる。


 折角都合がいいということで、疑問はさておく選択もあったが、相手が貴族だとそれは少し怖い。なるべく彼らの意図を知っておく必要を感じた。


「どうしてこちらの要求を受け入れていただけるのでしょうか。わざわざ役職を作ってまで……」

「ああ」


 リアの心配事を理解し、リノレエル様は小さく頷く。


「今はドンエス侯爵しかいない。なら、よいか……」


 そしてアイロイ様を一瞥した。


「まず前提として、今この国の勢力均衡が恐ろしく不安定となっているのはご存じか?」

「え? いや……」

「そうか。まあ外から来た人間なら仕方ない。この機会に覚えておいてくれたまえ」


 「我が国の貴族となるならな」と、リノレエル様はそら恐ろしい言葉を続けた。


「20年前までそれなりにあった王家の影響力は今や地に落ち、新たに『魔法派』と呼ばれる派閥が生まれ、それまで王家の後ろ盾となっていた『剣武派』と対立を始めた」

「剣武って確か己の腕っぷしで戦うことでしたっけ?」

「そうだ。だがここでは保守層全体のことを指す」

「あっ……」


 その補足だけで、何だか一気に色々ゴタゴタした背景が見え始めた。これは関わりたくないやつ。


「一方で魔法派とは急進派を指す。その代表例がドンエス侯爵だな」

「丞相殿、人聞きが悪いですぞ。それでは私が嬉々として剣武派と対立しているようではないですか。常に己の進化を追い求める我が性分を否定はしませんが、こと政治に関してはただ周りから担ぎ上げられているだけなのですよ」

「わかっておる。今理解してほしいのは、アーガスト国内において、現在ふたつの派閥が水面下で睨み合う体制が続いているということだ」


 それはリアも聞かされていた情報だった。剣武派とか魔法派とか、具体的な名前を聞いたのは初めてだったが。


「そこに新たな貴族家が生まれ、それが魔法派のドンエス殿と同じ英雄が興した家だとしたらどうなる?」

「それは……天秤が魔法派に傾く?」

「そうだ。そうなれば、また内戦が起きてしまうかもしれない」

「な、内戦!? 絶対ダメ! です!」


 自分の存在が戦争に引き金となる。そんな事態になれば、たとえ夜逃げしても罪悪感が一生心にへばり付いてとれなくなるだろう。リアが優しい子だからこそ、避けたいことだ。


「陛下は先ほど『変化をせよ』と仰っていた。そのお言葉は疑うべくもなく正しいことなのだが、また内戦に繋がるというなら別。今の疲弊したアーガストで内乱など起こってしまえば、今度こそこの国は滅亡だ。それだけは絶対に避けなければならない」

「そうですな。戦争というものは案外得るものが少ないですから」


 アイロイ様も同調する。が、それはちょっとズレてるような……。


「だから私としては魔女殿にはアーガスト国内で権力をもつより、外へ出て行ってくれた方が安心なのだ」

「それはもう!」


 リアは首をブンブン縦に振る。


 今の言葉は「早く国から出てけ」と言われたようなものだったが、今のリアにはあまりにありがたい言葉だった。


「とにかく、魔女殿に権力を与えないという決定は間違いなく魔法派の反発を生むだろう。そこに関してはぜひ、ドンエス侯爵に知恵を絞ってもらいたいのだ」

「うむ。そうですな。他でもないミナト嬢──いや、魔女殿がそう望まれるのなら、私も協力いたしましょう」

「……アイロイ様は普通に呼んでくださいよ」


 とにかく偉いお爺さんふたりのおかげで、これからは何とかなりそうだ。心に纏わりついていたものが少しばかり取れて、リアもほっと息を吐いた。






「魔女様、仕度が整いました。会場までご案内いたします」


 お色直しやらなにやらを終えたリアは、美人なメイドさんに連れられて会場のホールへと移動する。


 次はいよいよ会食の時間だ。もちろん楽しみでも何でもない。リア的には早く帰りたいの一言に尽きる。


 控室からまた長い廊下や階段を進み、城の一階へ中央部へと入る。どうやらそこには日本のホテルでいうところの『○○の間』的な大きなホールがあるらしい。その分厚い扉をメイドさんの代わりに側で控えていた大きな体の兵士が開けた。


「え」


 すると、扉の向こうにはすでに席に座った王様の姿が……! それだけでなく、リノレエル様を始めとした重鎮の皆さまも大きなテーブルを囲んで座っている。


「え、あ、あの私遅れて……でも、その、知らなくて!」


 王族を待たせたという事実に冷や汗を出しながら、リアはとっさに言い訳をメイドさんへ向けて吐く。そして、それと同時に必死にイオウ様を探す。そしたらなんと、彼はもうすでに席について、まるで知らん顔しているじゃないか。


(んもう! あの人は何してんの!?)


 いくら別行動していたからって、こっちを放置してひとりだけ先に行くなんてな。


 とはいえ、そんな彼もなにやらお偉いさんらしきおじさんたちに囲まれて若干居心地が悪そうだった。


「ミナト様? ご安心ください。元より、一番最後に部屋へ案内するよう仰せつかっております」

「へ、そうなの?」

「はい。今宵は舞踏会ではなく晩餐会でございます。上流階級の晩餐会ではゲストを最後にご案内することが多いのです。なので、遅れではありませんよ」

「なんだよかった……」

「うふふ、これからは主催する側になられるのですから、ぜひご承知おきくださいね」


 主催って。俺ら貴族家を興す気ねぇんだわ。


 おそらくまだ首脳陣でその辺の合意が取れていないのだろう。


「は、はは」


 苦笑いを浮かべながらリアはホールへ入った。

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