第171話 王の思い

「ちょっとアイロイ様! どうなってるんですか!? 爵位って! 私、旅の途中なのに!」

「いや、申し訳ない。あの雷を見て、陛下や首脳陣が決断なされたのです。我々にはどうしようもない」


 しかしあの落雷イベントを強引に始めたのはこの人だ。彼にはこの未来が見えていた気がしてならない。


「まあ、まだ細かい内容が決まったわけではありませんよ。これからじっくり考えればよろしい。もしあなたが子孫までその爵位を引き継がせたいというなら、私のようにそれなりの領地や役職を得ることも可能だ」

「いや、だから私は旅を……」

「そこは謁見が終わり次第、丞相を交えて相談としましょう。何せ、まだ中身は何も決まっていないのです。今、重く考える必要はありませんよ」


 とりあえず爵位を得るのは確定してしまった。これは非常にまずい。うっかり封建的特権なんて得てしまったら、リアは貴族から婿を取って世継ぎを作らないといけなくなる。それが貴族の義務だからだ。それはアテリア家にいた頃教わった。


(やだやだ嫌すぎる……)


 男との結婚。考えただけで、すぐ吐き気に襲われた。色んな意味で年頃の少女を逸脱したリアからすればそれは尊厳の破壊に他ならない。


 あれ、おかしいな。今回俺たちは、この国に貢献したご褒美を貰えるはずだったのに、どうしてそんな尊厳にかかわる事態に陥っているのだろう。


「ミナト嬢、それより今は謁見です。段取りはしっかりと把握していますよね?」

「はい……」


 リアは気怠そうに答えた。謁見はもはや先ほど丞相のリノレエル様から知らされた内容を改めて国王から伝えられるだけだ。じゃあ、いらなくね? と言いたいところだがそういうわけにもいかない。


 リアはため息を何度も吐きながら、メイドさんの付き添いで玉座の間へ向かった。


 豪奢な造りの空間、その奥の数段分標高の高い場所には藍色の絨毯が敷かれ、その上に巨大な椅子がある。きっとあれが玉座なんだろう。そこから10メートルほど距離をあけた低い場所にリアは位置取る。


 段取りはすべて頭に入っていた。玉座の間では王様の許しが出るまでそれ以外の者はどんな身分の者でも片膝をついて頭を下げなければならない。アイロイ様やイオウ様を含む、すでに集まっている国の重鎮らしきオッサンたちがそうしていたように、リアもすぐその姿勢をとった。


 そして数分後、


「国王陛下のおなーりー」


 太鼓のリズムと同時に何だか聞いたことのあるような流れで国王陛下の到着が告げられる。国王の軽い足音は、お付きと思しきふたつの足音を伴ってゆっくりとリアの正面へと近づいていく。


 先ほどのイベントとは違い、これほど大掛かりな登場をしなければならないのが大変だ。


「面を上げよ」


 許しが出て、リアは頭を上げる。そうして映り込んだ視界の正面には、藍色の絢爛な衣装とは裏腹に病院のベッドから抜け出してきたかのような爺さんがひとり。ずっと声しか聞けていなかったが、こうやって姿を見てみると、改めて心配になるほど生気が感じられない。


「そなたが冒険者ミナトか」

「はっ」

「ズレアを討った英雄よ。ようこそ我が国へ、歓迎するぞ」

「ありがたき幸せに存じます」


 それから形式ばった言葉の応酬が続いた。話す言葉のすべてがあらかじめ決まっていて、直前に台本を見せてもらっていたので、なんだかもうただの作業だ。これなら不意に無礼を働いてしまう心配もなく、こちらとしてはありがたい。


「──そなたには『紫雷の魔女』の称号を与える」

「ははーっ」


 だが、こんな作業をずっと何十年も続けている王様としてはどうだろう。嫌になったりしないだろうか。きっと覚えることも多いし、退屈だし、そのくせ背負うものが大きすぎる。行動のひとつひとつに多くの人生が乗っかっていて、自分の意思に対して自由がない。そして、それは少なからず貴族も同じ部分があって、俺やリアには到底耐えられそうにないことだと思った。


 やはり爵位は返上しよう。それが出来なくとも、何とか責任も権利もあまりない処遇に落ち着くか。うん、それがいいな。


「さらにアテリアの地は我が父祖の時代よりこの王都の発展に──」


 決意を新たにしつつも、謁見イベントは着実に進む。


「であるからして、御伽噺に謳われる『魔女』という言葉をそなたへの爵号として送る次第である」


 そして、いよいよ国王陛下のお言葉も終わりを迎えようとしていた。


 全てのセリフを言い終えた国王はずっとカンペらしき紙に落としていた視線をリアの方へ向けた。事前に聞かされていた段取りではこの後再び太鼓の音が鳴り、国王以外が頭を下げて国王の退出となる──はずだった。だが、国王は楽団にその合図を出さなかった。


 あれ、どうしたんだろう。丞相を始めとした臣下たちもキョロキョロと顔を見合わせている。


「陛下?」


 お付きの者が声をかける。が、国王はそれを手で制した。そして、再びかすれた声で話し出す。


 今度はじっとこちらの瞳を捉えている。その時リアは初めて、国王の、この国の象徴とされる藍色の瞳を見た気がした。


「冒険者ミナト──いや、紫雷の魔女よ」

「えっ、あ、はい」


 事前の打ち合わせにない問いかけ。リアはうっかり返事をしてしまう。


 周りの大人たちは焦りに焦っているようだが、自らの意思で言葉を発する国王陛下を誰か止められるだろうか。


「先ほどの雷は見事であった。まさか魔法であんなことが出来るとは思わなかったぞ」

「あ、はい、どうも……」

「そなたは他にも魔法で神の御業を再現できるのか?」

「え、いや、どうでしょう……どの程度が神の御業と呼べるものなのかわからないので……」


 突然始まった『会話』にリアは額に汗を浮かべる。一方で王様は今までの形式ばったものとは違って口が軽い。


「そなたも知っているだろうが、我が国にはまだまだ『剣武』を至上とする考えは根強く残っている。ゆえに魔法使いの実力はまだまだ低いのだ」

「え、でも……」


 リアはふとアイロイ様へ視線を移す。それを見て、王様は小さく頷いた。


「だがアイロイのおかげで属国内に魔法学院が生まれた。多くの子供たちがそこで学び、魔法という無限の可能性を広げている。これは変革の機会なのだと思う」

「変革……」

「そう変革だ。20年前、我が国は一度滅亡の危機に瀕した。繁栄を極めていたアテリアも衰え、街道には多くの盗賊や魔物たちの跋扈を許した。この国は変わってしまったのだ。だが一方で、我々国を統べる者共はなかなか変わることができなかった。古い制度やしきたりに縛られ、時代に合わない選択をとり続けた。それがいけなかった」


 たるんだ瞼から垣間見える国王の瞳は20年分の憂いを帯びているような気がして、得も言われぬ同情心のような情緒を刺激される。


 アーガスト王家による国家運営の実権は20年前の内乱からほぼ失われていると聞く。だが、この人も国を憂いて思うことはあるのだろう。当然と言えば当然だが、少し心を動かされた。


「内乱と同じ20年前、隣国ケイロンでは都の一部が植物の魔物に飲み込まれた。そしてつい先の日、遠くパレッタの地では黄昏の石撃人形が暴れたと聞く。大きな変化はまたいつ起こるかわからないのだ。いや、もしかしたら現在も起きている最中なのかもしれない。だから、我々も変わらねばならない。アイロイやそなたのような存在がこの国の風通しを良くしてくれるこの機会にな」


 その言葉をこの場にいる皆が真摯に受け止めている気がした。


 この国には派閥があって、今でも熾烈な権力闘争が水面下で繰り広げられていると聞く。その当事者たちの心に王様の気持ちは少しでも届いただろうか。そうだったら、彼の思いも少しは報われるのに。

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