第170話 紫雷
「さぁさぁ陛下、アレが冒険者ミナトにございます」
「おぉ……あの娘が……美しいな。若いころのサナルキに似ておる」
喧騒に紛れてヨボヨボの声が聞えてくる。お付きの「陛下」という呼び名が無ければ、それがこの国の元首の声だとは気が付かなかっただろう。それほど「陛下」の声には覇気がなかった。
……これ大丈夫か? 今から、この訓練場の広場ど真ん中に雷を落とす予定なのだが、衝撃で陛下の心臓止まったりしないよな?
陛下だけではなく、王妃や一般メイドに至るまで城で働く多くの人間が訓練場の周りに集まっていた。彼らは今からここで始まる謎のイベントの詳細を知っているのだろうか。
「アイロイ様、本当にいいんですよねっ!? 後で怒られたりしませんよね!?」
「かまいません。陛下の傍には魔法の才能に長けた我が倅が付いておりますし、すべての責任は私がとるので、
「……わかりました。一応、音とかめっちゃ出るんで周知だけお願いします。私のせいで鼓膜が破れたとか言われても困りますから」
「なるほど。承知いたしました」
アイロイ様は満面の笑みを浮かべたまま、部下に指示をだす。
しばらくして完了の合図が出ると、再びアイロイ様から「お願いします」と催促がでる。
(あーもー! なんでこんなことに!)
まあ嘆いても仕方がない。王様が許可を出して、他でもない偉い人がやってくれと頼んでいるのだから、こっちとしてはやらない選択肢は無いわけで。
「ふー」
リアは重苦しく息を吐きながら身体の魔力を高めた。
雷の魔法と一言に言っても、出力の違いでその印象は大きく変わる。例えば「堅牢ガディン」を仕留めた雷魔法は雷なんて大袈裟なものではなく、AEDの強い版と言った方がしっくりくる。だが、今求められいるのはそんな地味なものではないだろう。
「いきます!」
リアは高めた魔力を一気に開放する。
それは一瞬のことだった。目がくらむほどの強い光を伴った熱は空気を爆発的に膨張させる。そうして生まれた大音響は城中、いやおそらくラピジア中に広がった。
今おそらく街中では誰もが噂をしているだろう。城に雷が落ちた、と。
「ふぅ……」
白んだ世界が落ち着きを取り戻すと、目の前には焼けた跡が残った地面。そして鳥たちの声すら聞こえてこない、圧倒的静寂。
それを破ったのはやはりこの人。
「うおおおおおおおおお!! なんだあの雷は!? 素晴らしい!」
アイロイ様がひとり感涙の雫を落としながら手を叩いている。
「まさかあなたの仰る雷がこれほどのものとは思いませんでしたぞ! 正直、無理難題を押し付けたと後ろめたさがあったのですが、心配は無用でしたな!」
「信用してやらせたわけじゃないの!?」
え、なんなの? この人こっちが失敗することを想定してこんな無茶ぶりを……?
「申し訳ない。雷魔法と言いつつ、麻痺の魔法を大袈裟に言っているのかと疑っていました」
「ええ……」
まあ、実際ガディンに雷は落とさなかったので、彼の疑いは仕方がない。だが事実アレを殺したのは雷魔法の系統なのだ。
「っと、あの、それよりこの空気をなんとかしないと……」
一旦、アイロイ様から視線を外し他の顔色を見てみると、この余興を覗いていたものは皆一様に呆けていた。きっと目の前で起こった超常現象に理解が及んでいないのだ。
そんな様子の群衆を一周するアイロイ様の視線はとある方向でピタリと止まる。そして、腕を高く上げ、衆目を我が物とした。
「陛下! ご覧になられましたでしょうか! これぞ我が国に現れた新たな英雄の実力にございます!」
返事はなかった。
(あれ、マジで陛下死んでないよな?)
(わかんない!)
心音はリアのエルフ地獄耳をもってすれば拾えるが、肝心の陛下のものがどれか分からない。しかし、焦るリアを他所にアイロイ様は満足げな表情で頷いていた。
そして相変わらず全員が呆気にとられ、静寂に包まれる訓練場。
「魔女だ……」
ふと誰かがつぶやいた。
『魔女』『あれが……』『魔女なの?』『御伽噺に出てくる?』『本当に?』
言葉は水面に落ちた雫のようにゆっくりと伝播する。
「えっ、いや、ちが……」
まさかの魔女認定!? この国における魔女の扱いは知らないけれど、俺の世界の知識が邪魔して、どうしても異端審問にかけられているような気分になる。
「ふむ……魔女か。いやいや、言い得て妙ですな。というより、あなたは本当に伝説の魔女と何らかの関りがあるのでは?」
「な、なななないです!」
リアは慌てて否定する。実際、関りはあるようで全くない。共通事項はエルフであることだけ。もちろんそれをこの人達が知るはずもない。そもそもアイロイ様が『伝説』と言っていることから、アーガスト国内では存在すら確かでないことがわかる。
「というか、魔女とかよく知りません! 伝説って何ですか!?」
「魔女は御伽噺の人物ですよ。『一夜にして山脈を作った』とか『純人を助け、跋扈する亜人たちを南大陸から追いやった』とか様々な伝説が残っております。このラピジアの存在するサフタンステラ台地もその魔女によって創られたなんて話があります。もちろん伝承上の話ですがね」
「え……」
もうダメだ。色んな情報が一気に入ってきて、リアの頭はパンクしそう。
純人を助けたとか山脈を作ったとか色々と突っ込みどころはあるけれど、今はそんな伝説上の人物に自分が重ねられていることが一番意味不明だった。
「あなたの落とした雷がまさに魔女の如き所業だと、皆感じたのでしょう」
「いやいや……あんなの魔力があって理屈さえ分かれば誰だって……」
「ああ、そういえばマジックバッグも魔女の遺産でしたな。それを解読できるあなたはやはり──」
それはあくまでリアにだけ聞えるように言うに留めてくれた。だが、この人には本当にその線を疑われている気がする。
「マジで知らないですからね! 本っ当に!」
「はい。もちろん言ってみただけですとも」
「じゃあ、この場をどうか収めてください……」
「お任せください」
そう言って胸をたたいたアイロイ様は軽い演説を始めた。内容は20年前の内乱の事と、再び祖国の繁栄がうんぬんかんぬん。こういうのって本当は国王陛下がするもんじゃない、って疑問はもちろん不敬なので心に留めておく。
とにかくアイロイ様のおかげで落雷イベントはオーディエンスの拍手で終えることができ、俺たちは再び城内へ戻った。
(疲れた……もう帰りたい……スティアの膝枕で眠りたい……)
(が、頑張れ)
まだ何も終わっていないこの状況。相変わらず応援しかできない俺を許してくれ。
ただ先ほどのイベントのおかげで、国のお偉いさんたちがリアを見る目は大きく変わった。ちょっと前までは小娘だからと舐め腐った視線を送るものが多かった。だが、今では少し警戒をするような感じ。それは当然気分のいいものではなかったが、俺たちはこの国に取り入るつもりもないので、変にちょっかいを掛けられるより都合が良い。
流石はアイロイ様だ。以前リアが自由を主張したのを覚えてくれているらしい。なので、爵位を得るとかそういう話にはならないだろう──
「冒険者ミナト、貴殿には『紫雷の魔女』の称号を与えられることが決定した」
なんて考えていたのがフラグだったとは。
始めに通された控室。あのイベントから少しの待機時間を挟んで、リアは突然現れた丞相のリノレエル様から謎の通告を受けた。
「紫雷の魔女? えっとそれは……」
「国王陛下直々の御達しで、新たに称号が生まれたのだ」
「あの、称号とは?」
「うむ。称号とは国が英雄と認めた人物に与えるもの。これから貴殿はこの国で『紫雷の魔女』という肩書となるのだ」
「え、いや、そんなダ……いえ、なんでも」
つい素直な思いが漏れそうになるが、寸でのところで飲み込んだ。
(ミナト……私の代わりに内側で言っておいて……じゃないと口に出しちゃいそう)
(ダッッッッセェ!! ……これでいい?)
(ありがと)
まあ、俺も雷魔法はカッコいいと思うよ? だけどさ……。
「えっと、結局称号を得るとどうなるのですか?」
色々突っ込みどころがある中で俺たちが一番気になったのがそこだった。
「ああ、言葉がたりなかったな。すまぬ」
「いえ……」
「称号とはつまるところ、爵位のことだ。貴殿の称号『紫雷の魔女』は同じく英雄であるドンエス侯爵と同等程度となるだろう」
「え」
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