第169話 王城へ

 出来上がったばかりのアーガスト衣装に身を包んだリアはいよいよ王城へと向かう。それを見送ろうと、アトリとスティアが玄関まで付いてきた。


「ミナト、その衣装にお化粧も……すっごく可愛い! 王城の人たちみんなに惚れられちゃうかも」

「いや、そんな地獄は遠慮したい……でもありがとうアトリ。大好き」


 リアは化粧がアトリの服に付かないよう、顔をよけながらアトリを抱きしめる。


「わたくしも!」


 私を忘れないで、言わんばかりにスティアも近寄ってきたので、リアは同じように抱きしめた。


「……この光景だけ見れば、なんだか戦地に赴く兵士のようであるな」


 服装はこれ以上ないくらい煌びやかなので、すごく異様な雰囲気だ。


「いやその表現は間違っていないですよイオウ様。命の危険は戦場と大差ないくらいあると思ってますから」

「まあ、否定はしないが、王城ではそんなこと口にするなよ?」

「わかってます」


 当り前だが、王様の御座すところで血なまぐさい話は厳禁だろう。他にも外国人である俺たちには何が御前でNGワードとなるのかさっぱりわからないので、事前に決めた言葉以外は出来るだけ出すべきでない。


「とにかく、戦場に赴く兵士くらい気を引き締めるということです」

「ああ……それは大事だな。私も気張っていこう」


 王城へ向かう前に、ふたりとイチャ付く時間がとれてリアも気合が入った。


 さぁ、サクっと終わらせてきますか。


「じゃあふたりとも行ってくるね。明日はふたりの衣装姿も見せてね」

「うん! 行ってらっしゃい!」

「期待していてくださいね」


 そんな約束を交わしてリアは馬車へと乗り込む。


 そう、なんと納期を後に設定していたふたり分のアーガスト衣装がもう明日には出来上がるのだという。やるじゃん仕立て屋さん。


 なら今日は頑張って、今度3人でこの国の伝統衣装を着てデートでもしよう。先ほどそんな話をしていたのだ。


 ……あれ? これ今めちゃくちゃフラグ立ててないか?


「ちょちょちょっ! 待って!」

「なに、どうしたのミナ──むぅ」

「んっ」


 リアは慌てて馬車から降りて、ふたりにキス攻撃。出来る時にしとけ。これがリアなりのフラグ粉砕法のひとつらしい。


「すみませんでした。もう出して大丈夫です」

「ミナト嬢……あなた達はやっぱりそういう関係だったのか」

「ああ、もうそうだから! いいでしょ! 別に!」

「いや、別に悪いとは……ああ、すまん、出してくれ」


 イオウ様が合図を出すと、馬車はゆっくりと走り出した。アテリア家の屋敷と王城は本当ご近所というべき距離にあるが、徒歩で向かわないのが貴族のマナーらしい。わかるようなわからないような。とりあえずリアの肌に合わないのはまるわかりなので、さっさと終わらせたいと思った。






 アーガスト王家を象徴する色は藍色である。というのも、元々この国を興した高祖が≪藍≫の魔法位を有していたことに由来するらしい。


 王城の屋根はすべて藍色の瓦で揃えられ、全体的に落ち着いた印象を見る者に与える。他にもカーテンや絨毯もすべて藍色を基調とし、同系統の髪色を持つリアとしては見た目だけならそこそこ親近感を覚えるような城だった。


「ようこそ、いらっしゃいました。あなたがミナト様ですね?」


 登城したリアを真っ先に出迎えたのは、真っ青な髪のお姉さんだった。彼女は比較的飾り気の少ない白色のアーガスト衣装に身を包んでいた。デザインは少し違うけれど、アテリア家のおばあさんメイドが着ていた服に似ている。ということは、この人がここのメイドさんかな。


「本日はわたくしが貴女様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」

「は、はい。どうもミナトです」


 メイドさんらしき女性は恭しく頭を下げた。その所作の美しさたるや、これまで出会ってきた人物の中でもトップクラスだ。しかし、そう感じられるもここ最近の礼儀作法教育の賜物だろう。


「それではご案内いたします」


 その洗練された足取りとシンプルに整った彼女の容姿に見惚れつつ、リアは城の中へと足を進める。


(ひえー廊下なっが)

(やべぇな。観光地じゃん)


 敷地面積は大きく内装の豪華絢爛さは昔テレビで見た中央アジアの宮殿を思わせる。あっちは完全な観光地だったが、こっちは現役で王家の住まう場所として使われていると考えると、より生きた城って感じがして気が引き締まった。


 しばらくお姉さんに引っ付いて長い廊下を歩いていると、彼女はとある部屋の前で立ち止まった。そしてトントンと扉を叩く。


 その合図に気付いた別のメイドさんが部屋の中より現れ、青髪お姉さんとなにやら会話を交わすと、また中へと消えていった。


(連れてきたよって言ってるね)

(特に問題はなさそうだな)


 勿論盗み聞きは欠かしていない。つまり中に人がいて、リアたちの到着を待っていたと。


「イオウ様、ミナト様、どうぞお入りください」


 盗み聞いたところ特に怪しい会話はなかったので、リアは安心してその言葉に従った。


 案内された部屋は城の一部屋でしかないにもかかわらず、とんでもなく広かった。それに絨毯や椅子などの調度品も素人目で見て一級品と言えるようなものばかり。リアは高そうな絨毯に靴裏をつけることすら躊躇していた。


 部屋のレイアウトはど真ん中に鎮座する大きな机の周りに木製の椅子が並べられた会議室のようで、そこに集う老人たちがワイワイ楽しそうに語らい合っていた。


 …………って、あれ?


「ミナト嬢! ようこそおいでなすった!」

「アイロイ様!」


 特徴的なカッコいいロマンスグレーも老人たちに紛れてしまえば、いつもより年季が入って見えてしまう。声を掛けられるまでこの中にアイロイ様がいると、俺もリアも気が付かなかった。


 というか、アイロイ様がいるということは、この爺さんたちは……。


「皆にご紹介しよう。彼女が本日の主役、冒険者ミナトであるぞ」


 アイロイ様が言葉を掛けると、彼らの視線は一斉にこちらへ向く。


「は、はじめまして、ミナトです」

「ほぉ……話に聞いた通り美しい娘ではないか」

「ひっ」


 その中の小太りの爺が向けてきたイヤらしい視線に思わずリアは血の気が引いた。


「エデル殿、若い子をそんな目で見るものではない」

「おっほほ。すまんすまん。これでも昔はやり手だったのでな、つい悪い癖が出たのだ。許せ、娘」


 いや、知らねぇよ。リアは目の前の爺へ魔法をぶつけたい気持ちを必死に抑える。


 汚い視線を向けられる恐ろしさは久しぶりだった。本当なら視線すら我慢できないリアだったが、今の状況では我慢するしかない。おそらくだが、このジジイも国の偉い人だろうから。


「ミナト嬢、あちらが丞相のリノレエル様だ。大変お堅い方なので、口利きには一層気を付けるように。その横のエデル様は徴税官長。その後ろのお方は──」


 固まるリアを見て拙いと思ったのか、イオウ様が慌てて彼らの情報を耳打ちしてくる。だが、あまりのオッサン濃度の高さに脳が働かなくなってしまった今のリアには、正直意味のないフォローだった。


「アイロイ様……」


 リアはつい顔見知りに小声で小声で助けを求めてしまう。


「っと、申し訳ない。──皆さま方、こちらの女性は国家の大恩人ですぞ。敬意を払われたし」


 すると、アイロイ様はすぐさま周りのジジイどもに牽制を入れてくれた。


「大恩人なぁ。そうは言っても首級は持ち帰っておらんのだろう?」

「ロウナロ殿……それは押収品が証拠として十分であると、我ら何度も話し合って決めたでしょう。今更蒸し返す気ですか? 陛下も賛同しておられることですぞ」

「うっ……わ、わかっておる。だが、本人を目の前にすると、それがいささか信じられなくなったのでな」


 アイロイ様との会話の末にリアはロウナロというらしい爺さんから、何とも胡散臭い視線を受けた。


「しかし、いくらなんでも若すぎないか? まだ子供ではないか」

「うむ。それはワシも思ったところだ。これがもし捏造ならば、罪は重いぞ」


 ひとりがリアの姿を見て覚えた違和感を口にすると、爺たちは次々にそれに続く。


 まあ、正直そう思うのも仕方がない。リアは普段から実年齢より幼く見られがちなうえに、そもそも実年齢だって立派な大人だとは言い難い。


 どうしよう。これは何か反論をすべきところなのか? リアが言葉を探しては飲み込む、を繰り返していると……。


「疑うのであれば、実際に彼女の力をその目でご覧になればよろしい。──ミナト嬢、よろしいですかな?」

「えっえっ?」

「なに、威力の高い魔法のひとつでも見せてやってください。例えば、そうですなぁ……ガディンを仕留めたという雷の魔法なんてどうですかな?」

「え、雷って……マジで言ってるんですか? ここ城ですけど……」


 いや待て、話が急すぎる。


「ドンエス侯爵よ。いくら何でも今ここでというのは……」

「近衛がいつも訓練に使っている場所があります。そこなら十分に広く、魔法を使う許可もすぐに得られるので」

「いや、そういう問題ではなく、これからこの少女の謁見が……」

「謁見……そうか。なんなら陛下にもその場をお見せいたしましょう。彼女ほどの魔法士はそういない。陛下にも中々のものをお見せできますぞ」

「だからそうではなく……ええい、これだから魔法狂いは……!」


 ロウナロとかいう爺だけでなく、この場にいるもの皆、ひとり突っ走るアイロイ様に頭を抱えていた。それはもちろん突然の無茶ぶりを吹っ掛けられたリアも。


 なんだって急に雷の魔法なんて……。ふと思ったところで、気が付く。そう、「魔法狂い」。今のアイロイ様の顔を見ていると、それがピッタリの表現であるとわかる。


 つまりこの人は見たくて仕方がないんだ。雷魔法。リアが使ったと証言したあの魔法を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る