第168話 謁見の準備
デザインが決まり衣装作成の依頼を仕立て屋に投げたリアは場所を王都にあるアテリア家邸宅へと移していた。
「ふむ、なるほど……」
「うっ」
リアは匙を使う動作の隅から隅までを複数の大人たちに見られていた。特に幼いころから礼儀作法を叩き込まれていたであろうイオウ様に見られるのは少し恐ろしい。
「あの、どうでしょう……」
「まあ食事のマナーに関しては、思ったよりはちゃんとしているな」
「ほっ……」
ボロクソに言われるのを覚悟してのことだったので、イオウ様の言葉には思わず安堵のため息が漏れた。
(いえーい! これもミナトママの教育の賜物だよ!)
(ああ。マジでウチの母ちゃん、行儀に関してうるさかったからな)
「食器の音を立てるな」とか「肘をつくな」といったマナーは大体、理にかなっているからそれが正しいとされているのだ。だから俺が暮らしていた世界のマナーを下敷きにした今も評価は特に悪くない。
「──だが、国王陛下と食事を共にするというならこんなものでは到底許されない。これからビシバシ指導していくぞ」
「あ、はい」
まあ、言っても素人の域の話よ。結局リアはアーガスト流の食事マナーから言葉遣いに至るまで徹底的に叩き込まれるのであった。
そして王様との謁見が決まってから数日過ぎると……。
「おはようございます。アトリ様。本日も可憐なご尊顔をわたくしめにお見せいただき、恐悦至極に存じますわ」
「……え」
リアはすっかり教え込まれた礼儀作法が元のキャラと不自然な形で混ざり合い、朝起きたら何だかよくわからない仕上がりになっていた。
「スティア! リアが朝から変なの!」
いや、そりゃあアトリも逃げるよ……。
(リア、ちょっと詰め込みすぎだって)
(いやだって覚えること多すぎるんだもん! 全部覚えて咄嗟に使えるようにしなきゃ恥かいちゃう!)
リアは俺の謎転生パワーのおかげで記憶力こそは完全であるものの、頭へ積み込んだ記憶の整理自体は一馬力でやっていかなければならない。
もちろんリアは頭のいい子だから、人と比較して苦労は少ない。だが、今回はいくらなんでも時間が足りなさすぎた。
「はぁ……今日もこれからレッスンか……もうやだ。これならミナトの世界の学校の方が全然マシだよ」
「大丈夫? イオウ様とお話しして、お休みにしてもらう?」
「いや、そういうわけにもいかないし……がんばる」
しかしまあ改めて面倒なことになったものだ。連日の指導の記憶を思い起こし、必死に本番で想定される会話を脳内で繰り返すリアを裏から見ていて思う。
だって国王に会うんだぜ? ちょっとでも不快な気分にしてしまったら、速攻で首でも刎ねられかねない相手だ。
もちろんリアの魔法をもってすれば、そんな事態になったとしてもひとり逃れられるくらいは出来るだろう。だが、今こっちにはアトリとスティアという守るべき存在がいる。彼女らがリアにとって大切であるがゆえに、弱点でもあった。改めてそんなことを思うと、それがリアにも伝わっていたようで、彼女も決意に燃えていた。
「アトリ様、スティア様……あなたたちのことはわたくしが絶対にお守りいたしますわぞ!」
「う、うん」
「アトリさんの言った通り、かなり重症のようですわね……リアさん、大丈夫ですか? レッスンが始まるまで膝枕しましょうか?」
「……してほしい」
まあ、パンクしない程度に頑張ってくれ。
準備期間はあっという間に終わりを迎える。謁見当日の朝、ベッドで眠っていた俺たちはドンドン扉を叩く音で目を覚ました。
「……はい」
「おお、ミナト嬢! 起きていたか。よかった」
「なんすか……朝早くから……」
リアは寝起きの低い声でイオウ様へ答える。
「なんすか、ではない。今日は謁見の日だぞ! 遅刻なんて絶対できないからな。いつもより早く迎えに来たのだ」
「謁見……うぅ……」
謁見。ついにその日が来てしまったのか、とリアは改めて絶望に打ちひしがれる。
「あのぉー、ちょっとだけ待っててもらえません? 今朝はまだスティアの膝でパワーチャージしてないんです……ちょっとだけ時間を」
「何を意味の分からないことを言っている。いいから馬車に乗るのだ! ほら、他のふたりも!」
「ひん……」
問答無用でリアは馬車に乗せられ、イオウ様の屋敷へと向かった。
もう直接屋敷で朝の準備をして、みんなで食事をとりながら本日の段取りを行うのだ。
「前にも言ったが、謁見の前には宰相閣下を始めとした重鎮たちとの顔合わせがある。そちらでも気は抜かぬように」
「はぁ……わかってますよ」
当然といえば当然なのだが、王との謁見の場で初めて褒美やら何やらが決まるわけではない。それはもっと早い段階──おそらくイオウ様が国へ今回の件を報告し、何度も国のお偉いさんが話し合った結果決まることだろう。だから謁見自体はただ決まった所作をするだけのイベントに過ぎないし、緊張はするものの心配はしていない。
問題は重鎮たちとの面会だ。これはおそらく最終面接的なもので、本当にリアの功績を認めるのか、褒美の内容は妥当か、そして国王へ対面させていい人物なのか、こちらを実際に見て判断をするのだろう。即ちそこでヘマをするとちょっとばかし面倒なことになる。
(本当、褒美とかどうでもいいから、無事に終わって……)
ぶっちゃけ政治力なんてものは、ただの少女であるリアには全くない。出来ることは、なるべく相手に不快感を与えないよう頑張るだけだ。
「いいなぁ、わたしもお城行ってみたいなぁ」
リアの苦悩も知らないで、アトリは呑気なことを言いながらパンに噛り付いている。
「すまんな、アトリ嬢。功のあるミナト嬢ならまだしも、何もない平民の少女が城へ入るのは難しいのだ。そして亜人のスティアは言うまでもない」
「そっかぁ……残念です」
「まあ、ミナト嬢からしたら、王城などにふたりを連れて行きたくないだろうがな」
「いやマジでそれです。権力者の巣窟ですからね。こわいこわい」
「それには同感だ。だからふたりは今日一日ここで安全に過ごしてもらうぞ」
やっぱり貴族家の次期当主であるイオウ様でも怖いんだ。だからこそ、リアが無知ゆえの問題を起こさないよう、こうやっていろいろな教育を施してくれたのだろう。やっぱりアテリア家の人々は基本的にいい人だ。エルフのスティアにも優しいしな。
「イオウ様、改めて色々とありがとうございます」
「いやいや、お礼を言われることではないよ。あなたは我が家の恩人なのだから」
「……ぜひ王城でも助けてくださいね」
「約束は出来んが、まあ……ドンエス侯爵もいることだし」
何とも頼りない返事だった。イオウ様の年齢はもうすぐ中年にさしかかるか、というところだが、王城の権力者たちの中では若造もいいところだろう。だから臆するのは仕方がない。やはり頼りはあの超有能爺さんだけか。
「はぁ……気が重いなぁ」
アーガストにいる間はもうずっとこんな感じだ。しかし、それも今日ひと段落つく。頑張れリア! もうひと踏ん張りだぞ!
力になっているのかは不明だが、俺には彼女を応援することしかできなかった。
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