第167話 アーガスト衣装
ちょっとした会議室にリアたちは集まった。今回作る衣装のデザインを決めるのだ。
まあ、決めるといってもデザイン自体は流石に一から起こすわけではなく、『下地』と呼ばれる出来合いのデザイン布に、上から模様を魔法で転写するだけ。例えると、既存の服の上から好きなスタンプを押すような感じ。
つまりこっちは既存の『下地』と『絵柄』というそれぞれ選択肢の中からオリジナルの組み合わせを選んで、店に製作を依頼する必要があった。しかし服に無頓着な俺たちは、衣装の絵柄を何を基準にどう選んでいいのかがわからない。知っているのは、藍色を使うなという制約だけ。
もう店が勝手に決めてくれたらいいのに。そう思うリアであったが、そうもいかない理由があるらしい。
「いいですか、ミナトさん! アーガスト衣装の基本は『花鳥風月』です!」
オーダーメイドの服を作るというイベントに、スティアは鼻息を荒げていた。
「ええー、つまりはどういうこと?」
「えっとですね。アーガストでは衣装の絵柄に縁起のいいとされるものの模様を転写します。例えば、春に現れるという黄昏霊鳥や収穫の時期に畑道を彩る紅美人という花ですね」
「へぇ……詳しいね」
「はい。昔、エリーさまが戯れに教えてくださったのです。それに、わたくしが普段来ていた衣装にもそれらの絵柄があしらわれていました」
「ええ、私も覚えていますよ。私が手に入れた生地を手にアテリアへ出向くと、決まってエリー様は真っ先に貴女のお召しものを選んでいらっしゃいました」
遠い目をしながら親方ばあさんは言った。そうか、スティアもこの店の商品をずっと着ていたんだ。そりゃあお互い知っているのも当然だ。
「あなた様はネイブルからいらっしゃったと聞いております。あちらの方では出来るだけゴテゴテした柄を排除したシンプルな作りが尊ばれますが、こちらはそうではありません。社交界や冠婚葬祭にいたるまで、こうった意匠の服を着るのですよ」
「ふうん」
マスターがトルソーに着せた見本の衣装には、確かに色鮮やかな生地にゴテゴテとした飾りがいくつもあった。その見た目にはなんとなくオリエンタルな雰囲気を感じる。
「ミナト嬢、先日アテリアで行われた式典でもそうだっただろう?」
「ああ、確かに……」
確かにあの時はルーシュさんの所で買った主張の小さい一張羅が素朴すぎてちょっと浮いていた気がした。
「それゆえに、アーガストの礼服の作成には時間と金がかかるのだよ」
「……感謝します」
「うむ」
リアの感謝にイオウ様は腕を組んで頷く。この人はあれだな。貴族のくせに結構ケチ臭い。実家の状況が状況だけに仕方がないけれどさ。
「で、私はどれを選べばいいのかな」
リアが見渡すデスクの上には多種多様の色やパターンの入った生地が広げられていた。この中からリアが着る衣装の下地を選び、さらに上から転写する模様を決めるのだ。もちろん店の人にアドバイスは貰えるのだろうが、難しいな。
模様は見本の布が何枚も用意してあった。花鳥風月だっけ。スティアやおばあさんの言わんとしていることはわかる。金魚や朝顔をあしらった日本の浴衣もいいものだったから。ただそれを思い出したところで、選ぶ参考になるかというと……正直微妙だ。
「アトリはどれがいいと思う?」
「うーん……私はやっぱりカワイイのがいいなぁ。茜色の布にこの白い鳥の絵とかいいかも」
アトリは早速気になる組み合わせがあるみたいだ。なんだかもう、アトリもすっかりお洒落さんだな。
(リア、どうすんだ?)
(ミナト……私さぁ、こんなのぶっちゃけ何でもいいと思うんだけど。だって、別にデートに行くわけじゃないんだよ? バッチリ決める必要なんてないじゃん)
(ですよねー)
油断したらフード付きマント姿で王様の前に出かねないもんなコイツ。
まあ俺もリアと同じで、絵柄なんて何でもいいと思ってしまう。だってお店の人のチョイスがベストだろう?
「ねぇスティア、私の服さぁ、スティアが選んでよ」
というわけでリアはスティアへ丸投げ。
「えっと……」
「だってさぁ、私、アーガストの花とか鳥とか知らないし。色彩の感覚だってよくわかんないもん」
彼女はお店の人ではないが、アーガスト衣装に関する素養がある。きっといい感じの衣装を考えてくれるだろう。
「そうですか……でも、折角なのでミナトさんがご自身で見てみませんか? よければわたくしがお手伝いしますよ」
「え」
だが、珍しくスティアがこっちの意見をつっぱねてきた。
「あっ! ミナト、ズルいよ! わたしもそういうの知らないもん」
「ではアトリ様には私がお教えしましょう」
「本当ですか! ありがとう!」
アトリには親方が付いてくれるらしい。
そして、リアはスティアと一緒に衣装の考察を始めた。
「ミナトさん。下地はともかく、アーガスト衣装の絵柄は出来るだけ自分で決めた方がいいのです」
「え、そうなの?」
「はい。なぜなら、アーガスト貴族の社交界では衣装の柄を種として会話を繰り広げる定石があるからです」
「そうだったんだ……それもエリー様から聞いたの?」
「はい。あのお方は私の衣装の話を皆にするのが好きでしたので」
なるほど。そりゃあ、それをたまに聞いていたスティアが詳しくなるわけだ。
「んーじゃあまあ、考えてみるよ。とりあえず下地からね。何色の生地を選べばいいんだろう」
「そうですね。藍色以外となると、ミナトさんにはこれがいいと思います」
そう言ってスティアは薄黄色に白が混じり込んだような見本布を指さす。
「確かにいい色だけど……どうして?」
「えっと、絶対ではないですが、アーガスト衣装では魔法位の色と同系色を選ぶという傾向があります。なのでミナトさんの瞳の色である橙の色でもいいんですけど、そっちは主張の強い絵柄の方で使って、下地はそれより薄い色がいいですね」
「はぁ……」
よくわからんが、スティアが独自のセンスでいろいろと考えているのがわかる。
「じゃあ絵柄は何がいいの?」
「そうですね。ちょっと見てみましょう」
見本にと用意された布束を見ていく。花、鳥、螺旋模様に魚や月などなど。森羅万象あらゆるものが揃っている気がする。
「え、なにこれカッコいいじゃん!」
面白いことに、ドラゴンみたいな絵柄もあった。って、おいやめろ。男子小学生のナップサックじゃないんだぞ。
「ミナトさん、飛竜は流石に……」
「やっぱだめか」
困った目で見られた。リアも流石に冗談だったようで、今度は真剣に見本を眺めだす。
「あ、これ……」
そして、一枚の花の絵と目が合った。
絵といっても、それは精巧で美しく、リアの古い記憶を呼び起こすには十分すぎるくらいその特徴を正確に表している。
「これはなんて言うの?」
「……これは
「そうなんだ」
「えっと、ご存じなのですか?」
「うん。あのね……ちょっと耳をかして?」
こっそりとスティアの耳元へ寄る。
「これね、エルフの里にも咲いてたんだ」
「えっ……」
「この国にもあるんだね。私のお母さんが好きだったから、見せてあげたいな」
管楽器みたいな形をしたその花は、厳しいエルフの里の冬を優しく彩る存在だった。
選びとった絵柄はリアを更なる追憶へと誘う。リアの母、エルメルトンが霙降る朝に健気に咲くその姿へと笑いかける。そうだ、彼女はそんな人だった。ああ、早く会いたいな……。
「ミナトさん?」
「──ごめん。ちょっと目にゴミが入っただけ」
不意打ちだったこともあって、思わず涙が出てしまったリア。しかしすぐに涙をぬぐってスティアへ笑いかけた。
「スティア、私この花を衣装に入れたい」
「はい。承知いたしました」
当然、この絵柄にリアが結び付けた思いを社交界で話すわけにはいかない。だが、きっとこれも巡り合わせなんだろう。母の好きな花をその服に入れて、家族と再会するための一歩とする。ずっと家族との再会を焦らされ続け、憔悴の色を隠せなくなっていたリアの表情はここ最近では一番穏やかだった。
当初の想定よりもあっさりと、それもいい形で衣装の柄は決まった。さて、次はスティアの作る衣装でも確認しますか。
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