第166話 身体測定

「ミナト嬢、国王陛下への謁見の日取りが決まったぞ! 7日後だ!」


 アイロイ様の訪問の翌日、ギルドへ出向こうと準備をしているとイオウ様が訪ねてきた。


「あ、はい」

「お、どうした? 顔色が悪いな。謁見の日までに体調は戻しておいてくれよ?」


 これからアトリとスティアを伴って久しぶりのお出かけ。少しばかり張り切っていたリアは、突然嫌な現実を思い出させられテンション爆落ちだ。


「7日後……」


 遠いような、近いような。


「うむ。謁見の準備期間にしてはちと短い。ゆえに今日からは準備漬けだと思ってくれ」

「ええっ!?」


 マジか。昨日は3人で甘い空間に包まれながら、今日のお出かけについて話していたのに。


「7日って、なんで準備にそんな時間が必要なんですか」

「なんでって、謁見に問題がなければその後は式典だろう? それに食事の席だってあるからな。そうなれば新しく衣装をこしらえたり、礼儀作法の教育だったりに時間はかかる。先ほども申したが、7日ではむしろ短いくらいなのだ」

「うぅ……い、衣装って、この前私がアテリアで着ていたアレじゃダメなんですか」

「アレは確かに一級品のようだが、国王陛下の前で身に着けるにはよろしくない。いかにも外国で作られたデザインだしな」

「確かに」


 ネイブル最先端のファッションを行くルーシュさんの店で買ったあの服、実はこの国の基準で言うと少し地味め。この国では少し鮮やかで複雑なデザインが好まれるのだ。


「あと決定的にダメなのが色だ」

「え、そうなんですか? 別に普通の色使いだと思いますけど」

「いや、アレは藍色に近いだろう? この国で藍色は王家の色を示している。なので、公式の場では王族以外が藍色の服を着るのはマナー違反だ」


 いや、知らんがな。


「はぁ、じゃあ買わないと」

「うむ。なので、今日は我が家が贔屓にしている仕立て屋に行くぞ! あそこなら多少無茶な注文でも通してくれるはずだ」

「えー」

「私は茶店にいるので、なるべく急がれよ」


 面倒そうな反応を示すリアを他所に、イオウ様は反対意見を許さぬ姿勢でこの場を去っていった。


(んもうっ! 折角今日は3人でデートだったのにぃ!)

(まあ、仕方ないって)

(仕方なくないよ! アトリなんてすっごく楽しみにしてたんだからね!?)


 そうだな。これからふたりにデートの中止を告げると思うと、気が重くなる。まあ、そこはリアに頑張ってもらって。


「はぁ……」

「どうしたの? イオウさまはなんて?」


 ため息を吐きながら、リアはアトリたちがいる部屋まで戻る。そこには「楽しみ」という言葉が顔に張り付いたアトリの姿があった。


「あの、実は……」


 気が重い。けど、やはり謁見は重要なことなのでアトリたちに予定の中止を伝えるリアであった。






 アーガスト王国、王都ラピジア。


 数日前、馬車に乗って西門からこの街に入り込んだリアはそのまま街を散策することなく中央地区の高級宿へ入った。だから本格的にラピジアの街へ繰り出すのはこれが初めてだ。まあ今日も馬車移動なんだけどな。


 落ち目のアーガスト王国とはいえ、流石首都なだけあってラピジアはたくさんの人で賑わう街だ。


 馬車でトコトコ道のど真ん中を進んでいると、道を行く人たちが勝手に通る場所を空けてくれる。これが貴族待遇という奴なんだろう。少し尊大な気持ちになりつつ、俺たちは目的地への到着を待った。


 ど真ん中に王城が存在する中央地区。そのかなり中央よりにイオウ様が贔屓にしているという仕立て屋は存在した。


「いらっしゃいませ、イオウ様! ……とそちらの美しいお嬢様がミナト様ですね。お話は伺っております」


 予め使いを遣っていたのか、すぐに店員とおぼしき若い男が出てくる。ピシッとした黒服に身を包む澄ました感じの彼から聞きたくもないおべっかを受けて、リアは顔を引き攣らせながら首を縦に振る。


「……そちらのお二方は?」


 そして後ろにいたアトリとスティアへ視線が向かう。


 そう、今日は彼女らも一緒に付き合ってもらう。デートをご破算にされ、せめてもの抵抗にとイオウ様にお願いした。


「すまん。急で悪いがそこのふたりの分も服を作ってもらいたい。そっちは多少納期が遅れても構わないから……ああ、もちろん代金は弾むぞ」


 イオウ様は覇気のない声で気前のいい言葉を吐く。


 ふたりにも服をという唐突なお願いに対して、一度彼は「いや、予算が……」と言って渋っていたのだ。まあ、リアがエリー様の名前を出すとすぐに認めたけど。


「はぁ……まあ、それなら……っと、そちらは亜人ですか」


 店員の視線がスティアの尖った耳へと向けられる。


「なにか?」

「あ、いえ……その……しょ、少々お待ちください!」


 なんだかいきなり差別されそうな気がしたので、リアが先制で睨みを入れると彼は慌てて店の裏へ消えていった。


「ミナト嬢……ここは当家の御用達だ。ああいうのは控えていただけると助かる」

「すみません……」


 リアもまさか大の男がちょっと睨んだだけで逃げていくとは思わなかったのだ。流石に悪いことをした気になった。


 そわそわしながらしばらく待っていると、店の奥からまたさっきの店員が現れた。今度は側に背の低い老女を伴って。


「イオウおぼっちゃま。お待ちしておりました」

「おお、親方か! 久しいな!」


 まあ、御用達だけあって知り合いだよな。そしてその特別な呼び名から、このおばあさんがこの店のトップだということがわかる。


「親方よ、話はそこの者から聞いているか?」

「ええ。今回はウチの若い者が大変失礼を……」

「よい。こちらに原因があることだ。それより、今回は大急ぎで仕事を頼みたいのだ」

「そちらも承知しております。女性服を3人分でございますね──っと、あなたは……」


 親方ばあさんがスティアを見て、目を見開く。そしてそのスティアはというと、彼女に向けてペコリと頭を下げていた。こっちも知り合い?


 ただ彼女らに特別な会話はなく、リアたちはすぐさま店内のカーテンで仕切られたスペースへ連れていかれる。そして親方以外にも若い女性がふたりほど新しく現れた。彼女たちは手に束ねられた紐を持っている。これでリアたちを縛る……わけはなく、始まったのはただの採寸だった。とんでもない段取りの早さだ。


「次は胸囲を測りますよ。少し両腕を広げてください」

「はい」


 リアの採寸を担当したのは親方ばあさんだった。若いお姉さんじゃなくて残念……と思うのは失礼なので、心の奥に潜めておく。


「123カシュデルですねぇ。次は腹囲いきますよ」

「カ、カシュ?」


 カシュデルってなんだよ。ネイブルで測った時はルーシュさんに65ペッタだと言われた。面倒くさいことにネイブルとは単位が違うらしい。


 これじゃあ違いがわからんな。リアのおっぱい、里を出てから少しは成長してんのかな? なんて割と結果が気になっていたのに。ちなみに目測だと一切変化はない。


(ミナト、しょうもないこと考えてるのバレてるからね)

(え、あ、ごめん。だって気になるじゃん)

(ならないよ! 自分のなんて揉んでもつまんないじゃん!)

(だから、ごめんって……)


 必死さが垣間見えるあたり多少は気にしているのかもしれない。乳の大きさ云々じゃなくて、からだの成長と一括りにしての話だ。


「はい。これで測定は終わりです。次は意匠についてご相談いたしますので、あちらのお席でお待ちください」


 そう言って案内されたのは、8人ほどが掛けられる円卓だった。その一席にリアが座ると、それを挟み込むようにアトリとスティアも席につく。


「ふたりとも胸囲はいくつって言われた?」


 そして、リアは当り前のようにセクハラ。


「わたしは148カス? なんだっけ? まあ、そんな感じだったよ」

「148……」


 リアはじっとアトリの胸元を見る。リアとはからだの厚みが近いものの、一点のみの数値が全然違う。


「わたくしは170カシュデルでした」

「へ、へぇ……すご」


 そしてスティアは完全に大人のスタイルだ。実はデカいのだって、お風呂ですでに確認済みだから今更驚くほどでもない。けれど、やはり数字として知ると、なんかこう……「いいね」って感じ。これは着せ替え甲斐がありそうだ。きっとアテリアにいる時のエリー様はこんな気持ちだったに違いない。

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