第164話 アイロイ・ドンエスという貴族

「ここより東の国、アリアにそのエルフはおります」

「え? アリアって、魔法学園があるっていう?」

「そうです。古くからの友人であるリブリアン大公と共に私が作り上げた『シェパッド』という学園都市がありましてな。エルフを購入した者はそこにいると調べがついています」

「そうなんですか……って、えっ? ちょっとまって、『作り上げた』?」


 さらっと流しそうになったが、今とんでもないことを言ってない?


「都市を建設したんですか? アイロイ様が?」

「ええ。作りましたよ」


 家を建てた、みたいな感覚でさらっととんでもない規模の話が飛び出した。


「うわぁ……流石貴族」

「貴族位を拝命する何十年も前の話ですがね。ちょうど広い土地を探していて、当時異民族の勢力下にあった、かの土地をリブリアン大公と共に征服したのです」

「そすか……」


 なんだか次元の違う会話だ。そして優しいと思っていたアイロイ様にも結構荒っぽい一面があるというか、やはりこの人は戦士なんだと思わされた。話だけで元『黄昏』級冒険者の覇気を垣間見たような。


「とにかくエルフを買った者はシェパッドを拠点にする商会の人間です」

「えっと、それは私が聞いてもよかったのです?」

「もちろん。むしろ商会自身が喧伝していることなので」


 そこはいわゆる箔付けというか、宣伝のためのエルフなんだろう。


「商会は比較的新興の部類で、当主も柔軟な考えを持つ人間なので交渉の余地はあると思いますよ。必要ならば、紹介状も書きますし」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 いろいろと世界観のデカい話はさておき、得られた情報はあまりに重要だった。


 家族を売買したかもしれない大商人と、最終的にそれを買ったかもしれない商人。俺たちはそのどちらとも会う必要がある。


 ソフマ山脈を降りて、早2年。手探りの状態でここまでやってきたが、ようやく確かなものを得られそうだ。そう思ったリアの手は小さく震えていた。


 それからリアは家族を買ったかもしれない商会について情報を得る。先ほど聞いた通り、シェパッドなる学園都市の建設に際して事業を起こした新興の商会で、その名を「ナユタン商会」というらしい。


 拠点は勿論そのシェパッドとし、基本的にはその都市内の人間を相手に商売をしている。だが、その成長の勢いは凄まじく、なんと近年はネイブルまで商品の買い付けに行くこともあるんだそうだ。エルフを購入するくらいなんだから相当儲けているんだろうな。


「本当に助かります。ここでの用事が終われば早速行ってみます!」

「ハハハ。大したことはしておりませんよ。ですが、お役に立ててなによりです」


 アイロイ様は微笑を浮かべながら綺麗に整えられた髭をさわった。


 この人自身が国のお偉いさんであるにもかかわらず、本当に親切だなぁ。これで裏が──


「で、私からもミナト嬢にひとつお願いがあるのですが……」

「えっ」


 まあ無いわけないよなぁ。


 もう既に情報という借りがある以上、アイロイ様の頼みを無下にするのはありえない。


 なるべくお手柔らかに頼みます……。


「よろしいでしょうか?」

「えっと、とりあえず内容を……」

「ええ」


 この老紳士のことだから、『グヘへ……身体で情報料を払ってもらおうか!』とか、そういうことはなさそう。でも正直、時間のかかることは避けたい。俺たちは一刻も早くアリアの学園都市へ向かいたいのだ。


 額に汗が滲む。聞くのが少し怖かった。


「見せていただきたいのです!」

「はっ!?」

「以前あなたが『堅牢ガディン』を屠った際に使った魔法というのを! そして、出来れば詳細が知りたい! 本当は身体強化なんてものではないのでしょう!?」

「えっ、あっ、はい」


 なんだ……そんなことか。「見せてほしい」なんて言うから、うっかり変な想像してしまった。


 あ、いや待て。リアはとっさに肯定の返事をしてしまったが、あれはマジックバッグ由来の、言わば機密まみれの魔法だ。おいそれと人前に晒すべきものではない。


 でもここまでしてもらって無下にするのもなぁ……。


(えー……どうしよう……)


 リアは悩みに悩んだ。


「えっと、あの、これはアイロイ様を信頼するから、お教えするんですけど……」


 そして、魔法の正体を教えることにした。


 それはアイロイ様の人柄をリアが認めたことに加えて、彼の瞳が理由だった。なんというか、リアはそこに自分と似たものを感じたのだ。


「あの時の魔法、実は──」

「ほう!」


 そう、このキラキラした少年のような瞳。魔法に対して並々ならぬ向上心を持っている。リアは彼のそんなところに同調した。


 ここで立場が逆だったら、とリアは考える。


 気になる魔法を目の前にしてその詳細を秘匿される、そんなことがあったらリアなら確かにちょっとムカつく……かもしれない。


「実際に使ってみますね」

「お願いしますぞ!」


 笑顔で応えるアイロイ様はもう年季の入った貴族というより、ただの魔法オタクだった。


 実際に時間遅延の魔法を使ってみると更に彼の表情は変わっていく。驚きに加えて、体感した魔法を必死に解析をしようと考える様子が見て取れた。


 そして、話はこの魔法を生み出した経緯について。


「──なるほど……なるほど……つまりミナト嬢はマジックバッグの解析ができると」

「まあ、そうなります」


 努めて涼しい顔でリアは言った。この魔法の詳細を語るにはそれの説明が必要不可欠だった。


 『暁の御者』の足元にも及ばないが、リアは目の前のこの純人にもある程度の信頼を置いている。きっとリアがマジックバッグの作成というとんでもない技能を持っていると知っても、悪いようにはしないだろう。たぶん。


「あの……内緒で頼みますよ?」

「ええ、もちろんですとも」


 マジで信じてるからな!?


 念押し……というか、懐柔の意味を込めて、リアは実物を見せながら、アイロイ様へマジックバッグに込められた魔法の構成を教える。


「──で、ここに試写の機能があって、だから膨大な量の物質の中から望みのものを取り出せるんです」

「ほうほう……なるほど……ここの文様にはそんな意味が……凄い発想ですな」


 おそらく教えたところでマジックバッグが作れるようになるわけではないだろう。しかし、魔法オタクの好奇心を大きく刺激することはできた。リアもレベルの高い魔法談義が楽しいのか、時間を忘れてアイロイ様への解説を続けた。


 茶店の窓からは鋭い西日が差しこみ、店内を赤く彩っていた。気が付けばもうこんな時間か。やべぇな、今日はなんにもしていない。


「ミナト嬢、本日は貴重なご示教をいただき、誠に感謝いたします!」


 アイロイ様はこちらを崇め奉るように頭を下げた。


「いやちょっ、そんなことなさらないで!」


 傍から見て、若い娘が結構なおじいちゃんに頭を下げさせているという状況がいけない。それに加えてこの人は国の重鎮だ。外で見張りをしている兵士の兄ちゃんもこっちを睨んでいる。


「感謝とか大袈裟ですって。私はもらった情報のお礼に知っていることを返しただけですから」

「いえ、あなたほどの魔法使いが知識を他者へ与えるという行為は、師弟関係がないとまずありえません。ならば私はあなたの弟子として、教えを受けた感謝をせねばなりません」


 弟子って、普通逆だろ?


「いやでもアイロイ様は凄い貴族様なんだし、そんな頭を下げるなんて……」

「魔法の前に身分など関係ありません!」

「関係あるんだってば! だって、ほら! あのお兄さんめっちゃ私のこと睨んでるんだもん!」


 アテリアへの道中でもアイロイ様付きの兵士に怒鳴られたことがあった。アイロイ様がそれを諫めつつもなくならないということは、貴族的にそれは正しいことなんだろう。なによりも形式というものが重要なのだ。


「アイロイ様ってやっぱり元冒険者なだけあって、想像していた貴族とは違いますね」

「ええ、まあ貴族位なんて、魔法の研究のためだけに得たようなものですから」

「はぁ……」

「私は自分の都合の為だけに今の地位にいるのです。ひどく勝手なものですよ。本音を言うと、今はあなたのような若い賢者をぜひ身内に迎えたいと思っていますからね。私にもちょうど年頃の孫がおりましてな。ぜひあなたを婚約者にと紹介したいところ──」

「は?」


 リアの表情が大きく歪む。


「ですが、もちろんそれは私の胸に秘めておきます」


 なら言葉にしないでほしかった。一瞬、大貴族を前にしてリアの不機嫌オーラが全力になってしまったじゃないか。


「そうしてください。私、そういうの苦手なので」

「いや、申し訳ない。ただの冗談のつもりでした。そもそもあなたを男を宛がった程度で掌握できると思ってはいません。それよりはこうやってあなたに恩を売ることで、教えを乞う時間を作る方が賢明ですね」


 ははは、とアイロイ様は軽く笑う。


 繰り返しになるが、相手は格の高い貴族である。本来リアがこんな生意気な口を利いた時点で無礼討ちされてもおかしくない。そして今、そうなっていないこの状況というのは、彼の親しみやすい人柄とリアの魔法の腕を買われたことが関わってくる。


 改めて、とんでもない人と繋ぎを作ってしまったなと俺は思った。

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