第163話 有力情報

 風呂を済ませたリアは寝支度を整えると、いつもの日課へと移る。


 アトリは引き続き光線魔法の魔法陣と睨めっこ。一方、スティアは……。


「……申し訳ございません。ご主人さま。その、まったくわからないです」

「そ、そっか」


 スティアは模様の描かれた木版を前に、小さく項垂れた。やはり今まで魔法やらをほぼ使ってこなかったスティアに、いきなり『偽装』の魔法は難しいのかもしれない。


 でも安心してくれ。俺だって何もわからないから。


「──とミナトも申しております」

「はぁ……」


 相変わらず俺という存在はリアの妄言か何かだと思われているのか、スティアは真面目に返事を返してくれない。


「まあ、ミナトは置いておくとして……大丈夫、じっくりやっていこう。これってむしろ、簡単すぎても逆に困る部類のものだからさ」


 リアの言う通り、この魔法が簡単に習得できるものだったなら、すなわち見破るのも簡単な訳で、そうではないからこそ俺達は正体を隠し続けていられるのだ。


「わかりました……」


 スティアはそれでも晴れぬ表情のまま。これはちょっとよくないな。


(なぁリア、スティアも熱魔法から始めたらどうだ?)

(え、でも、熱魔法はアトリも使えるし……それに、スティアには偽装魔法の方が必要じゃない?)


 スティアにも魔法を教える。≪金≫という彼女の高い魔法位を生かすためにも、旅の途中でそう決めたリアだった。しかし、いくらスティアが魔法に強いとされるエルフでも、今まで全く魔法を使ってこなかった彼女に突然秘術レベルの魔法を覚えさせようだなんて無茶もいいところだろう。


(いきなりこんな魔法陣見せられても普通はパンクするだろ)

(うーん……やっぱりそうかな。スティアには出来るだけ早く奴隷から卒業してほしいんだけど)


 今スティアはリアの所有物という扱いになる。いくらそれが仕方のない状況だといっても、同胞を奴隷とすることをリアがよしとするはずがない。だから、リア的に彼女には偽装魔法の習得を優先させたかったようだ。


(はよあの指輪を作らんとな)

(そだね)


 ルーナさんの村で見せてもらった変化の指輪。あれがあればそんな魔法をいちいち覚える必要はないのだが、マジックバッグを作った時の苦しい記憶がリアに遠い目をさせた。


 魔道具の作成も、簡単にはいかないのだ。ゆえに道具に頼らない力を身に着けてほしいところだが、スティアに無理をさせて魔法に苦手意識を持たれてしまっては意味がない。というわけで、変化の魔法は一旦保留とし、スティアへ熱魔法の課題を出すに至った。


 熱魔法の魔法陣を眺める彼女は相変わらず眉間に皺を寄せていたけれど、偽装の魔法のそれを見るよりよっぽどマシに見えた。


「はい。それじゃあふたりとも今日はこれくらいにしておこうか」


 今日は久々の宿ということもあって、魔法の勉強は程々にして休もう。


「っふー! 疲れたぁ!」

「ふはぁ……」


 かなり勉強に慣れてきたアトリは気持ちよさそうに体を伸ばす。一方、まだまだ初心者のスティアは目を回していた。


「スティア、お茶でも飲む?」

「あ、いえ……おかまいなく」

「遠慮しちゃだめだよ。ほら入れるから飲んで」


 宿備え付けの茶器に、ツリロで買った良い茶葉を入れる。苦みの裏にほんのりと感じる甘みが特徴だ。詳しいことはわからないが、なんだか緑茶のよう。


「あっ、あっ、どうも……」


 スティアはまだまだ遠慮がちなところがあるが、こうやって無理やりにでもお茶を入れてやると嬉しそうにカップに口をつけるのが可愛かった。


「さて、アトリさん」

「はい。なんですかな、リアさん」

「私たちは日課の続きとしましょうか」

「あっ……うん」


 アトリは照れくさそうに頷いた。


 日課の続き。そらもうアレ。アトリをベッドの上に誘導した後、ガバッとリアから彼女を求めた。


 その翌朝。


「んあ……」


 リアが目を覚ますとカーテンから日の光が漏れ出ていた。隣にはアトリの可愛い顔。日課の途中でふたりとも疲れて眠っていたらしい。


「あれ?」


 ふと、ベッドの側に目をやる。そこには地べたにお尻をつけて、リアたちが眠るベッドへ寄り添うように頭をつけるスティアの姿があった。


(ミナト起きてる?)

(あ、ああ)

(スティア、どうしてこんなところで寝てるんだろう……ベッドはちゃんと3つあるのに)

(さぁ……?)


 スティアも疲れて眠ってしまったのだろうか。この状態で?


「んしょっ」


 よくわからないけれど、このままだと少し可哀想だ。リアは身体強化を使って彼女を抱き上げ、空いているベッドへ寝かせてやろうとする。


「ぁ……」

「あれ、起きちゃった? スティア、ちゃんとベッドで眠ないとだめでしょ」

「ああ……ごしゅじんさま。もうしわけありません……」


 呂律の回らない口で謝罪するスティア。彼女の口からは久々に『ご主人様』という言葉が出ていた。


「とりあえず今度はベッドでちゃんと寝なおそう? ほら、乗せるよ」


 リアは生卵を買い物袋へ詰め込むがごとく、スティアの身体をそっとベッドの上に横たえ上から掛布団をのせてやる。


「今日は無理しないで。動き出す時間も遅くするから」


 安心させようとリアはそう言って、側を離れようとする。


「まって……くらさい……」

「え?」


 だが、夢うつつのスティアがそれを引き留める。


「ひとりにしないで……」

「え?」

「わたしもにっかしますから」

「……なんですと?」


 彼女は思いもよらない一言に固まるリア。


 日課。一応勉強はさせてるし、やっぱりそういうこと?


「あれ、スティア?」


 リアが間抜けにもアワアワしていたら、いつの間にかスティアは完全に寝入っていた。


 さっきのは寝言か、それとも聞き間違い? もしかして、リアとアトリの友情を超えたアレコレを見て、彼女も何か思うことがあったのかな。


(って、バカなこと考えてないで、私たちも二度寝するよ?)

(いや、お前が勝手に反応したんじゃん)

(あーしらないしらない。もう寝るからね。久しぶりのいいベッドなんだから)


 勝手なことを言って、リアは空いたベッドへ向かっていく。途中、捲れた布団をアトリへかけてやる優しさを見せたので、俺は彼女の生意気を許した。





「お久しぶりです! ミナト嬢」

「あ、どうも。アイロイ様」


 昼前にアイロイ様が宿を訪ねてきた。リアは宿に併設された茶店で彼と話をすることに。


「アテリアのイオウ殿から仔細伺いましたぞ。あなたはやはりとんでもない人物だったようだ」

「あはは……」


 どこで宿の場所を、というのは聞くまでもないようだ。


「あのズレアを倒していたとなると、相当の褒章が与えられることになるでしょうなあ」

「えっと、その褒章ってどういう方向性になるんでしょうか」

「ふむ。方向性ですか……そうですね、私が20年前、騎士団との戦に勝利したときは法衣貴族の地位を与えられました。今回もおそらくそれに近しい褒美が与えられるのではないでしょうか」

「えーっと……」


 つまり貴族にしてやるぜ! ってことか。それは正直困るな。


「その、私はこの国に留まるつもりはなくてですね……」

「ああ勿論大丈夫ですとも。私は望んで貴族となったのでその褒美と相成った訳です」

「はぁ……じゃあ別に貴族にさせられるわけではないと」

「そうですね。なので、事前に希望を伺っておこうと思いまして」


 アイロイ様は高位の貴族で、軍を預かる大権力者だ。王城でもかなり発言権が大きいらしい。そんな彼が今回の件について、ある程度の責任を持ってくれるという。それをいいことに、リアはとにかくこれからの自由が約束される褒美となるよう要求した。


「とにかく、自由が一番大事です。その為に冒険者になったようなものですから」

「なるほど、承りました。私がちょいと口を出してみましょう……とはいえ、これからは忙しい日々が続きますぞ。それはご了承ください」

「あー……はい」


 わかってはいても気が遠くなった。


「あ、そういえば、前おっしゃっていたエルフの市場や商人に詳しい情報屋っていうのは……」

「ん……お、おお! そうでした!」


 今の反応、もしかして忘れてたのかな。


 俺たち、その情報屋のことを知るためにここ王都ラピジアへ来たようなものだ。くだらない情報だったらマジでキレるかもしれない。


「その情報屋……というより、情報や資産価値の高い品物ばかりを扱う大商人ですね。主にガイリンとの交易で儲けている男なのですが、その者はかつてエルフを扱ったこともあるのですよ」

「ほう!」


 ガイリンとの交易。リアの求める情報をドンピシャで知っていそうだ。


「つい2年程前にもエルフを仕入れたとかで、我が家へ売り込みに来ましてね。当時は興味がなかったので門前払いしたのですが……」

「えっ! 2年前!?」


 リアが故郷を襲われたのが、だいたい4年前だから時期としてはその後だ。その商人がリアの里の人間を仕入れた可能性は大いにある。


「そ、その商人は今どこに!? 会えるのですか!?」

「おっと、落ち着いてくだされ。残念ながら今は商品の買い付けのためにガイリンへ行っているようです」

「ええーっ!?」

「自分の足で動き回るのが好きな男ですから。一応拠点は北方の街ミリステンとなってはいますが、あまりそこに留まることはないですね」

「そんな……」


 最大の手がかりとなる人物だけに、捕まえるのが難しいという事実が歯がゆい。


(どうする? 次はそのミリステンとやらに行ってみるか? かなり待つことになりそうだが)

(うーん……)


 数か月、では済まないだろうということは、アーガスト国内を大移動してわかっている。その間ずっと同じ街で大人しくしていることは正直つらい。かといって、ガイリンへ迎えに行くなんて博打も打てない。


 唯一とっていいほどの手がかりなのになぁ。


 うまくいかない現実にリアは思わず深いため息を吐いた。


「ミナト嬢、私の話はまだ終わっていませんよ」

「え?」


 そんなリアを見て、呆れるような笑みを浮かべるアイロイ様。


「2年前私に勧められたエルフですが、さまざまな飼い主の元に渡ったという情報を得ています。そして、今現在の持ち主についても」

「……マジすか」


 なんということだ。この人、どんだけ有能なら気が済むんだってくらい抜かりがないな!

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