アーガスト王国

第162話 ラピジア到着

「いいか? かなーりややこしいが、この人格が本当の『ミナト』だ。歳は永遠の二十歳。共通ルートで気になったヒロインは一番最初に攻略する派の男だ。これからよろしく」

「はぁ……」


 気合の入った自己紹介に苦笑いを返すスティア。正直、当然と言わざるを得ない反応であった。


(ほらーやっぱりこういう反応になるじゃん。いきなり別の人格だって言われたって困るだろ?)


 クラナさんやアトリは何とか俺を違う人格であると認識してくれているが、スティアにそれが可能とは限らない。


 何せ、まだ一番絡みのあるリアですら彼女としてはその人となりを捉えきれないでいる段階だろう。そこに違う人格がどうとか言われても、という話。


(いや、問題はそこじゃないよミナト!)

(え?)

(え、じゃないよ。ヒロインとか攻略がどうこうとか、スティアに言っても分かるわけないじゃん!)

(ああ、それは確かに)


 と言われましても、皆大好き間地まぢみなとくんはこの世界ではあくまで裏の存在。この世界におけるアイデンティティがほぼ存在しないのだ。自己紹介が意味不明になるのも仕方ないだろう。


「ま、まあ、とにかく私にはもうひとつの人格があるってことだけ知っておいて」

「スティア、大丈夫だよ! ミナトさんはすっごくいい人だから! 何だかね、お兄ちゃんって感じがするの」

「はぁ……アトリさんがそう言うなら」


 今日もアトリはいい子でかわいいなぁ。俺もこんな妹がいたら一生大切にしたいと思う。


 アトリのおかげで俺こと間地湊とスティアのはじめましては何とか形になった。まあ、本当を言うと、前に一度彼女とは話しているんだけど。


 さてそんな交流をしている今、リアたち一行がアテリアを発して約1か月が経過しようとしている。状況としては、ようやく目的地ラピジアの最寄の宿場村に着いたといったところだ。いや本当、いちいち移動時間がでかい。


 しかし、道中はスティアと俺の交流が出来ないほど忙しかった。盗賊が出たと思ったらそれを退け、それが終われば魔物が出てくる。盗賊は指導者がいないのか、相変わらず弱かった。


 ただ、魔物に関しては何故かかなり面倒なヤツばかりがここアーガストには多い。


 例えば、小鬼の上位互換的存在である赤銅鬼や猪剛鬼がレギュラーを張っていたり、他には再生力がとてつもない巨人、太緑鬼たいりょくきなんてバケモノも現れる。


 出現する魔物の質は魔力の流れに起因することが多いと里にいる時聞いた記憶があるが、そういう意味で王都近辺は結構面倒くさい場所のようだ。


 そして、ようやくたどり着いたラピジア最寄りの宿場村で、荷を下ろした俺たちはイオウ様との食事の席へ臨む。


「いやぁ、あの太緑鬼をひとりで倒してしまうとは! さすがズレアやガディンを討っただけはあるな!」


 最後の宿場村についた安心感で酒に手を出したイオウ様は、リアの功績を大声で触れ回った。


「ちょっ、声大きいですって……目立っちゃう」

「むっ、そうか? だが、いずれ国中にあなたの名前は広まるぞ?」

「そう……かもしれませんが、今は注目を集めなくてもいいでしょ? なるべく穏やかに生きたいんですよ私は」


 特殊な目的がある以上、変に目立つと逆にやりづらくなる。


「ふむ。ウチとしては恩人であるあなたの功績をより多くの人間に広めたいところだが……」

「いや、本当無理です。私、王都での用事が終わればすぐに次の国へ行きますからね」

「なるほど。他でもないあなたがそう言うなら、余計なことはするまい」

「お願いしますよ」


 約1か月、共に移動をしてきたが、イオウ様は正直考えの足りないところがあるというか、まあ言ってしまうと少し馬鹿っぽい。だから彼の言動には気を遣う場面がいくつもあり大変だった。まあ、こちらが彼の意見を否定しても怒らない温厚な人ではあるけどね。


 さて、宿場村での休憩を終えたリアたちはいよいよ、目と鼻の先であるラピジアへ向かった。


 内乱によってこの国はボロボロになったとは言うが、流石王都だけあって、街には多くの人が出入りしている様子が見える。


「はえー、すっごい大きい街だねー」


 下から壁を見上げながらアトリが声を漏らす。


「ぷっ」


 リアは巨大な外壁を前にして圧倒されるアトリにかつての自分を思い出して、小さく笑う。


 そう、アブテロの外壁を始めて見たリアも同じような反応だったな。


「えっ! どうして笑うのー? おっきいでしょ?」

「うん、そうだね。大きいね」

「んー?」


 そして、首をかしげるアトリは今日もかわいい。


「アトリ、スティア。大陸にはこれよりも大きい街がまだまだ沢山あるんだよ」

「え、アテリアに比べても断然大きいこの街の規模がいくつも……?」


 これまでほぼアテリアを出た経験のないスティアにはそれが信じられないようだ。


「そうだよ。ネイブルのアブテロもパレタナの街も大きかった。ビフィキスは外壁こそなかったけれど、湖に囲まれた綺麗な街だったなあ」

「ビフィキス! うん、そうなの! あの街はスティアにも見てほしいな」

「そうだね。またあの街にもみんなで行こう」

「はい。ぜひ連れて行ってください」


 そう言ったスティアの表情はいつも通り、他人を不快にさせないことに特化したような笑顔だった。ただしそれは彼女の癖であって、事務的に見えても本心では言葉にした通りのことを思ってくれているのかもしれない。


「お嬢さま方。歓談中申し訳ないのですが、そろそろ宿に到着するので降りる準備をお願いします」

「あ、はい。ご苦労様です」


 そんな報せの通り、しばらくして馬車がゆっくりと速度を落としていく。完全に動きが止まると、イオウ様お付きの若い兵士によって馬車に昇降台が設置された。


 やはり凄い歓待だ。今まで馬車の段差くらい自分で乗り越えろ、というのが当たり前だったのに。


「ありがとうございましたっ!」


 アトリが台を設置をしてくれた兵士に頭を下げる。


 「とんでもございません!」と返す、若い彼の頬は少しだけ赤かった気がする。あ、これはいけない。


「ちょ、リア……どうしたのこんなところで? 歩きづらいよー」


 リアはアトリの腕を抱くようにして離さない。


「だって、アトリが悪いんだもん」

「え、わたしが?」


 前にも見たなこの流れ。リアという奴は、自分は色んな女の子との間に可能性を見出すくせに、人が別の人間と同じことをしようとすればこうやって嫉妬する。まったく質が悪い。


 結局リアはアトリをガッチリホールドしながら宿のチェックインを済ませた。


「そ、それではまた明日、連絡に参りますので……」


 若い兵士は威嚇するリアに若干気後れしている様子が見て取れた。


(リア、お前みっともないって……別にあの人とアトリがいい感じになったわけでもなし)

(バカバカ! アトリ可愛いから、油断してたら持ってかれちゃうんだよ!)

(持っていかれるって……)


 お前はどういう立場なんだ。流石に少し呆れるな。


 まあとにかく、彼らイオウ様の一団とはここで一旦分かれる事となる。結局この1か月間、男嫌いのリアはイオウ様とした事務的な会話以外は彼らと絡んではいない。でも、一緒に旅をしていたんだと考えると、俺としては「お世話になりました」の一言くらいは残すべきだったと思う。


 まあ、またその機会はあるか。


 イオウ様たちは王城へ到着の報告に向かった。あの騎士団長やリアのことも含めて国の偉い人と話し合って、後日リアに結果を伝えに来るらしい。


 いやー気が重いね。悪いことをしていないにも関わらず、判決を待つ罪人の気分だ。


「とりあえず今日は休もう」

「ギルドに行かなくてもいいの?」

「まあ、明日行けばいいかなって。もう遅いし」


 1か月の長期移動で、肉体に疲労がかなり溜まっている。そしてそれは他のふたりも同じだろう。特にスティアは今までずっと屋内に引きこもって過ごしていたのだから。


 結局リアたちは宿の部屋でさっさと食事を済ませ、風呂に入ってしまうことに。


「はいはい! お湯、わかします!」


 この数か月間で魔法がかなり上達したアトリは楽しそうに手を挙げた。


「うん。じゃあ水作るから待ってね」


 自信満々のアトリがあまりに可愛くてニコニコがとまらないリアは、宿に配湯のサービスがあることを黙ってアトリに準備を任せた。


「ありがとうリア! そやっ!」


 アトリは水を張った桶に手の平をかざす。むむむ、と彼女の眉間に皺が寄る。数十秒後、桶からはぷつぷつと水泡が発生し始めた。


「おお、早い。アトリもやるようになったね」

「ふーっ! でしょ? 慣れてきたのかな? たくさんの魔力が扱えるようになったんだ」

「ふむふむ」


 リアは興味深そうにアトリから流れる魔力の流れを追う。


「確かに魔力術式の組み立ては洗練されてるね。これは、そのうちスキル化できるんじゃないかな」

「ほんと? やたっ!」


 体に染みついた魔法、すなわち魔法スキル。アトリはそれではなく、一から魔法術式をくみ上げて水を温める魔法を使っている。これは俺にはまったく出来そうにない凄いことだ。


 やはりアトリには魔法の才能がある。それは素質というものもあるが、一番は魔法に取り組む姿勢だ。魔法位は低くとも一生懸命何かを生み出そうとするアトリの姿はリアの瞳を通して眩しく、そして懐かしく映った。

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