第158話 スティアの苦悩
「イオウ! 戻っていたのですね!」
「母上! ただいま戻りました」
リアが上手い事イオウ様との会話を捌いているところにエリー様が現れた。傍にはこれまた豪奢な水色の衣装を身に纏ったスティアが控えている。
これには訳があって、改めてエリー様と相談した結果、リアが式典の準備をする間はスティアを日中エリー様に預けることになったのだ。これは昨日丸1日自分がスティアを独占したので、公平を保つためだとリアも納得していること。
「母上、到着のご報告が遅れて申し訳ありません」
「いいのですよ。恩人へのご挨拶を優先すべきですわ」
そう言うエリー様の視線は確かにこちらへ向けられていた。恩人か。彼女にそう言われたのは初めてだ。
スティアの件でエリー様の提案に乗ることを伝えると、彼女のこちらに対する対応はかなり軟化した。だけど、彼女はまるでもうスティアの事を手に入れたように振る舞っているではないか。それは少し癇に障る。
でも、今は我慢。これはスティアに考える材料を与える為にしていることだ。
「それでイオウ、ミナトさんにしっかりご挨拶したのですか?」
「むっ……母上! 当然ではありませんか! もう実子だって親元を離れる年齢なのですよ! 私は次期当主として立派に物事を熟せるのです!」
ふんぞり返るようにイオウ様は言った。なんだか中年の癖に少年のようだ。
「ほぉ、次期当主ね。アテリアの次期当主たる者が実子をアリアの魔法学園なんかに預けるのですね!」
「あ、いや、そのあれはあの子自身が……」
「ふん。判断能力は幼子以下のようですね」
「母上……待ってください。そもそもそれは今全く関係が──」
何だこの人、次は実の息子に喧嘩を売りに来たのか。
(ねぇ、ミナト。エリー様って絶対魔法士の事嫌ってるよね)
(ああ……初めて会った時『信用ならない』って言われたもんな)
どういう訳か知らないが、息子へわざわざ嫌味を言いにくるほどとは。
「と、とにかく母上は衣装の確認でもなさってください。ほら、スティア! お連れするのだ!」
「かしこまりました」
「あなたに言われずとも。さあ行きましょう、スティア──ああ、それとミナトさん。スティアの件は式典の前に白黒つける場を設けましょう」
「えっ」
「それでは」
イオウ様はスティアを利用してなんとかエリー様を撃退していた。勝手にスティアをこき使うなと言いたいけれど。
それより式典の前か……。スティアは言わば今回のリアの功績に対する褒美である。となれば、彼女をどうするかで式典の内容も変わってくるはずだ。その辺りはコヘイ様の考えもあるのだろうか。
そしてその褒美であるスティアはスティアで大変そうだ。明確な期限が決まってしまえば、きっと彼女も気が重かろうから。さっき見たスティアの表情はどこか硬かった気がする。
エリー様が去った後、再びリアとイオウ様との対面になった。今のうちに、ちょっと気になった事を聞いておこうか。
「あの、イオウ様。エリー様は魔法が嫌いなのでしょうか」
「ん? ああ……まあそうだな。母は古い人間だから、魔法よりも剣武を尊ばれるのだ」
「剣武?」
「ああ、そうか……外の国にはない観念だな」
納得したのか、イオウ様は自分の顎髭をつまみながら小さく首を縦にふる。
「剣武とは簡単に言うと、己の腕っぷしで戦うことを言う。魔法士は魔力で火の玉や瓦礫を飛ばしたりするだろう? だが剣武では身体強化以外に魔力を使わない」
「はぁ。それが偉いとされるんですか」
「まあな。伝承によると、アーガスト王家の祖は≪藍≫の魔力のみでこの大国を統べたという。だからこの国においては高い魔法位ではなく、単純な武力がもてはやされて
最後、過去形であることを強調する。ということは、今はそうでないわけで、実際の内容にはリアもすぐに察しがついた。今回もアイツらの出番だろう。
「もしかして内乱が原因でそれが変わったとかです?」
「ああ。ミナト嬢は聡いな。その通りだ。剣武の象徴とされていた王国騎士団が国に災いを呼び、逆に多彩な魔法攻撃を繰り出すドンエス侯爵の軍がそれを沈めた。王国の価値観はそれからひっくり返る……最中と行った所だな」
完全にひっくり返っていないのは恐らくエリー様を始め、古い考えを持つ伝統的な貴族家がいるからだろう。
「ついでに言うと先程話したアリアの魔法学園は元々腕のいい魔法士を育てる為にドンエス侯爵とリブリアン大公が作られたものだ。実際、優秀な成績で卒業した者の多くは侯爵率いる魔法師団に所属している」
リブリアン大公とはアリア公国の公王である。
なるほど、得心が行った。凄い速度でさまざまなピースの合わさった気がする。
アイロイ様が統べる8千人の魔法士兵というのも、育成する組織があるからこそ維持できるものなんだ。
そして納得すればするほど、嫌な予感もしてくる。新旧尊ぶべきものが違えば、対立が生まれるものだ。そう考えると、この国には未だ火種が残っていると考えてもいい。それは決してリアにとって他人事ではない。なぜならリアはこれから魔法士サイドの一員として、剣武の象徴を討伐した勲章を貰うかもしれないんだから。
(用事が終わったら、こんな国さっさと出た方がいいな)
(うん。私もそう思ってた)
ただ、この国ではまだまだやることはある。
アイロイ様からエルフの取引に詳しいという人を紹介してもらわないといけないからな。
「ご主人さま、戻りましたわ」
「おかえり。スティア」
本日の用事が全て終わり、夜に部屋で寛いでいるとスティアが帰ってきた。エリー様、約束通りスティアをちゃんと帰してくれたようで正直ちょっと意外。
「スティア、今日改めてアテリア家のエルフとして過ごしてどうだった?」
「はい、そうですね……その、昔のままというか」
「そうなんだ」
「あ、でも、その……お花の数が昔より少なくなっていました」
「えっ、そうなの?」
そんな細かいところでコストカットが敢行されていたとは。この家も貴族らしく妙に見栄っ張りなところがある。それなのに見栄の為に飼っているようなエルフ関連にかかるところを節約するのか、と少し世知辛い気持ちになった。
そして、スティアもただ着飾って椅子に座ったりしているだけでなく、案外そういうところも見てるんだな。
「まあ、それはいっか。それより、考えは進んだ?」
話しながらベッドに座ったリアはスティアを自分の隣へと招き入れる。スティアは遠慮するような顔をしつつも、そこへ腰を下ろした。
「考え……ですか」
スティアの顔は暗く、隣に座ってからもずっと下を向いている。この様子だと答えは出ていないのだろう。まあ予想は出来ていた。
96歳だっけか。そんな歳になって初めて『選択』を迫られた彼女の苦悩は計り知れない。
少しの沈黙の後、救いを求めるようにスティアはこちらの目を覗く。
「その……ご主人さま」
「ん?」
「え、何かな……」
金色の瞳にはリアのシルエットがぼやけて移っていた。堂々としていないスティアは珍しく、今が彼女にとって尋常でないことはすぐにわかる。
「お願いです。わたくしに課された選択、どうかご主人さまが代わりに決めていただくわけにはいかないでしょうか」
「えっ、いやダメでしょそれは」
「そこを何とかお願いします」
「いやいや! そんなの意味ないでしょ!?」
「本当にお願いします!」
「ちょ、ちょっと! あ、当たってるんだけど……」
懇願を続けながらスティアはリアの腕を抱くように離さなかった。そんなリア戦で使える技どこで覚えたんだ。
「うふふ」
チラリと視界の隅に入るアトリはニコニコした目でこちらを見ていた。「リアはねーここをこうすればイチコロなんだよー」何となく伝授の場面が優に想像できる。いやそれより……。
「ほんとうに……何もわからないのです……どうしてですか……どうして突然選べだなんて、そんなことを強いられているのでしょう……わたくしが至らないエルフだからですか?」
リアは目に涙を浮かべるスティアに唖然とした。
彼女に涙を流す機能がついていたのか、という驚きもある一方で、それほどまで追い詰めていたのかという衝撃もある。
「……ごめんね、スティア。スティアが悪いんじゃないんだよ。悪いのはスティアをこんな状態にした人間たち。それには勿論私も含まれる」
スティアの人生は生れた時から他人によって好き勝手にコントロールされ続けてきた。今彼女がその状態に違和感を覚えないようになっているのも、そう望まれて育てられたからだ。
そしてスティアから「ご主人さま」と呼ばれるリアも同罪である。リアはどうにかして、スティアの「ご主人さま」から脱却しないといけない。
「それでもスティア自身が決めないとって私は思うよ」
その為に、彼女に選ばせる。これだけは譲れなかった。
「やはり……わかりません。選ぶ、とは何なのですか……」
期待外れだったリアの言葉にスティアは再び俯いてしまった。
(やっぱり完全にスティアに任せるっていうのは無理かな……)
リアはひとつ深いため息を吐いた。
「じゃあこうしよう。私が決めるのはダメだけど、スティアが選ぶための手伝いはしてあげられる。どうかな?」
やはりある程度の妥協は必要だということ。
「手伝い?」
要領を掴めないスティアはリアの提案に首を傾げた。
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