第157話 選択を迫られるスティア

 1日のぽっかり空いた時間は、出来るだけ3人でいられるように部屋で過ごす。


「──ビフィキス! ビフィキス! ビフィキス! ビフィキチュ!」

「はいアウト! アトリ噛んだねー」

「んなー! もうっ、難ちい! どうして2人は噛まずに言えるのー!?」

「いやアトリがすぐ噛みすぎなんだよ。まだ10回目じゃん」


 部屋で過ごすといってもやれることは限られている。3人は言葉を使ったリズムゲームで遊んでいた。そしてアトリは今日も可愛い。


「スティアはすごく活舌がいいよね」

「ええ。時折、女中たちの発声訓練に混ざっていたので」

「えっ、貴族のメイドさんってそんなことするの?」


 スティアには早いことエリー様と話したことを伝えないといけないのだが、上手い事タイミングを掴めないでいる。午前中には何とか伝えて、考える時間を設けてあげなくては……。


「よーし一番ミスが多かったアトリは罰ゲームね」

「えっえっ! 罰ゲーム? 何をするの?」

「今から私とスティアでアトリをくすぐります」

「えーっ!? ちょっ!」


 いやなんだその罰ゲームは。それお前がアトリに触りたいだけだろ。


 スティアは「え? 私も?」といった困惑の目でリアからアトリへ交互に視線を移していた。


 ひたすら遊んで部屋で過ごす時間は経過していく。それからも運動不足だからと体操をしたり、クイズを出し合ったり。スティアはほとんどやらされているような感じだったけれど、それでも彼女なりに色々と頭を働かせているのが横から見ていて分かった。


 そして昼食をとったあと、ついにやることがなくなったリアはスティアと話す決心をした。


「あのねスティア、話があるんだ」

「何でしょうか? ご主人さま」

「えっとね、スティアの今後のことをエリー様と話したの」

「わたくしの? 奥様と?」


 前振りが無かったからか、スティアは一瞬困惑するような表情を見せた。しかしそこは彼女らしく、すぐさまいつものクールな表情を取り戻す。


「伺います」

「ありがとう。あのね、スティアにはここに残るか、私と一緒について行くか選んでほしいの」

「選ぶ? わたくしが? どうしてでしょう?」

「それはスティアのこれからの人生に関わる事だからだよ」

「わたくしのこれから……。それはご主人さまが考えてくださることでは?」

「それじゃダメ。エリー様とも話し合って、スティアにも考え貰おうってなったの。あ、ちょっと待って」


 リアは魔法で部屋の周辺に耳がないことを確かめた。リアは彼女への説明にあらゆる言葉を尽くすつもりらしい。


「スティアがどちらの道へ進むかどうかで、あなたの人生は大きく変わると思う。だから、他でもないスティア自身で選ばなくちゃだめだよ」

「はぁ……」


 イマイチ納得しきれないという表情だ。


「まずスティアがここにいることを選んだら、たぶん昔みたいに綺麗な服を毎日着られるような生活が続くはずなんだ」

「昔のように」

「うん。昔、この家にいた頃のようにね」

「そう、ですか。それでご主人さまについていけば、どうなるのですか?」


 珍しくスティアの方から言葉を求めてきた。その表情はいつになく真剣で、不安気だ。


「正直に言うね。すごく大変だと思うよ。長旅になるから移動だらけの日々が続くし、体力的にも精神的にもシンドイと思う。それに危険だってある。私は基本的に何かを命令したりはしないから、スティアが自分で考えないといけないこともあるし、困惑することも多いと思う。もちろんエルフであるスティアが安心して暮らせる場所まで送っていくことは約束するけどね」


 リアは自分に不利となる言葉を正直に並べ立てた。これはスティアに対してとても誠実であり、無責任でもある。じゃあ何で買ったんだよ、とスティアから責められかねないことを口にしたのだ。


「でもね」


 だが、本当にリアが伝えたいのはここから。


「私に付いてきてくれたら、きっと色んな刺激をスティアにあげられるって確信してる。だって、今まで旅してきた同胞の私がそうだったから」

「刺激……ですか」

「そう。初めて会う人だったり、初めて食べるものだったり、服もそうだね。今まで見た事ないものに出会える。勿論、嫌な人だったり不味いものだったりもあるけど、そういうの全部含めて色んな刺激がこの屋敷の外にはあるんだよ」


 自分の知らない世界へ飛び出す。里を出てここ2年近くで俺が覚えた感覚で言うと、よくないことの方が割合として大きい気がする。でもそれらは単純にプラスマイナスではないから難しい。ピロー村の悲劇があったからこそ今、リアと一緒にいるアトリがいるように、物事は簡単に考えられない。スティアにそれが分かって貰えると嬉しい。


「あの……」

「なに?」

「昨日、古着を扱うお店で自分の服を選びました」

「うん。選んだね」

「あの時、妙にフワフワした感覚だったのです。もしかしてあれがご主人さまの言う刺激なのでしょうか」

「そうかもしれないね」


 最後に敢えて断言することを避けた。


(だって、スティアへそう思うよう誘導するみたいになっちゃったし。やっぱりスティアが自分で選ばないとね)


 というのがリアの意図らしい。


「しかしエルフであるわたくしごときが、主人を選ぶだなんて……」

「突然言われても難しいよね。ごめんね、振り回すようなことをして」


 頭を下げるリアに反応はなかった。こういう時スティア……というか亜人奴隷なら、慌ててそれを否定するものだと思っていたが、それが出来ないほど今彼女に余裕がない。


「勿論、他の選択も私は支持するから、何かあれば言ってね」

「そんなもの……ありませんわ」


 そう言って彼女は俯いてしまう。スティアとの大切な話はそこで途切れた。


 それからはまた午前中と同じように、リアたちは部屋の中で時間を過ごす。リアたちは魔法の練習や世間話をしていたが、スティアはその間ずっとひとりで何かを考えていた。


 翌日からリアたちは明後日に控えた褒賞式に向けてちょっとした準備を始めた。


 褒賞式はいわゆる記者会見的な側面もあって、街の情報屋たちにマジックバッグが戻ってきたことを大々的に明かす舞台となるようだ。


 そして貴族の式典ということで、当然ふさわしい恰好が求められる。そんな服を数日で用意するのは難しいので、リアはいつもの一張羅で挑むこととなった。


「本当にこの服でいいのでしょうか」


 リアの着る衣装はネイブルで購入したネイブル式デザインの服だ。アーガストでは少しデザイン……というか服の様式が異なっているので、浮かないかどうかが心配だ。


「勿論、式典の内容にもよりますけれど、今回の場合はこちらでよろしいでしょう。ミナト様は外国の方なのでね」

「そうですか……」

「ええ。それにむしろその衣装以上のものがこの国の裁縫師に用意できるか、という問題もありますので、ちょうどいいです」


 そう語るのは式典のアドバイザー的立ち位置のアスオウジン氏。彼がリアの衣装に下した評価に俺たちは内心胸を張った。この服は既製品とはいえ、オシャレの街アブテロでもかなり高級な店で買ったのだから。


 なんにしてもデザイン的にこの国のフォーマルな場面で使えるのが大きい。これを作ったルーシュさんと買ってくれたラーヤさんに大感謝。


 ただひとつ問題があるとすれば、リアの背丈がここ2年でそれなりに伸びたため、ちょっとスカートの丈が心もとなくなってきてることか。うーん、身体の厚みはあんま変わらないのにね。


 とにかく着る服が決まり、次は式典の段取りについて舞台となる大広間にて説明を受ける。その途中でリアのエルフ地獄耳が屋敷の異変を察知した。ただそれは悪いものではなく、「おかえりなさい」という言葉が飛び交うことから、誰かが帰ってきたものだとわかる。


 しばらくして、一団が生み出す喧騒が大広間へと近づいてくる。聞こえてきた声やアスオウジン氏の前情報から、それが何なのか俺たちには分かる。だから心の準備も万端である。


 大広間へやって来た一団、その中でも一番背の高い男は急ぎ足でこちらへ向かってくる。


「あなたがミナト嬢か!?」

「はいそうです」


 それは身体の大きな男だった。赤褐色の髪に青色の瞳、歳は中年くらいか。昔のリアならまずビビりちらして逃げだしているだろう。


 おそらく彼はアスオウジン氏からその存在を聞かされていた、アテリア家の次期当主候補さま。つまりアテリア夫妻の息子さん。


「お初にお目にかかる! 私はアテリア子爵が長男、イオウと申す者!」


 やっぱりそうだ。巨大な男というデカいインパクトの裏に何となく気品を感じさせる。


「どうも。ミナトです」

「ミナト嬢、ご挨拶が遅くなり申し訳ない。用事で別の街へ出ていたのだが、突然父上から帰還の命が下ってな。内容を聞かされて驚いた! まさかマジックバッグが戻ってくるなんてな! ハハッ!」

「はは……」


 なんかテンションたけーなこの人。コヘイ様ともエリー様とも似ていない。失礼だがアテリア家の陰鬱とした印象とはかけ離れた雰囲気を持っている。


「しかも取り戻してくれた冒険者がまさかこんな可憐な少女だったとは! 私が未婚であれば求婚していたところだ!」

「はは……」


 やめてくれ……。リアがアテリア家を嫌いになる。


 というか冗談でも中年が見た目少女に求婚すな。


「なんなら2番目の息子を婿にどうだ? アイツは今アリアの寄宿学校で勉強させているからすぐには会えないがね」

「遠慮しておきます……」


 あ、リアの手がプルプルしてる。これ、必死にキレるのを我慢してるな。どうどう。


「そ、それより、アリアの寄宿学校とは魔法を教える学校のことですか?」


 幸い聞き覚えのあった言葉を拾いあげ、話を捻じ曲げることができそうだ。


「ああ、そうだ! もしかして興味がおありか? なんなら入学の為の推薦状を書くが?」

「あ、いえ、話に聞いたことがあったので伺っただけです……」


 そう、あれは初めてネイブルはシャフルの街に降りた時の事。リアの姉、ゲームに出てきたユノが通う魔法学院なる機関が存在しないか、【暁の御者】に尋ねて返ってきた答えがアリア公国の魔法学校だった。


「まあ、あの学校は魔法学校と言っても、実情は貴族の子息令嬢同士がコネクションを作る場となっているがな! だが、専門課程へ進めばドンエス侯爵が確立した魔法軍事理論を学ぶことができるぞ!」

「軍……どちらにせよ、貴族の血筋の者が通う学校なのですね」

「いや、平民の子もいるぞ? たしか、学び舎が分かれていたのだったかな? うーん思い出せんな……まあとにかく、平民でも才能さえあれば入学はできるはずだ! で、どうする?」


 魔法学校か……今聞いた感じだと行くことは無さそうだな。そこに亜人がいるとは思えないし、どうせ貴族の令息令嬢なんて皆地雷だろ。リスクしかないわ。


「あ、やっぱりいいです。冒険者ですし、旅の途中なので」

「なるほど! 了解した!」


 これが変にプライドの高い貴族だったら、きっとひどく機嫌を損ねてしまっていただろう。イオウ様が話の分かる人で良かったな。

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