第156話 彼女を思うならば
翌朝、約束通りスティアが部屋に戻ってきた。
「スティアおはよう。なんだか久しぶりだね」
「おはようございます、ご主人さま。よい朝ですね」
うむ。相変わらず挨拶するだけで絵になる人だ。
「今日は用事もないから一緒に過ごすよ」
「かしこまりました。御側にお控えすればよろしいですか?」
「まあ、そんな感じかな。アトリも加えて一緒にお喋りしようね」
「承知いたしましたわ」
スティアの話す言葉は相変わらずお堅くて、こちらが意図したものとはどこかズレたニュアンスで返事がくる。
でも今のリアはそれに違和感を覚えたりしない。アテリア家に来たことで、今のスティアが生れた原因の一端を見たからだ。彼女はなりたくてこうなったわけではない。しかし、他人に望まれてこうなった。
「とりあえず、朝食にしようか。今日は3食部屋で食べられるみたいだよ。ほら、アトリも起きて」
「ふにゅう……」
これはコヘイ様の気遣いだ。エリー様が乗り込んでこないように監視もしてくれているらしい。今日はじっくりスティアと触れ合いたかったので、それはとてもありがたい。
リアはいつまでも布団に張り付いているアトリを叩き起こして、おばさんメイドに配膳を依頼した。
「ごめんね。お布団が気持ちいいからつい寝坊しちゃった」
「別にいいよ。でも可愛い顔に跡がついてるのはちょっとマヌケかなぁ……」
「やぁ! みないでー」
わいわいとした楽しい朝食が始まった。
スティアはやはり食事中は静かに食べることに集中している。本来はそれが正しいんだけど、少し寂しく思う。
「アトリ、そういえば昨日のお酒はどうだった?」
「ああ、うん。なんか変な味だったね。飲んだらすぐにフワフワしちゃった」
「村では飲んだことなかったの?」
「うん。子供は飲んじゃダメだって言われてたの」
アトリは見た目からして酒に弱そうだ。そして、リアも昨日の感じだと強くないだろうし、当分は仲間内で酒盛りすることは無さそうだな。
「スティアはお酒はどう?」
「お酒ですか。飲んだ事はありませんわ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。別に必要な物でもありませんし」
「そうなんだ……ううむ、アテリア家も結構ケチなんだ」
最後のは表に漏れないようにこっそりと呟いた。
確かにエリー様の中でアテリアの象徴とすら言われていたスティアにお酒の一杯も飲ませないとは。スティアがいた頃なら経済的にも余裕があるだろうに。
「というかスティアはお酒を飲んでもいいの?」
こてんと可愛らしく首をかしげるアトリ。詳しい事情を聞いていない彼女はスティアが自分の何倍も年齢がいっていることを知らない。まあ、俺たちも具体的な年齢は知らないが。
「飲んでもいい歳だろうけどね。ねぇ、スティアは自分が今いくつか覚えてる?」
「はい。今年で96になります」
「えっ」
「あはは。おもしろーい」
驚きで固まるリアとギャグだと勘違いするアトリ。
(ねぇ、ミナト。この人うちのお母さんと同じくらいの年齢なんだけど!)
(お、おう……)
リアとしては母エルメルトンと歳が近いことに驚いていたが、俺としてはそんな人が未だ学生のような見た目でいることに驚きだ。改めて長命種ってやつは凄い。
ちなみにだが、例によってリアの母もめっちゃ若々しい。
「アトリ、これホントの話だからね」
「あっはっは。リアまで乗っからないでよー」
一向に冗談だと信じ込むアトリは、実際にリアの母を見た時どんな反応をするんだろう。少しその時が楽しみだな。
「ミナト様、お休みのところをお呼び立てしてしまい申し訳ございません」
「ああ、大丈夫ですよ。何かあったのですか?」
朝食後、おばちゃんメイドから話があると呼び出された。
「いえ、何かあったとかそういうことではなく、今後の予定のご連絡です」
「ああ、そういうこと」
わざわざ部屋の外まで連れ出すから、何かまた問題が起きたのかと思ってしまった。
メイドさんの要件はただの連絡だった。3日後……いやもう2日後か。褒賞式の段取りと当日までの準備など。今日という1日はなるべく自由にしていいということだったが、明日からは結構忙しくなりそうだ。
「──以上が連絡事項でございます」
「ありがとうございました。では」
「あっ、少しお待ちください!」
さっさと戻ろうとしたところで再度呼び止められる。なんだ、連絡だけではなかったのか?
(もうなにさー!?)
リアも早くふたりの所に戻りたくてウズウズしている。
「えっとスティアの衣装の事なのですが……」
「衣装?」
「これです」
そういって、おばちゃんメイドは質素な袋を手渡してきた。
「こ、これは!」
「お静かにお願いします……実は奥様に内緒で拾ってきたので」
なんと中には、捨てられたと思っていたスティアの服が入っていたのだ。これにはリアも思わず驚いた。
「ありがとう! 勝手に捨てられちゃってちょっと怒ってたんです」
「そうですか。よかった……」
メイドさんもほっとした表情だ。彼女らも捨てろなんて命令に違和感を覚えていたんだろうなぁ。
「ミナト様、この衣装はスティアが選んだのですよね?」
「そうですけど、どうしてわかったんですか?」
「それは彼女が好きそうな色合いだったから、ですかね」
「えっ!? スティアの好みを知ってるんですか?」
「ええ、まあ。私はスティアがこの家にいたとき、彼女の衣装替えをよく手伝っていましたので」
そういえば、彼女は昨日スティアと話していた顔見知りのメイドさんだ。エルフの飾り付けも彼女の仕事であり、その際にスティアとは時々言葉を交わしていたのだそう。
「懐かしいですね。スティアはあまり自分の好みを口に出すことをしませんが、こう……衣装2着だすと、好みの方に視線が行くんです。容姿も相まってそれが凄く愛らしいというか……ああ、すみません。手前勝手に話を」
「別にいいですよ。むしろ、もっとその話を聞かせてくれませんか?」
エリー様を通していない、昔のスティアを知る貴重なチャンスだ。
「そうですね……スティアはエルフなので、やれと言われたことはやりますし、出された料理はなんでも食べます。当然、与えられた衣装だってなんでも着る……のですが、好みの服でないとき僅かに眉の形が歪むんですよね」
「へぇ……よく気付きましたね。流石、毎日着せ替えをしていただけ──」
「あ、いえ。最初に気が付いたのは奥様ですよ? あの方もよく衣装替えに参加していらっしゃいましたから。それに気が付いてからは、候補の2着を用意し、まずスティアの様子を伺うことが多くなりました」
「そう、だったんですか……」
スティアが服飾に対して無意識的な興味を抱いていることをエリー様は知っていた。しかし、気づいた上で彼女の自主性をほんのちょっぴりでも尊重していたことは想像もしていなかった。
そうか。彼女は貴族といえども鬼ではない。固執するスティアのことを思わない訳ないよな。
「奥様はスティアのセンスに賭けて、一度服のデザインをさせようとしていたこともあるのですよ」
「そんなことまで?」
「ええ。その為、アテリアの伝統衣装について自ら知識をご高説なさっていましたね……まあ、色々あって結局頓挫してしまいましたが」
「そ、そんな……」
リアは密かに震えた。そんな具体的な話が出ていたとは知らなかった。
「スティアにとって、この環境こそが一番の幸せ」というエリー様の主張は、リアの中で順調にその説得力を増やしつつある。
「ご、ごめんなさい。もう戻ります」
「ああ、引き留めてしまい申し訳ございません。それではスティアによろしくお願いします」
リアはすごすごと部屋へと戻った。
やはり自分にはスティアを幸せにすることは出来ないのだろうか。同胞だからこそのプライドはそうじゃないと訴える。しかし彼女のことを思うならばこそ、その気持ちと折り合いを付けなければならないのかもしれない。
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