第154話 VSエリー
リアが自分が所有者であることを強調すると、エリー様はその皴の深い顔を更に険しく変えた。
「エルフの価値がわからないガイリンの田舎者に、果たして彼女を飼う権利があるのでしょうかね」
そして遂に直接的な悪口がリアへと浴びせられる。
「権利って、そんなの誰が決めるの?」
「世間ですわよ。エルフとは持つ者の品格をも試すものなの。あなたのように話し込むとすぐに粗暴な口ぶりが現れるような人間ではだめ。それこそ、代々このアテリアの地を守ってきた私のような血筋でないと」
リアの未熟さをもの凄い早さで指摘してくるのは流石だった。
(くぅ……そのアテリアをボロボロにした代の癖に!)
リアは悔し紛れに内側でそう反論する。流石にこれを口に出してしまうと本当にアテリア家と全面的に対立しかねない、と自重したのだ。
「でも私は冒険者で、この国もすぐに出ていきますから。誰にどう思われようと構いません! 勿論、
「ふんっ」
リアとエリー様はバチバチと睨み合う。覚悟はしていたけれど、彼女は人間性にかなりの難があるようだ。アイロイ様がアテリア家との関係をぶち壊してしまったのも、この人が原因なのではないだろうか。
睨み合いはしばし続く。均衡を破ったのはエリー様であった。
「スティアを私に返しなさい」
「はぁ?」
そしてその言葉はリアが思わず顔をしかめるようなものであった。
「あの、意味が分からないんですけど」
「言葉が通じないのですか? スティアの所有権をこちらに返せと申しているのです」
「えっと……」
あまりに無茶苦茶な要求にリアは言葉を失ってしまう。
「失礼ですが、今日の話し合いの結果をコヘイ様から聞いてないんですか?」
「なんです?」
「スティアの所有権は私がマジックバッグを返還した報酬として頂いたものです。それを返せというなら、今回の件は白紙に戻ることになります!」
「なんだ、そういうことですか」
「別に問題ありませんわ」とエリー様は続けた。
「それなら、こうすればよろしい。あなたは報酬として与えられたエルフをさらにアテリア家へと返還する。そうすれば、世間からの覚えもさらによくなりますわ」
「はぁ……」
どうしてこんなにも自己本位なんだ、とリアは目の前の人物に飽きれ果てる。
冒険者のリアがこの街で評判が良くなったところでどれだけの益があるだろうか。その事にエリー様は一切の考慮をしていない。
さらに強気な言葉を吐き続けるエリー様であったが、彼女、いやアスオウジン氏を介してアテリア家と交わした約束にはひとつの大きな矛盾点が存在する。
「そもそもアテリア家は一度スティアを手放して資金を得たんですよね? それを私が返還、というのもおかしな話になりますけど!」
「くっ……で、でもアスオウジン商会は身内のようなもの! 返還でよいのです!」
「何それズルい! こっちは最初50億ガルドで提示されたんだよ!? それを無償で返還せよだなんてありえない!」
「では50億ガルド払えばいいのですか? なんと卑しいこと」
「そういう問題じゃない!」
リアはもう丁寧な言葉遣いなど忘れて叫んでいた。
「御二方!? どうかされましたか!?」
そして、その声は屋敷の中に響き渡り、その声を聞きつけた使用人たちが慌てて部屋へ入ってくる。「何もありません!」とエリー様は追い払おうとするが、騒ぎを聞きつけたコヘイ様がやってきたことで彼女はバツの悪そうな表情に変わった。
「エリー、これは一体何の騒ぎだ」
「別に。ただミナトさんと世間話をしていただけですわ」
「コヘイ様! この人、突然スティアを返せって言ってきました!」
「なに?」
「な、何をデタラメなことを──きゃっ!」
即行でコヘイ様にチクると、エリー様は凄い形相で迫ってきた。慌てたリアはつい、いつも男共にしているように電気ショックを使ってしまう。これは気絶するほどのものではないけれど、痛い事は痛い。
「こ、この娘! ついに私に手をあげましたわ!」
「ご、ごめんなさい……だって、急に掴みかかってくるから……」
「まあ! 私が悪いと!?」
さらに状況は悪くなる。やっぱりエリー様はどこか情緒が不安定だよなぁ。コヘイ様はエリー様の現状を「荒んでしまった」と表現していたが、今の状況を見る限りそんなレベルではないと思う。
原因は20年ほど前にアテリア家を襲った不運だということはわかっている。過去の出来事がきっかけで精神のバランスが狂ってしまったのが今のエリー様だろう。これが現代日本なら精神科医で具体的な病名を貰えるのだろうが、この世界でそうはいかない。
(なあリア、この人やっぱどっかおかしいぞ。もう話すのは全部コヘイ様に絞るようにしないか?)
(……そうする)
もうリアもエリー様と関わるのが嫌になったみたいで、特に異議もなくコヘイ様だけを相手にすることに。
「コヘイ様、今回はその、スティアを勝手に駆り出さないでほしい、とお願いに参ったのです」
今まであったエリー様とのやりとりを全て捨て去って、改めてご当主さまへ願い出た。コヘイ様は最初首をかしげていたが、すぐにハッとして頭を下げた。
「す、すまない。私もついスティアがいた頃が懐かしくて、妻と同じように楽しんでしまった」
それは知っている。だってこの人もスティアを眺めながら目を輝かせていたからな。
「スティアを取りあげることはしない、と言いましたよね? 信じますよ」
「ああ、その言葉に嘘はない。不安にさせるようなことをしてしまった。申し訳ない」
でもやはりこの人はエリー様と違って話が通じる。所有権がリアにあることを認めてくれているし、当然返せとも言わない。
「あと部屋にも連れ込みたいのですが、ダメですか? なんか客室に入れちゃいけないって聞いたんですけど」
「いやいや、客人の持ち物なら問題ないよ」
行けると思って、更なる要求も通す。なんだ別に問題ないんじゃん、とリアはしばらく無視を決め込んでいたエリー様の方をチラッと見た。
「ぐぅぅぅ……っ!」
「ひっ」
彼女は貴族の夫人とは思えないほど激しく歯ぎしりしていた。流石にリアもこれには肌が粟立った。
「スティアを返せ! あなたにスティアを飼う資格はない! 甲斐性もセンスも品性もないあなたなんかに!」
「エリー! お前はなんて失礼な!」
ヤベェな。あまりに必死すぎる。今更ながらどうしてこの人はこんなにスティアに拘るのだろうか。不思議に思うこともあるが、方針通りに今は無視を続行する。
「ああ、コヘイ様。私は別に構わないので、それよりも先ほどの件をよろしくお願いしま──」
だがそう口にする途中、聞き捨てならない一言がエリー様の口から発せられた。
「あなたにスティアを幸せにできるものですか!」
苦し紛れに出た一言。だがそれはまっすぐにリアの耳から入って脳裏にしがみ付き、どうしてもこれを無視できなかった。
「は? 幸せ?」
反応したら負け、とすら思っていたエリー様へ言葉を返してしまう。
「そうです! このままアテリアにいれば、スティアは昔と同じく毎日美しい衣装を着て過ごすことができます! 着飾る事が何よりも好きなスティアにとって、この環境こそが一番の幸せでしょう!?」
「え……」
リアは思わず言葉を失ってしまった。ハッキリ言って、驚いたのだ。まさか芸術品としてしか見ていなさそうなこの人が、スティアが衣装関連に興味を示していると知っていただなんて。
「それに比べてあなたは、あんなお古を着せて!」
「そ、そんなの仕方ないじゃん! だって、この街に新品を売ってる服屋がなかったんだもん!」
「ふっ、それがガイリンから来た田舎者の限界ですわ。我々のような伝統のある貴族家ならば、伝手のある腕利きの仕立て屋をいくらでも王都から呼び寄せることができます。食事の席でも見たでしょう? ああいった質のいい、スティアだけの服をいくらでも用意してあげられるのですよ」
「ぐぎぎぎ……」
ああ、今度はリアの方がもの凄い歯ぎしりを始めた。
(リア、落ち着け! どうして挑発に乗るんだよ)
(だってこのお婆さん、私がスティアを幸せにできないって! 私はスティアの同胞で、誰よりもスティアの気持ちをわかってあげられるはずなのに!)
それなのに悔しそうにするということは、彼女にその自信がないということだ。
そして、それを見透かすかのようにエリー様は追撃の言葉を放つのであった。
「冒険者のあなたに帯同することで、スティアは心身共に疲弊するでしょう。彼女のことを考えるならこそ、決断すべきなのでは?」
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