第153話 不満
「君は冒険者になるために、ガイリンから南の大陸まで来たとか」
「えっと、そうです」
「ふん。未だに純人を奴隷とするような野蛮な地は離れて正解ですね」
「やめないかエリー。故郷への中傷など!」
エリー様のあまりの言いようを、コヘイ様が咎める。
(いや、自分らも亜人を奴隷にしてるじゃん)
リアは口に出す代わりに、俺に対して突っ込む。
山脈の南に位置する国家群に住む人間は皆一様にガイリンを未開だという。それは彼の国には自分達が遥か昔に捨て去った奴隷制が未だ根強く残っているから。
もちろん俺たちはまだその歴史を学んだわけではない。しかし、言わせてほしい。それって亜人の立場からすれば同じじゃん、と。
むしろ純人も亜人も分け隔てなく奴隷とする方が、公平に思えてくる。
だが、その違和感を目の前の相手にぶつけるわけにはいかないもどかしさ。
「まあ、それもありますけど、ガイリンは治安も良くないので……縁のあった凄腕の冒険者パーティに頼み込んでネイブルまで送ってもらったのです」
「確か【暁の御者】だったかな。調べたところ、この国でも盗賊退治に実績があるようだ」
まただ……。また情報が先回りしてる。気味が悪い。
談笑……といいつつリアのさらなる個人情報を暴こうとする嫌な時間が続く。向こうも謎の美少女冒険者であるリアを見極めたいのだろう。
俺たちにやましいところがないのならそれでいいのだが、実際あるのだから困る。リアもこれまで作ってきた自分の設定と矛盾しないように苦慮しながら、質問に答えていった。
「そろそろ料理を持ってきてくれるか?」
そして、ようやコヘイ様も満足したのか、控えていた使用人へそう伝えた。
「あ、ちょっといいですか」
だが、その前にこちらには聞いておきたいことがある。リアは恐る恐るエリー様へと向き直り、言った。
「スティアはどこでしょう」
「ああ、スティアなら今、用意をさせております」
「は? 用意?」
その言葉の意味を上手く飲み込めないでいると、使用人たちがそれぞれの料理を運び出した。
そして、それと同時に食卓から少し離れた場所にあるステージのような広い空間に何かを設営している。なんだあれ?
「あの、あれは?」
「食事中は静かになさい。黙って、出された料理と目の前の芸術に集中なさい」
「え、芸術……?」
怒られてしまったので、黙って皿の前菜を摘まみながらその完成を見守った。
使用人たちは絨毯を何重にも敷き、周りを花で飾り立て、ド真ん中に高価そうな椅子を1台置いた。そして、それに腰を掛けるのは……。
「スティア!?」
ずっと行方を気にしていた人物が唐突に現れ、当然リアは黙っていられなかった。それを咎めるようにエリー様に睨まれる。
豪華な椅子に腰かけたスティアは美しい姿勢を保ったまま微動だにしない。それはまるで美術館に展示された石像のよう。
「まぁ……」
ウットリした声が斜め前から聞こえてくる。
「失礼。わたくしも黙ってはいられませんでした。何せこうやってスティアの姿を眺めるのも、十数年ぶりのことなんですもの」
何だこの婆さん勝手だな。……まあ、いい。それよりこの状況だ。今俺たちは一同でスティアの姿を眺めながら食事を共にしている。
俺はこの状況に心当たりがあった。昨日、スティアがアテリア家でしていた事を語った場面だ。
『しいて申し上げるなら、そこに『いた』ということになります』
これ、まさか本当にその言葉の通りだったとは。これじゃあ本当に芸術品扱いだ。
「あれ、服が……」
リアはスティアの服装が変わっている事に気が付いた。先ほど別れる前まではスティアが古着屋で購入していた服を着ていたはず。だが今は黄色ベースに花の柄があしらわれた、布を身体に巻き付けたような衣装に身に纏っている。こんなのは知らない。
「ああ、あの古臭い衣装なら捨てました。折角のエルフにあのようなものを着せてどうするのですか」
「はぁ!?」
「幸い昔スティアに着せていたものが残っておりましたので、代わりに着せました。かなり期間が空いてしまったけれど、体型も全く変わっていなくて安心したわ。流石エルフね」
「あ、あのっ!」
これは不味いかもしれない。リアからもの凄い怒りの感情が伝わってくる。
「しっ! 黙って見なさい、あの輝きを。既製品なんかとは違う、あの子の為だけに作らせた服よ」
そう言われてリアはスティアへ再び視線を向ける。
豪奢な服を着て、下品にならない程度の化粧で飾り立てられたスティアは確かに綺麗だ。まるで人形のよう。
でも正直……何だか物足りないのだ。何と言うか、そこに胸打つ魅力がない。そう思ってしまうのは、今日、古着を両手に持って悩む彼女の横顔を見たからだろうか。
しかし、エリー様は何度も満足げに頷いていた。
(リア、気持ちはわかるが、今だけは耐えろ)
(わかってる。今この人たちと問題を起こすのはまずいって言うんでしょ。うん……わかってる……わかってる……服はまた買いにいけばいいから……)
折角買った服を捨てられた。その事実が何よりも効いているらしい。当然だ。スティアが折角選んだのに。
ただ、リアは何とか激情を抑え込むことが出来た。偉いぞ。アテリア家とは数日でおさらばという関係。今だけ耐えてしまえば……。
「ふぅ……ふぅ……」
リアは己の高まった熱を下げる為、小さく深呼吸を繰り返す。そして周りがスティアへと視線を送る中、ひとりだけ食事へとひたすら向き合う。
ここアーガスト王国では多種多様の食材、その素材の味をそのまま用いることが食事において最も尊ばれる。その為、一口で食べ終わるような小皿が何度もリアの元へ運ばれてきた。
(ねぇ、ミナト……これなに?)
(わかんねぇ……タコ?)
(タコってこの国、海ないでしょ?)
(いやだって歯ごたえがそれっぽいし)
正体の分からない食べ物を恐る恐る口に入れる。何だか旅館で食べる懐石料理のようだ。正直味がよく分からない。
「はむっ」
隣ではアトリが嬉しそうな顔で初めて食べる物に齧りついていた。マナーは悪いかもしれないけれど、可愛いからオッケーとさせていただく。どうせ、コヘイ様もエリー様もスティアばかり見てこちらを気にしていないから。
スティアは昔からこうやって彼らの余興として椅子に座り続けてきたのだろう。俺だったら1時間もしない内に嫌になるはずだ。それを何十年……いや、下手したら何百年と。もうその域までいけば、退屈だったり苦痛なんて感情はほとんど感じないんだろうな。
そうしてリアは気が張って仕方ない食事を終えた。食事を終えて子爵様たちに礼をするとその後は意外にも早く解放され、リアたちは宛てがわれた部屋へ戻る。その時にスティアも一緒に帰ってくるのかと思っていたのだが、彼女は一向に戻ってこなかった。
「今度は流石に文句言いに行くよ」
食事の席での余興扱いはまあ何とか我慢できる。だが、いつまで経っても今の取りあげられた状態が続くのはやはり納得できなかった。
「アトリは部屋で待ってて」
「うーん」
お酒が入ったこともあってかなり眠そうなアトリを残して、リアは部屋を出る。無駄に長い廊下を歩いていると、おばさんメイドに鉢合わせた。
「どうされましたか?」
「あの、スティアの事でエリー様とお話しがしたいのですが」
「奥さまですか? 少々お待ちください……」
メイドさんはリアを談話室らしき部屋へ通すと、慌ててその場を走り去ってしまった。
そこで待つこと30分程度。少し待ちくたびれて欠伸するリアの不意を突くように、談話室にエリー様が現れた。
「眠いのなら明日にすればいいのではよろしいのに」
「あっ、えっと、すみません」
リアは慌てて立ち上がった。
「まあ、よろしいです。それよりスティアの事で話があるとか」
「そうです。あの、スティアがまだ部屋に戻ってきていないので、何処にいるのかと」
「ああ。彼女なら昔寝食をしていた部屋にいますわ」
「……あの、一応彼女の
少し語気を強めてエリー様に告げた。
「あなた、少々考えが足りないようですね。客室に亜人を入れていいはずないでしょう?」
「はぁ……」
そうきたか。リアは何だか誤魔化された気分になって、一気に苛立ちが増した。流石にこれはリアも我慢できないか。
(リア、大丈夫か?)
(ごめん、ミナト。ここを出るまでなるべく大人しくしていたかったけど、ちょっともう無理)
(ああ……まあ、正直仕方ないと思うが……なるべくお手柔らかにするんだぞ?)
(大丈夫。絶対手は出さないから)
ここで黙って好き勝手やられるのは流石にリアの矜持が許さなかった。あくまで理性的にリアは怒りを示すようだ。
「それなら部屋にいられないのは仕方ないです。でも、今日の食事の時みたいに勝手にスティアを余興に使うのは控えてもらえません?」
「なぜ? 折角エルフがいるのに?」
「何故って、私がああいうのが好きじゃないからです。所有者である私がそう言うんだから、いいですよね?」
「所有者ね……」
エリー様はあからさまに不快そうな表情を見せた。反論が出来ないということなのだろうか。ともかく、今貴族のご婦人相手に喧嘩を売っているという事実に、俺はただ恐ろしくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます