第152話 貴族

「度重なる妻の横柄な態度をアテリア家の当主として謝罪する。申し訳ない……」

「あ、いえ、その……」

「彼女も昔はこうではなかった。全てはあの内乱からだ。繁栄の証であるマジックバッグを掠め取られ、賊共に父祖の地を汚され、我々の地位は瞬く間に失墜していった。その結果、アテリアを心から愛していた彼女は荒んでしまったのだ。無理からぬ話だと、私も当事者ながら思う」

「それは……その、えっと」


 その件に関してはアスオウジン氏から聞いた時から可哀想だと思っていた。だが、それをそのまま貴族様に伝えることは出来ず、リアは言葉を濁す。


「すまない。ただの愚痴だ。本来、貴族たる我々はどんな逆境に晒されようと、支配する領民の為に最善を尽くさねばならない。私も何とか出来ることを頑張ってきたんだが、あまり効果は出なかったんだ」


 巨額の投資が泡と消え、手元には借金だけが残った。更には自分の場所すらも荒らされて、むしろ街としての体裁がある事自体がその試行錯誤の結果なのではないだろうか。今のアテリアの状況を改めて考えて、そう思う。


 エリー様はともかく、このコヘイ様はこの街にとっていい支配者だろう。


「だが今回、君がマジックバッグを取り戻してくれた。これは荒んだアテリアにとってこれ以上ない追い風となるだろう。本当にありがとう。今日はそれを直接伝えたくて、ここへ君たちを呼びつけたのだ」


 そう言ってコヘイ様は再び頭を深く下げた。


 よく知らないが、貴族様が平民にこんな姿勢をとることはないと思う。


「えっと、この街の状況がいい方向に進むなら、それはよかったです」

「ああ。妻の言葉ではないが、きっとまたあの頃の栄光を取り戻してみせるよ。ようやくマジックバッグが戻ってきたのだから」

「あの、ずっと気になっていたのですが、マジックバッグひとつでそんなに変わるものなのですか?」

「すぐには変わらないだろう。だが街にマジックバッグがあると喧伝することで、まず物価の安定がアピールできる。元々我が領には豊かな穀倉地帯があって、交通の要衝でもある。そのことを考えると、近い将来またこのアテリアが多くの人で賑わう都市に戻る可能性は大いにあると、私は考えている」


 言い切らないところにコヘイ様の堅実さが見える。やはり便利な道具も使いよう、ということなのだろう。


 この人がどれほどの指導者か知らないが、折角俺たちのマジックバッグちゃんを返したのだから、何とか復興して欲しいものだ。


 さて、ひとまず感謝の言葉を受け取った後は、後始末について相談することとなった。まず、リアへの報酬について。


「正直言って、マジックバッグを取り返したくれた功績に見合う物を私たちは用意できないのだ」


 申し訳なさそうに、コヘイ様は告げた。


「いえ、代わりにスティアの所有権を頂いたので……」

「エルフであってもマジックバッグの価値には不足していると思うが……まあ君がそれでいいと言うなら」


 無い袖に期待はできないし、そもそも貴族からのお礼なんて恐ろしくて受け取りたくない。そう思いつつも、避けられないこともある。


 せめて、という気持ちがあったのか、俺たちは他にもアテリア市の名誉市民権を拝受することとなった。これはリアとアトリがアーガスト王国民として認められるうえ、アテリア領において納税や兵役などの義務が生じないことを意味する。これはこの場所に根を下ろすならかなりの待遇だが、近い内に早速ここを去る身としては全く意味をもたなかった。まあコヘイ様自身もそう思ってはいるだろう。本当に形だけ、って感じの褒賞だな。


 そして、やるべき後始末はこのアテリアだけには収まらない。


「今回の件は国王陛下にも奏上し、おそらく君は恩賞を得ることになるだろう。こっちでやることが終われば、すぐに王都ラピジアへ向かってもらうよ」


 今回がマジックバッグを取り戻した褒美なら、次は例の騎士団長ズレアを討伐した褒賞を国から貰い受ける。少し……いや、かなり面倒というか、気が重い。しかし、まだこの国でやるべきことは残っている。リアがパレッタ王国でしたように、全てを放り投げて逃げることは出来そうになかった。


「──では、そういう段取りで、3日後に褒賞式を行う。式典は一般公開となるので、アスオウジンはミナト嬢のサポートを頼む」

「かしこまりました。旦那様」


 褒賞式。正式にリアの手柄を認め、恩賞の授与を公表する儀式だ。政治というのは面倒なもので、話し合いがついてはいても、こういった行事を熟さないと話し合ったことが本決まりとは言えなくなる。正直かったるいが乗り切らないと。


 ということで、本日の話し合いは終わり。今日から3日間、俺たちはこの息の詰まりそうなお屋敷で過ごす事になる。その為の個室へアトリと一緒に案内された。


「リア、お疲れさま。難しいお話いっぱいしてたね」

「難しいというか、めんどくさい話ね」


 「もうやだー」とか言いながら、リアはぐでーっとうつ伏せにベッドで寝転んだ。


「アトリ、アトリ。日課、しよ?」

「えっ、ここでもするの? お貴族さまのお屋敷だよ? 壊しちゃいけないものとか……」

「ああそっちじゃなくて」

「えっ、えっ?」


 ほふく前進でベッドに腰掛けるアトリへ向かっていく。日課って、魔法の練習じゃなくてそっちかい。


 まあ確かにアトリの言う通り、貴様の屋敷で攻撃魔法とか使えないけどさ。


「ちょっとまっ──んっ」


 リアは誰に断りを入れる事もなく、日課の魔力補給を始めてしまった。今日も生まれたばかりの魔力がアトリへ流れていく。大きな魔力が流れ込んでくる感覚は少々独特で、快楽ともとれる感覚に襲われる。


 今は彼女が嫌がっていないからいいものの、あんまり強引すぎるといつか嫌われるぞ。


(はぁ……しょうがない。ここは宿じゃないんだから、ほどほどにしとけよ)


 ずっと俺の意識があると、アトリも恥ずかしいだろう。という事で俺はいつも通り沈むギリギリまで感覚を遮断し、しばらくの間消えることにした。






「ねぇリア。スティア遅くない?」

「確かに。もうすぐ食事の時間なのに……」


 窓を開け放った先に見える空は既に夜の帳が下りていた。


 エリー様がスティアを連れて行ってもうかなりの時間が経過しているではないか。一体何をしているというのだ。


「どうする? 聞きに行く?」

「いや、食事の席で聞いてみるよ。先に行ってるだけかもしれないし」


 貴族を急かすのも少し怖い。丁度いい機会があるならそれを利用しようと、リアはすぐに動きはしなかった。


 それにしてもエリー様はスティアと何をしているのだろうか。俺たちとしては、正直なところ、今までのスティアの心を作ったエリー様とはあまり接して欲しくない。


(なんならコヘイ様に頼んで何とかしてもらうか?)

(うん。それも考えないとだね)


 いくら貴族とはいえ、主張するべきことは主張しないとな。なんなら多少争うことも辞さない。大切な同胞のことだから。


「ミナト様、お食事のお時間です。食堂へご案内いたします」


 迎えに来たおばちゃんメイドに連れられて、リアたちは晩餐に挑む。


 アテリア家の食堂へ向かうと、既に夫妻が揃って待っていた。


「す、すみません。遅れたようで……」

「いやいや、案内を寄越したのはこちらだ。何も問題ない。さあ、かけられよ」


 エリー様の刺すような視線に一瞬気後れして咄嗟に謝ってしまったが、コヘイ様の言う通りこっちは何も悪くなかった。謝り損だ。


「あ、ども……」


 リアはメイドに案内された席に腰掛ける。目の前には、いかにも華麗なるご家庭が食事をとるのに使っていそうな長机がある。コヘイ様が丁度リアの目の前に座っていて、その隣にエリー様がいる。つまりアトリは彼女と向かう形になっているのだが、意外な事にアトリはニコニコと表情を一切崩さなかった。この子、意外に大物なのか?


「では、始めよう」


 コヘイ様が合図を出すと、数人のメイドさんがそれぞれグラスを渡してきた。これはアレか。乾杯的な。


「それではミナト嬢との出会いに」


 なんだか洒落た言葉を吐きながら、コヘイ様はその白髪頭をピクリともさせず優雅にグラスに口をつける。


 流れるように隣のエリー様も続いたので、リアも慌ててグラスに口をつける。


「うぇっ」


 あ、これ酒じゃん。リアは思わず変な声を出してしまった。


「おや、酒は苦手かな」

「えっと、その、初めて飲みました」

「なんと……!」


 果たして驚かれるほどだろうか。だって未だに子供だと思われることもあるリアだぞ。


「故郷では20になるまで飲酒が禁じられていました」


 当然これは日本での話であるが、とりあえずそういうことにしておく。


「故郷というとガイリンだったかな。そんな風習があるとは知らなかった」

「そうで……す?」


 え、なんで知ってんの? まだ出してない情報をさも当然のように。いや、まあブラフの個人情報だけどさぁ。


「『どうしてそれを』という表情をしていますね。我々貴族が対面する者の裏を調べないとでも?」

「えっ」


 睨むような視線をこちらへ寄越しつつ、エリー様は言った。


 いやそりゃあそうだけど、その裏をどこから? ブラフの個人情報を掴んでいるという事は、まさかギルドか。だとしたらギルドのヤツら、思い切り土着権力に与してんじゃん!


 焦るリアに反して権力側のふたりはあくまでも当然のことをしたまで、といった感じ。これがおそらくルーナさんに近いギルドなら、リアの個人情報をしっかり守ってくれているはず。

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