第151話 落ち目のアテリア家
宿からアテリア家の邸宅までは、わざわざ馬車を使うほどの距離ではない。しかしアスオウジン氏によると、車を出して客を迎えるということが貴族としてのプライドなんだそうだ。金も無いのに色々と大変そうだ。
ほぼご近所なので、俺たちが乗る馬車はあっという間にアテリア家の邸宅前へと到着する。
「あれ?」
数日前に訪れた時には誰もいなかった門前に人が立っていた。小綺麗な甲冑を身に纏った大男だ。
「おう、待ってたぜ。中へ入ってくんな」
恰好とは正反対の口調で話しながら、男は親指で屋敷の方角を指した。貴族の家を守る門番にしては口調も仕草も荒っぽいな。
「まあ、その……急ごしらえということで、彼の事は深くは考えないでください」
「あ、はい」
エキストラでも雇ったのかな。まあ、どうせ形だけなので、これでいいのだろう。
馬車はそのままハリボテの門を通過し、しばらく敷地内を走る。ポツポツ見える廃屋は納屋か何かだろうか。
しかし広いな。前に下見に来た時も思ったが、大学の敷地ほどはあるぞ。建物はともかく、面積だけは流石貴族の邸宅といった感じだ。
(こことか昔は綺麗な庭だったんだろうな)
(うん。少し『王の樹海』を思い出すね)
だだっ広く、荒れ果てた中庭の見える辺りを通り過ぎると、ようやく屋敷までたどり着いた。表には黒服のおじいさんを筆頭に、数人のおばさんがこちらの到着を待っていた。
「お待ちしておりました。お客様方。本日皆さまをご案内いたします、イーティと申します。アテリア家では執事長を務めております」
黒服の老人はしゃがれた声で言った。
近くで見みてみると、執事らしく彼は飾り気の少ない黒服を着ていた。
そして挨拶こそなかったが、周りのおばさんたちは女中さんといった感じだろう。若い人がいないという点には今更突っ込まない。
(おお! 本格的!)
よく見ると、おばさんたちの服装はどことなくメイドっぽい服だ。ベースは白黒で左右を交互に重ねるような所謂着物っぽい様式ではあるけれど、フリルみたいな飾り気はあるし、何とも言えない可愛げを感じる。これまで訪れた国ではなかなか見たことのないデザインだった。正直こういうのでいいんだよ、と言わざるを得ない。
ここに来てついにメイドさんが来た。例えそれか巨乳美少女でなくとも、メイドさんは良いものである。俺はメイドさんが好きだ。世界で一番魅力的な職業だと思う。
「どうかされましたかな」
リアもメイドさんが気になったようで、視線を釘付けにしてしまっていた。誤魔化すようにひとつ咳払いすると、彼女は佇まいを正して彼に向き直った。
「ごめんなさい。なんでもありません」
「そうですか。それでは、こちらへどうぞ」
屋敷のドデカい扉が左右に開かれ、リアたちは中へ案内される。
屋敷の中はそれなりに掃除が行き届いているようで、小綺麗な空間となっていた。ただ丁度品があんまりないのは視覚的に少し寂しいかもしれない。
「ねぇリア、凄く広いおうちだね」
耳元でささやくアトリの声がこそばゆい。彼女の中では貴族の家という超恐縮ポイントよりも好奇心が勝っているらしい。
「アトリ、楽しいのは分かるけど、大人しくしていてね。高そうな壺……とかはないけど、一応気を付けて」
「わかってるよ。『とーときみぶん』の人の家だからね」
その言い方は分かってないな。まあ今まで身分なんてない世界に生きていたのだから仕方がない。
「そうだよ。もしアトリがその辺の家具に傷でもつけたら、私が首チョンパされちゃうかも」
「ひっ」
リアが脅すとアトリは固まってしまった。少し大げさであるが、何があるかわからない以上、過剰なくらい身構えるのが正解なのかもしれない。
そして、そんなアトリとは違い、スティアの方は気を付ける必要はないだろう。何年ぶりかは知らないが、彼女も元はこの屋敷に住んでいたのだから。
そのスティアといえば、彼女はおばさんメイドたちと談笑していた。
「久しぶりねぇスティア、私のこと覚えてるかしら?」
「勿論です。クリヤさまですね。よくわたくしの衣装替えをしていただきました」
「昔のことなのによく覚えているわね! 私が子供を産む前に一度ここを辞めてからだから、えっと……大体40年ぶりくらいなのに」
「覚えておりますよ。その、よく壺を割ってイーティさまにお叱りを受けていたのが印象的で」
「どうしてそんな事を覚えているの? 恥ずかしい!」
どうやら旧知の仲のようだ。彼女らは同窓会でもやっているかのように昔を懐かしんでいた。
「あなたは本当に昔から変わらないわね。私なんて、子供を産んでから一気に老け込んだのに」
「わたくしはエルフですから。しかし、クリヤ様は今でもお綺麗ですよ」
「まあ!」
それにしても相手が亜人とはいえ、何年も一緒にいれば愛着も湧くんだな。このクリヤとかいうおばさんの態度を見て、そう思った。
そしてスティアも意外とうまく会話を熟している。純人と亜人奴隷といっても、役割の違いだけで確執はなかったのかな。
あとさ、40年ぶりってなんだよ……。スティアは一体何歳なんだ。今更長命種の時間的スケールの大きさに驚くのもどうかと思うのだが。
「こほん。お客様方、こちらの応接間でしばらくお待ちください」
思い出話に聞き耳を立てていると、先導していた老執事イーティさんの足が止まった。彼は案内した部屋のソファへ俺とアトリを座らせると、そのまま部屋を出て行った。
スティアは……やっぱり座らないようで、俺たちの後ろに控えている。まあ、今から応対するのは貴族様だ。この大陸の常識でいくと、亜人が対等の席に座るわけにはいかないか。
リアはぐるりと部屋の中を見渡す。ここには今まで通ってきた通路にはなかった壺や絵画などの調度品が揃っていた。応接間だけは流石に飾り付けとくか、という姑息さが伝わってくる。
おばさんメイドたちが入れてくれたお茶を飲んで待つこと大体5分。「旦那様のご到着です」というメイドさんの耳打ちを受け、俺たちは慌てて席を立ち、その場に膝をつく。アスオウジン氏によると、これがこの国で王侯貴族との対面で、下の物がとる作法らしい。アイロイ様と話した際はこんなことを求められなかったので、少し戸惑った。
応接間の大きな扉が開かれると、豪奢な装いの老夫婦が現れた。彼らがアテリアの領主だろう。アスオウジン氏から聞いていた人相と一致していた。
向かって左に立つ碧眼白髪頭の男性が現アテリア家当主のコヘイ・アテリア。
右に立つ藍目赤褐色髪の女性がその妻であるエリー・アテリア。
「楽にしなさい」
老人特有の低くかすれた声が応接間に響き渡る。コヘイ様のその声は、ただ老いさらばえた声というよりも、威厳や苦労を思わせる渋みを含んでいた。
「お言葉に甘えます」
「お、お言葉に甘えます」
リアはアスオウジン氏を真似て、ゆっくりと腰を上げ、再びソファへ腰掛けた。
「本日は突然の呼び出しにもかかわらず、よく来てくれたな」
コヘイ様はリアたちの向かいに座る。すると、少し雰囲気が柔らかくなった気がした。
「……ミナトさん、返事を」
「はっ……!」
とはいえ、依然緊張するものは仕方ない。貴族の家に招かれるなんて、こんな状況初めてだからな。
(リア、あんまり難しく考えるなよ。失礼の無いように言葉を気を付ければいいんだ)
(もーっ! それが難しいんでしょうが!)
それもそうだ。ただ、相手はこちらが学のない冒険者である事を知っているし、そもそも向こうから仕組んだ会談なわけなので、多少の無礼はその寛容な心で許してくれると思うのだ。
だから、落ち着いて聞かれたことに応えればいいんだぞ。
「いえ、その、当然の事をしたまでです」
……でも、それはなんか違わないか?
「少し緊張しているのかな? ここは貴族家といっても、落ち目も落ち目のアテリア家だ。一度、お茶でも飲んでから落ち着いて話しなさい」
「は、はい……」
あ、よかった。この人はいい人そうだ。
優し気な対応でリアの緊張もほぐれる。そう思ったのだが……。
「あなた、気軽に落ち目だなんて言わないでください。我がアテリア領はこれからまたあの栄光を取り戻すのよ!」
「エリー、客人の前だぞ」
横からコヘイ様を嗜めるのはエリー・アテリア様。逆にこの人はこわそう。
アスオウジン氏から予め聞かされていた情報によると、コヘイ様は婿養子として位の高い貴族家からこのアテリアへやってきたそうだ。アーガスト王国自体が男尊女卑なので、コヘイ様が当主をしているが、アテリア家の正当な血筋はこのエリー様となる。
これまた面倒そうな……。
「いやすまない。関係のない話はこの辺りにして──」
コヘイ様は表情を崩すことなく、エリー様をあしらい、話を進めようとする。そこは長年夫婦をやっているだけあって、癖の強そうなエリー様を抑えることには長けているようだった。
「君がズレアを討伐し、我がアテリア家のマジックバッグを取り戻してくれた冒険者ミナトで合っているかね?」
「は、はい」
「ふむ……正直半信半疑だったが、恐ろしいほど若いな。そして可憐な少女だ」
「怪しいですわね。本当にこのような小娘があのズレアを?」
エリー様はギロリとリアを睨む。その目を見てみると、深い皴と目の下の隈が彼女の妙な恐ろしさを演出していた。
「こら、やめないか。実際に証拠があるんだ。それに魔法位だって高い。若い身空で有能な魔法を多く身に着けているのだろう」
「魔法……信用ならないわね」
魔法と聞いて、彼女のリアを見る目がさらに胡乱なものを見るものになった気がする。その理由はわからないが、ここまで敵視されると非常にやりにくい。
「エリー、君はもう黙っていなさい」
「なぜですか!」
「恩人に対して非常に失礼で、そしてなにより、話が進まないからだ。もうここは私に任せて下がっていなさい」
「くっ……わかりました」
なにやら夫婦間の雰囲気も悪い。エリー様は立ち上がり、部屋を去ろうとする。その途中で、リアの後ろに控えるスティアへ視線が移った。
「スティア、供をなさい」
「えっ! ちょっとスティアは!」
「なんですか? 元は私の亜人ですよ」
「いやでも!」
今度はスティアを連れ出そうとする。
リアを蔑ろにするのはともかく、スティアを自分のモノのように扱うのは引っ掛かる。というか、いい加減腹が立ってきた。
「すまない。勿論取りあげたりしないから、今だけは供を許してやってくれ。妻もスティアとは久しぶりの再会なんだ」
「はい……」
だが、ご当主からそんな腰の低いお願いをされると文句も言えず、リアは連れて行かれるスティアを黙って見送るしかなかった。
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