第150話 スティアの目標?

「あの、ご主人さま。上下5セット、選ばせていただきました」


 しばらく自分の服を見ながら2人を待っていると、スティアから声がかかった。


「わかった。どんなのか、見てもいい?」

「勿論です」


 スティアが抱えている服をセットで確認していく。意外といっては何だが、全て豪奢という印象をそれほど受けなかった。有り体に言うと、凄く庶民的。でも、どことなく洒落ている。


 きっとセンスがあるんだろうな。毎日豪華な服を与えられていたことで、目が肥えているんだ。しかし、庶民が着る服にまで感性をアジャストできるとは。


「いいじゃん。このリネンのスカートとかいい感じ」

「ありがとうございます」


 わかんないけどとりあえず褒めた、的なリアの言葉にもスティアは笑みを崩したりしなかった。本気で喜んでいるのかどうかはわからない。


「試着はしてみた?」

「いえ、自分に合うサイズは一目でわかるので」

「えっ、マジ?」

「はい」


 スティアは涼しい顔で頷いた。よく分からないが、これも才能なのか?


 まあ、これだけ自信満々に言うなら大丈夫だろう、とリアはそれ以上の追及はしない。


「そっか。じゃあ、アトリが選び終わったら一緒に買おうね」

「はい。ご主人さま」


 大事そうに選んだ服を抱えるスティアに何だかこう、得も言われぬ感覚を呼び起こされる。


 そして、アトリはというと。


「うーん、こっちかなぁ……でもこの色も綺麗だし……」


 絶賛悩み中だった。服選びに時間をかけるのが女の子って感じ。やっぱり似非女子のリアなんかとは違うな。


「アトリ、まだかかりそう?」

「あーごめんね? 最後の1着が決まらなくって……」


 彼女もスティアと同じく、上下セットで5着という制限で服を買うことになっていた。最後の1着は、カーキ色のパンツにどのシャツを合わせるかで悩んでいるようだ。


(むむむ。これに関してはまったくアドバイスできない……アトリって全部似合っちゃうから)

(素直にわからんと言え)


 とはいえ、俺もこういう事はよくわからん。全部可愛いじゃんって思うんだけど、相手からすれば微妙なこだわりで揺れている部分があるそうな。


 どうすべきか、と悩んでいる所で、またもやスティアはアトリの持つ服をジッと見つめていた。


「だって、スティア。どういうものが合うと思う?」

「えっ、いや……わたくしが口を出すわけには」

「別にスティアが買う服を選ぶわけじゃないから。あくまでアトリが服を選ぶ参考にってだけ」


 リアがそう言うと、スティアは下唇を噛み真剣な表情でアトリが選択肢としたいくつかのカジュアルシャツに視線を寄越した。


 そして考え込んで、数十秒が経過した。


「よろしいでしょうか」


 スティアの考えは纏まったようだ。


「わたくしはそちらの黒のシャツがいいと思います。その色のパンツと組み合わせると、全体的にさっぱりとした印象になるかと。落ち着いて見えると言いますか……語彙が追い付いておらず、申し訳ございません」

「なるほど……確かに大人っぽいかも」

「そちらの服に合わせた白のブラウスを使ってもいいかもしれません。その場合だと、より上品にといいますか、清楚な感じに纏まるかと」

「わぁ、ほんとだ。じゃあこっちは?」

「そちらとそのパンツでしたら、少し地味になりすぎるかもしれません。どちらも主張の弱い色ですから」

「そうかな……ああ、でも確かにどっちも土っぽい色だもんね」


 アトリとスティアは真剣に服について語り合っていた。


(え、まって。これ私だけ寂しいやつ?)

(いや、リアも話に入ればいいじゃん)


 日常アニメみたいに女の子3人でワイワイ楽しくやってくれ。


(でもでも、ふたりとも楽しそうに服の話してるから……)


 なんだか久しぶりに、コミュニケーションに困るリアを見た気がする。とはいえ、俺も真っ向から女の子とファッションの話をするのは無理かもしれない。ならば、ふたりの会話から少しでも勉強すればいいのだ。


扁桃アーモンドの花のようなアトリさまの御髪は、視覚的に刺激の弱い色だと思います。なので、ワンポイント程度なら上下のどこかに強い色を使っても、そこまで粗野な印象にはならないかと」

「なるほどー。髪色も考慮に含めないとなんだね」


 この世界の人間はみんなカラフルな髪色をしている。そこもファッションの一部として考えてやる必要があるようだ。


 ひとつ学びを得たな。その事実以上の発展は出来そうにないけれど。


(どう、わかるか? リア)

(わかるわけないじゃん。とりあえずスティアにそっちの才能があるってことはわかるけど)


 結局、俺たちはふたりが楽しそうに服を選ぶのを見守るしかなかった。でも活き活きしたスティアの顔を見られたので、良しとする。


「多分スティアはルーシュさんと話が合いそうだね」


 選んだ服を購入して、宿へ戻る。その途中、リアはスティアへ語る。


「ルーシュ……さま?」

「ああ、そりゃあ知らないよね。ルーシュさんっていうのはネイブルの首都で服飾の仕事をしている人だよ。デザインだったり、ブティックや縫製工場の経営をしているの。覚えてる? 私がスティアを迎えに行った日に着ていたドレス。アレはルーシュさんのお店で買ったんだ」

「あのドレスですか!」

「おおっと」


 思った以上の食いつきだった。これはあの服がスティアの御眼鏡に適ったと思っていいのかな。


「わたくし、初めてお見掛けした時から素敵な衣装だと感じていました。特に首元から背中にかけてのレース編みからチラリと地肌が見える所が! それに生地の質感も今まで見たことのないものでしたし」

「そ、そうだね……」

「あの、ネイブルという国はこれからわたくしが向かう国ということですよね? ということは……」

「うん。このままいけば、スティアもあのお店に連れて行けるかも」

「本当ですか!」


 ああ、スティアが嬉しそうだ。今まで見た中で一番いい笑顔かもしれない。


「でもネイブルって亜人が入れない国だから、スティアにはちょっと頑張ってもらわないといけないかもね」

「そ、そうなのですか」


 見た目を誤魔化すこともそうだけど、一番はスティア自身の意識だろう。己の目的の為に自分が亜人であることを隠せるよう、自発的で自己中心的な考えを持つこと、つまりは奴隷根性の撲滅がスティアには必要だ。


 そのためにこれからの旅でスティアには成長してもらう。今朝ならともかく、今ならそれが可能に思えた。


「今戻りました」

「お帰りなさいませ、お客様。先ほどアスオウジン商会から使いがありまして、お客様宛に伝言を承りました」

「伝言?」

「はい。『夕刻、お迎えを寄越すので、宿を引き払う準備をされたし』とのことです」

「えっ、夕刻?」


 また急な話だ。それに宿を引き払うって、どういうことだ?


 とりあえずリアは伝言の通り、準備を進めた。宿を引き払う準備といっても、やることは荷物の整理くらいだ。そんなもん新生マジックバッグちゃんに物を放り込むだけですぐに終わった。


 そして日が傾いてきた頃になって、宿へ迎えの馬車がやって来た。


 リアが乗せられたのは、やけに豪華な馬車だった。その中にはアスオウジン氏がいた。


「いやぁ、すいませんね。急なお知らせでした」

「それはいいんですけど、この馬車は何処へ? それに宿も引き払うって……」

「御心配には及びません。今からお連れするのはアテリア家ですよ。ご当主様があなた方をご招待するという話です。お連れ様と、亜人もご一緒に」


 穏やかな表情でアスオウジン氏はアトリとスティアへ視線をやった。


 心配するなと言われてもな。なにせ相手は権力者だ。そんな人の招待だなんて普通不安になるだろう。

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