第149話 彼女の興味を引く物

 スティアは手元にいくつか衣服を引き寄せ、真剣な表情でそれらを見比べていた。


(あれ? もしかして服を選んでる?)

(そうとしか思えないけど……どうなんだろう)


 彼女のこんなに真剣な表情は始めて見た気がする。興味が湧いたこともあって、リアはジッと彼女の方を見ていた。


「あっ……いえ、その、これは」


 だが、うっかり気付かれてしまう。


 スティアは咄嗟に持っていた衣服を手放す。そして、一呼吸入れた後、深々と頭を下げた。


「ご主人さま。大変申し訳ございません。勝手な行動をしてしまいました」

「はあ」


 こっちにとってはまったく的外れの謝罪だ。行動に興味があるから見ていたのに。


「今、何をしていたの?」

「い、いえ……その……特には……」

「いいから本当の事を言って? 命令ね」


 リアはただ先ほどの行動が彼女のどういう心境からくるものなのか、見極めたかった。命令だなんてキツイ言葉を使ったのは、そういう言葉を使わないと答えをはぐらかされてしまうと思ったからだ。


「その、本当に何をしていた、ということではないのです。ただ、わたくしは少し不思議に感じてしまって」

「不思議って、どういうこと?」

「そのですね、わたくしが前の主の元にいた頃は、毎日着る服がキッチリと決められていました。使用人が毎朝、昨日とは異なる服を持ってきていたのです」

「うんうん。それで?」

「それに商人の元にいた頃は何年も同じ亜人服を着ていました。だから、こんなに多彩な衣服に囲まれたことがなくてですね」

「この光景が不思議だったんだ」

「そうなのです」


 申し訳なさそうにスティアは言った。けれど、こうして人形みたいだったスティアが何かを感じるという事がリアには新鮮に思えた。


「これとこれを見比べていたのはどういうこと?」


 そして、もう少しそれ以上の答えを引き出したくなる。リアは咄嗟にスティアが手放した服を拾い上げて問いかけた。


「その……先ほどわたくしが申し上げた『何もしていない』といった趣旨の発現には、虚言が含まれておりました。大変申し訳ありません」

「いやいや、あやまらなくてもいいよ。それよりどういうことか教えて?」

「えっと、わたくしにとってここにある服は今まで着たことのない部類のものばかりで、どの衣装がより自身の美的感覚に合致するものか見比べていたのです」

「そっか」


 リアは満足気に息を吐き出した。


「スティアって、こういう服とかに興味があるんだね」

「えっと、そう、なのでしょうか……」

「いや絶対そうでしょ。だって昨日は美味しいもの食べても眉ひとつ動かさなかったのに」


 それに比べて、あの服を見比べる顔は真剣そのものだった。今現在服を選んでいるアトリにも負けないくらい。興味がないとあんなことにはならないよな。


(ほーら、言っただろ? スティアだって、ひとりの人間なんだし自我はあるんだ)

(それは元々わかってたよ! 先は長いなーって思ってただけじゃん!)


 リアの考えていた通り、俺もスティアの個性の欠片を掴むのに数か月程度はかかると思っていた。しかしなんと2日目にして、懐柔の手がかりを見つけた。これは非常に運がいい。


(その調子でどんどんスティアと会話して、仲良くなってくれ)

(言われなくてもわかってますー)


 とはいえ、スティアはまだまだ自我を出すことを恥だと思っている。その認識をどうにかしないと、命令でしか動いてくれない状況は変わらない。ならば、どうするか。色々と考えるも、すぐにどうしようもないことだと悟った。ルーナ村のラプイノンママならともかく、知識のない俺たちには泥臭くコミュニケーションを続ける以外に選択肢はないのだ。


「折角だからスティアの分は自分で選んでみる? 数はそう……洗い替えも含めて上下セットで5着くらいかな」

「わたくしの分ですか?」

「そうだよ。だって、今はその亜人服しかないじゃない」


 亜人服。最近知ったのだが、今のスティアの服や、リアがガイリンからアーガスト王国まで運ばれる際に着ていた粗末な服が一般的にそう呼ばれている。亜人が売られるときに着る服だから亜人服というらしい。まんまだな。


 元が貴族の奴隷だったこともあり、スティアのそれは多少しっかりした素材だが、味気なく粗末な事に変わりはない。


「しかし、わたくしが選んでもよろしいのでしょうか」

「勿論いいよ。だって私が勝手に選んじゃって、もしスティアが気に入らないデザインだったら嫌でしょ?」

「いえ、その、お言葉ですが、わたくしの好みなんて関係ないと思うのです」

「そんなことないよ。誰だっていいなって思った服を着たいと思うでしょ? そういうのが一番だよ。スティアも自分の美的感覚があるっていうなら、それに従って服を選んでね。値段は気にしなくていいから」


 これはアブテロで出会ったルーシュさんの受け売り。でも真理だと思う。


「中古品で悪いけどね」


 最後に軽くスティアの肩を叩いてリアはその場を離れた。


(いい感じだな、リア)

(まあね。ミナトの言う通り、スティアは自分のことをよく分かってないだけなんだね)

(まー境遇が境遇だし)

(流石は百戦錬磨の男。女の事なら何でもわかる)

(エロゲだけだけどな!)


 それに服飾関連に興味があるとは思いもよらなかった。


 おそらく毎朝豪華な衣装を用意されるような日々の中で、無意識的に服への興味が生れていたのだろう。ただ、亜人奴隷という身分で自らアプローチする機会もなく、自分でもそれに気が付かなかった……という想像。


 何にしても、これを呼び水として、本当のスティアを沢山知っていきたい。


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