第148話 スティア
「今晩はお魚か、お肉かどっちにしようってリアと話してたの。でも、もしスティアに食べたいものが別にあるならぜひ教えてほしいな」
今日はもう陽が暮れる時間なので、食事に行こうという話になった。折角スティアが旅のメンバーに加わったので、とアトリは彼女の好みを優先するつもりだった。
「食べたいものですか。特には……出された物をいただきますわ」
だが予想通りこれという答えは帰ってこない。困ったもんだ。
結局リアたちは宿に用意してもらった食事を3人でいただく。意外にもスティアは共に食事を摂ることに遠慮はなかった。
俺のイメージする奴隷だったら、「はわわ! ご主人さまと同じテーブルで食事をするだなんて!」みたいなことを言うんだけどな。ラプニツくんもそんな感じだったし。
スティアの場合、それよりはむしろ「食べているわたくしを見なさい!」と言わんばかりに匙を握る手の動きは軽やかだ。そして、何といってもその所作が美しい。流石鑑賞用の奴隷って感じだ。
その後風呂へ入ることになっても、スティアはさも当然のように、アトリによって身体を洗われていた。この人、態度もそうだけど、喋り方からして奴隷感がまったくないんだよな。むしろ貴族令嬢に見えるわ。それ洗っている方が元貴族令嬢(自覚ナシ)なんだぞ。
そして、これは特に重要な事でないが、スティアさんの裸は結構なかなかのフルプライスっぷりだった。特に形が凄くよい。……ああ、どうでもいいよ。だからそんなに見なくてもいいよリア。
で、ようやく寝る時間となった。部屋はプラン変更前のツインベッドで、3人寝られるスペースがない。明日からは別の部屋が空くらしいので、今日だけは狭いのは我慢だ。
聞いてみると、やはりというか、スティアは今まで広いベッドを独り占めしていたらしい。お姫さまか。
(仕方ないね。今日はアトリとくっついて寝ようかな)
(いや、それいつもじゃん)
今ツインベッドの部屋をとっているのはアイロイ様が予約したからだ。いつもは夫婦用のデカいベッドが置いてある部屋をとっているのは内緒で。
まあいいや。アトリはいい匂いがするから睡眠導入力は強い気がする。その予想通り、まだ残っていた疲れとアトリの匂いのおかげでリアはものの数分で強い睡魔に襲われた。
今日は色んなことがあった。マジックバッグの完成にスティアとの出会い。
今の所リアはスティアに対してあまり親しみを覚えていないけれど、その内一緒に寝たいって思うほど好きになるだろう。なにせアイツは女の子に対してはバカチョロいから。
(ちょいちょい、それ伝わってんですけど)
(お、やべ)
はよ寝よ。
朝、目を覚ますと隣に可愛いアトリの寝顔があった。はい、今朝も可愛い。
そして、もう片方のベッドには……。
「おはようございます。ご主人さま」
寝起き感の全くないスティアが悠然とベッドに座っていた。もしかして、かなり早起き?
「ああ。おはよう」
身体の主がまだ起きていないので、代わりに俺が挨拶する。これが俺と彼女が初めて言葉を交わす瞬間だった。
リアはスティアに自分がエルフであることを喋ったが、俺という存在まで話すつもりはないらしい。
これから一緒に旅をするということで、俺たちの都合を知らないと苦労することもあるだろうが、だとしてもリアは愛情の無い相手に俺を紹介するつもりはないのだという。確かにあまり俺という存在を周りにバラして欲しくはないが、そう言われるとスティアがリアに拒絶されているようで何だか悲しかった。
「突然だけど、スティアって何か好きなことあるの?」
だからってわけじゃないけど、俺は彼女と話してみたいと思った。俺が昔生きていた環境に、こういう人は居なかったからだ。
「好きこと……とは?」
「えっと、これをしてる時間が一番楽しいとか、そういうこと」
「そういうのはありませんね。わたくしはエルフですから。ご主人さまのご指示に従うだけですわ」
「本当か? スティアだって、生きていて何も感じてないわけじゃないだろ?」
「それはそうです。ベッドの枠に足をぶつけてしまうと痛いと思いますわ。しかし、楽しいという感情はよく分かっていません」
「そうか。ならこれから好きとか、楽しいを見つけられると良いな」
「ご主人さまの必要とあらば」
「いや、まあ……うん」
結構いい流れだったと思うんだが、結局こちらに譲る、というところに着地してしまう。
(ミナト、何やってんの?)
(ああ、リア。おはよう)
(うん。おはよう。で、どうしてスティアと話してるのさ)
(少しでも彼女のことを知ろうと思ってな)
(ふぅん。大変だね)
リアは興味なさげな反応を返す。
(リアもどんどん話そうぜ)
(無駄でしょ? だってこの人、人形みたいなんだもん)
(そんなことない。ただスティアは色んな感情に名前がついていないだけなんだ。そこを俺たちが教えてあげられたら……)
(……ミナトは凄いね。それってさ、言っちゃえば親がすることじゃん。いくら同胞だからって、それはちょっと重いよ)
(そうかな? まあ、確かに先は見えないけどさ。でも根気強くやっていけば、絶対スティアは答えてくれるはずだよ)
かなりメチャクチャな逆説だが、彼女にも≪金≫の魔法位が宿っている以上、心はあるのだから。
(とにかく、リアもスティアを見捨てないでやってくれ。彼女だって進んでこうなったわけじゃないんだから)
(別に見捨てるつもりはないよ! ただ、今はちょっと気が遠くなってる途中なだけ!)
(ああ、そうか)
ルーナさんの村でも3年はじっくりと社会に溶け込めるように時間をとっていた。こっちもまたネイブルを訪れるまでは根気強くスティアとやっていこう。
「んにゃ……リアおはよー」
可愛らしい声を出してアトリが起き出してきた。俺はリアに身体を返すと、彼女たちは3人揃って朝の準備を始めた。
今日の予定は特になし。というか今後の事はアテリア家からの連絡次第だ。早いこと連絡してきてほしいものである。
「さて準備したはいいものの、今日はどうしよっか。アトリはどうしたい?」
「そうねぇー。とりあえず朝ごはん食べるでしょ? その後だよね。スティアは何か用事ある?」
「亜人であるわたくしに予定などありませんわ」
「えっ」
アトリの問いかけにスティアはさらっとエグい返しをしていた。そりゃまあ現在も記録上は奴隷であるスティアに予定なんてあるはずもないけれど、あまり身分というものをよくわかっていないアトリには多少ショッキングだったようで、彼女はハッとした表情を見せた。
「アトリ、スティアは私たちと一緒になったばかりだから、まだやる事とは無いんじゃないかな」
「そ、そっか」
「とりあえずスティアは私たちと一緒に行動してね」
「かしこまりました。ご主人さま」
「別にかしこまらなくてもいいけど……まあ、いいや。ああそういえば、服買おうって言ってたっけ?」
ふと、アテリアに着いた頃、アトリとそんな話をしていたような。
「この辺りに服屋さんあるの?」
「ちょっと南へ行った所に古着屋があったはず」
「古着屋?」
リアのその言葉に反応する声。意外にもそれはスティアのものだった。
なんかおかしなこと言ったかな、とリアは少し不安になる。だが一方で、おかしいことを言ったところで反応が返ってくるとは思わなかった。
「スティア、古着屋がどうかした?」
「いえ、別になにもありませんわ。会話の腰を折るような真似をしてしまい大変申し訳ありません。ご主人さま方」
やってしまった、と言わんばかりにスティアの表情は一瞬ハッとしたものに変わった。それは彼女が初めて俺たちに見せた焦りのような感情だった。
それにしても古着屋ね。今まで貴族の屋敷か商人の所にいたスティアなら、初めて聞いた単語であってもおかしくない。だから聞き返した、ということか。
この街にはアブテロの街のように、質のいい既製品を新品で売ってくれるお店がない。さらにオーダーメイドとなってくると作るのに時間もかかる。そうなってくると、いい服を手に入れるにはお金持ちのお古を買うしか選択肢がなかった。
宿にいてもやることはないので、朝食を終えたリアたちは早速古着屋へ向かった。
アテリア家、アスオウジン商会、そして宿。それら3つは全て同じ通りにあり、その古着屋も同じ通りの端の方にある。通りは比較的綺麗なだけあって、お店もそれなりに綺麗な木造の外観をしていた。
「ここが古着屋かぁ。わたしこういうお店って初めてだなー」
ずっと隔絶集落にいたアトリも出掛け用の良い服を買うのは、服と言っていいのかわからないがリナヴィで皮鎧を買ったのが初めてだった。ただあれは最初からデザインも決まっていたし、こうやって目の前に色んな服がある光景は初めてだろう。
「女ものはここだよ。あ、これなんていいんじゃない?」
「え、それは……どうだろう」
リアが指さしたのは太腿がはっきり見えるタイプのワンピース。
少しオッサンくさいチョイスに、慣れていないアトリすらドン引きだ。
(え、ダメだった?)
(いや、デザインはともかく、露出がね)
この国で女がこんな格好していたら、いつ襲われるかわからない。普段着としては不合格だな。
(むぅ……ミナトの通ってた大学の女の子は皆当然のように太腿やおへそを出してたのに……)
(文化というか、社会の違いだな。諦めろ)
へそ出しはむしろ俺から見ても心もとないと思うけど。
(でもそんなこと言ってたら可愛い服なんて着させられないじゃん! アトリ可愛いから何着ても襲われちゃうよ!)
(だからなるべくエロくない格好にすればいいんだって。リアだって他のヤツにアトリの肌を見せたくないだろ?)
(確かに!)
性欲増し頭わるわるモードだったか。
今度こそ、とリアはいくつかの服を見繕ってアトリに突撃。
「どうかな?」
「あーえっと……」
だが少し困り顔のアトリの手には白の半袖ブラウスが。
(……私ってもしかして、センスなし?)
(いや、アトリは自分で選びたいだけじゃないか?)
アトリはもうだいぶ人里に慣れた。すれ違う女性やら何やらを見て、独自のファッションセンスが形作られつつあるのだ。そこに男の記憶が混じったリアにつけ込む隙はないのかもしれない。
(ま、まあ、アトリは自分の判断に任せて、スティアの服を選ぼう)
(そうだね! あの人は私が決めてあげないとだろうし!)
ターゲットを変え、スティアの方へ向くリアだったが。
「スティ───あれ?」
リアが見たのは、いくつかの衣服を真剣な顔で見比べるスティアの姿だった。
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