第146話 アテリアの災難

「スティア、だっけ。とりあえず今日は宿に行こうか」

「かしこまりましたわ。ご主人さま」

「ごしゅ……まあ、いいや」


 ようやくエルフ奴隷に出会えた。しかし、彼女は探し求めていた家族とは違った。これは勝手に両親のどちらかであることを期待していたこちらが悪いのであって、スティアという女性に責任は一切ない。だが、落胆を隠せないでいる。


「あ、あの、お帰りになる前にそちらのエルフについて説明を……」

「ああ。そういえば訳アリの『訳』を聞かせてくれるんでしたっけ」

「はい。それにはアテリア家のことが関わってきます。あと、マジックバッグも」

「アテリア家? マジックバッグ?」


 ここ数日の間、リアの頭を悩ませていた原因の名前が2つも現れて、リアの頭の中は混乱を極めていた。


「アテリア家がエルフを所有しているのをご存知でしょうか」

「もちろん……ってまさか!」


 スティアへと視線を送る。彼女はきょとんと自分が何を言われているのかわからないような表情をしていた。


「はい。お察しの通り、そのスティアは元々、アテリア家に飼われておりました」

「私も色々情報を集めたけど、皆まだアテリア家にいるって……」

「それはアテリア家が意図的に情報を伏せているからです。本当はもうかなり前にスティアは当商会へと売り払われました」


 そうだったのか。道理でエルフがいるという話は聞くものの、実際に見た人間がなかったわけだ。死亡説まで出てたしな。


 そして、どうしてそんな情報封鎖を敢行しているのかも気になる。


「ここでお願いです。今しばらくはスティアを購入したことを触れて回らないでいただきたい」

「はぁ?」

「貴族特有の見栄というかその辺りの事情ですよ。かつては相当自慢げに見せびらかしていましたからね」

「うわ……」


 貴族の事情。言われてしまうと押し黙らざるを得ない魔法の言葉だ。


「先ほども申し上げた通り、キーはこのマジックバッグです。それは元々、首都ラピジアにて行われたオークションでアテリア家のご当主が落札された物なのです」

「え? どこにそんなお金が?」


 小国の国家予算が動くというマジックバッグ。しかしこの街の領主はどうみても、そんなものに手を出せるレベルではないだろう。


「昔はこの街ももっと栄えていたのですよ……。交通の要衝で周囲の村々は土地が富んでいることもあり、このアテリアは一時的に首都ラピジアを超えるほど多くの金や人、モノが集まる都市でした。そしていよいよマジックバッグを購入して、さらなる飛躍を……という時にあの内乱が発生しました」

「また内乱ね」

「それほど大きな戦いだったということですよ。それで、アテリア家は購入したばかりのマジックバッグを騎士団の首都占拠の際に掠め取られてしまいまして……」


 なんとも可哀想な話だ。マジックバッグの購入は相当な投資だったはず。そして、その後の顛末は俺たちも知っている。騎士団はアイロイ様率いる国軍に敗れた。だが、首謀者であるズレアはマジックバッグを持ったままどこぞの湖畔へと逃れた。


「マジックバックを奪われ、さらに領土も荒らされたアテリア領はとんでもない勢いで衰退を始めました。購入したばかりのマジックバックを失っても、その為にした借金は消えませんから……」

「だから邸宅があんなボロボロのまま放置されていたんだ」

「そうですね。お金がありませんから。少しでも借金返済の足しにするため、ご当主はあらゆるものを売りに出されました。そのひとつがこのスティアというわけです」

「ああ、なるほど」


 ようやく繋がったな。結局この街にはエルフが1人しかいなかったのだ。


「ですが、アテリア家はこのスティアを大層気に入っていらっしゃいました。そこで、借金がなくなった後またスティアを買い戻すため、内乱前からお抱えであった我がアスオウジン商会が買い取ることにしたのですよ。価格設定も簡単に買われないよう、50億ということにして」

「え、そんなお金、大丈夫だったのです?」

「まあウチとしては身につかない大金を拠出した形ですが、これでも内乱前はかなり稼がせていただいたので、彼らを見殺しにはできず」

「で、そこまで気に入っていたエルフも結局私のところに……。それは問題ないのですか?」

「流石にマジックバックには代えられませんよ」


 おそらくマジックバックは50億じゃあ効かないよな。何百億か……いや、何兆か。小国の国家予算だもんな。


 事情を語り終えたアスオウジン氏の表情はどこか晴れやかだ。この人もアテリアの為を思って色んな事をやって来たのだろう。結果的にリアの損もなかったし、この街の経済状況が少しでもマシになると俺も嬉しい。


「そういうわけで、スティアはあなたのものとなったわけですが、実を言うと、アテリア家はエルフを手放した、と公表したわけではないのです」

「え?」

「そこは貴族的なプライドが関わってくるということで……なので、今しばらくスティアのことは内密にしていただければと」

「はぁ。内密って、表に出すなってこと?」

「そうですね……」


 少し考えたアスオウジン氏は一度店の奥へ消えていく。そして、戻ってくると彼の手には分厚いフード付きマントがあった。


「これを被らせて、耳を隠していただければ」


 面倒だなぁ、と思いながらも貴族の事情があると思うと無下には出来なかった。


 そして、今後の予定についての話となる。


 元騎士団長ズレアを倒したという3年越しのトップニュースは首都の王城へと送られることとなる。証拠もある事だし、なによりマジックバッグを持ち帰った功績は大きい。リアが国から何らかの褒美を与えられることは確実だそうだ。


 正直、早く次の手がかりの元へ行きたいところだが、ここまで話が大きくなってしまうとそうも言っていられない。なるべく今後の活動に影響が出ないように着地させないとな。


「そういうわけで、アテリア家のご当主夫妻があなた様へ『会って話がしたい』と仰られていました。日取りは追って連絡を寄越します」

「わかりました。んじゃ、アスオウジンさん。私たち、しばらくはあの宿にいますんで」


 とりあえず今日は帰って休もう。スティアも新しく旅のメンバーに加わった事だしな。


 リアは若干の脱力感に苛まれつつ、頭部を熱い布で覆ったスティアを側に従え宿へと戻る。


「すいません。あの部屋に亜人を連れ込みたいんですけど……」

「ああ、それなら……」


 流石に高級宿で顔を隠す怪しげな人物を、何の説明も無しに勝手に追加するわけにはいかない。スティアを亜人として紹介するが、特に文句は言われなかった。


 この宿には亜人を持ち込む客も珍しくないらしく、亜人奴隷用の宿泊プランが用意されていた。これからスティアや両親を連れて帰る場合、今後もこういった宿を探さないといけないのかもしれない。


 リアは追加で高額を支払い、アトリの待つ部屋へ戻る。その間、スティアはずっと黙ったまま、まるで追尾する置物のように存在感を消しながら歩いていた。


「リア! おかえ……り?」


 暗い表情のリアに、アトリは戸惑う。


「アトリ、ただいま」

「うん、おかえり。その人は?」

「ああ。紹介するね。この人はスティア。フードを取ると……ほら、エルフなの」

「わぁ! 本当だ!」


 驚くアトリに、スティアは悠然とした様子でお辞儀する。


 奴隷だというのに、その佇まいは何だか社交界に来た貴族令嬢のよう。いつかのラプニツくんとは大違いだ。


「はじめまして! わたしはアトリだよ! よろくね、スティアさん!」

「よろしくお願いします。アトリさま。ですが、亜人であるわたくしに敬称は不要ですわ」

「え? どういうこと?」

「呼び捨てでいいよ、って事だと思うよ」

「そうなんだ! じゃあ、スティア! ふふ、綺麗なお名前だね!」


 あいかわらずアトリは可愛いなぁ。その笑顔に癒されて、リアの暗かった顔も自然と綻んだ。


 そうだ。いつまでも残念がっていられない。折角エルフを1人助け出せたんだ。同胞をひとり純人勢力の手から取り戻した、と考えればいい。これを勢いにして、このまま両親を助けよう。


「ふぅ……よし、それじゃあ私も『自己紹介』しようかな」

「え……? ご主人さまのお名前は、わたくし既に存じておりますわよ?」


 首を傾げるスティアを他所に、リアは軽く部屋の周りを魔法で索敵する。そして、誰の気配もないことを確認すると、自分の顔にかかっていた偽装の魔法を解いた。


「……あら?」

「どう? 実は私もスティアの同胞なんだ」

「同胞……そうでしたか。わたくし、自分と同じエルフを見るのは初めてです」

「え、じゃあ親は?」


 リアが尋ねると、スティアは平然とした顔で言い放つ。


「会った事ないですわね。わたくし、物心ついた時からこの街におりますので」

「あ……」


 そこはラプニツくんと同じく、二世奴隷というヤツなんだろう。ただ彼女の場合、それを全く気にもしていない様子だ。


「ところで、あなたがわたくしと同じエルフだということは、わたくしの主人はアトリさまということになるのでしょうか?」

「ち、ちがうよ! リアはその……」

「あら? これは一体……」

「あのね、スティア。私、実はバラバラになった家族を探す為に、こうやって純人に化けて過ごしてるの。だから、今後外では、私の事は純人として接してほしい」


 再び偽装の魔法を自分にかけたリアを見て、スティアは一瞬考えるような仕草を見せる。


「なるほど。承知いたしました。そのように計らいますわ。ご主人さま」


 だが、次の瞬間には従順な姿を見せた。

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