第145話 同胞との対面
「できた……」
思わずリアの手が震える。やっと、ようやくマジックバッグの『定着』が成功した。
リアは機能を確かめるため、新しく完成した袋の中へ手あたり次第その辺の物を入れていく。
うん、空間拡張の方は問題なさそうだ。次は時間遅延の機能を確認しないと。砂時計でも入れてみるか?
「あ、アトリ……」
ふと振り返ると、アトリが気持ちよさそうに眠っていた。可愛い寝顔だ。
(しかし『定着』の作業を始めてから、4日かあ。かかったなぁ……)
(いや、これ絶対早い方だよ!)
(嘘だぁ。どんだけ試行したと思ってんだよ)
何百回目か、というところで俺は数えるのをやめた。同じ魔法術式を何度も何度も組み立てる。魔力が切れたら食事と睡眠とアトリ成分をとって、復活したらまた作業に入る。そんなことを4日も繰り返した。
そしてついにマジックバッグが完成した……はずだ。
(えっと砂時計は……黒のやつ入れてみよう)
(黒って60秒くらいだっけ)
(うん。短い方が時間の遅延が分かりやすいでしょ?)
リアの言う通り、砂時計を袋に入れてみる。60秒後、取り出して砂が落ちきっていたら失敗だ。
「やった! 時間遅延も合格!」
結果は成功。取り出した砂時計は入れた状態を保ったままだった。
空間拡張に時間遅延も成功。物を出し入れした時の感触に違和感もない。これで完成とさせていただきたい。流石に疲れた。
「ふわあぁぁぁ……」
安心感からか、間抜けな欠伸が出た。
リアは満足げな表情になって、スヤスヤ眠るアトリの側へ向かう。
「はふぅん、いいにおーい」
「うう……」
眠るアトリに抱き着くと、フローラルな香りが鼻孔をくすぐる。これはこの宿でもらった石鹸の匂いかな。ちゃんと毎日風呂に入って、出会った頃に比べると、もう別人だな。
(しかも、やわっこいなあ)
(おいおい、アトリ苦しそうじゃん。やめれ)
(いいでしょ。もう私も寝るし)
まったくいいことはないが、今日はもう叱る元気もない。このまま溶けるように眠ろう……。
やるべきことが終わった安心感と解放感でリアは気絶するように眠りに落ちる。
よくやったよ。明日はマジックバッグの中身を入れ替えて、エルフを迎えに行こう。
そして、まるで時間が切り取られるかのように次の朝が来た。いや、もう昼かな? 窓から差し込む陽射しが厳しい。
「ああ、やっと起きた」
「うぅ……アトリぃ……」
「グッスリ眠っていたね。魔法の袋、完成したんでしょ?」
「あ……そうだった! 早くエルフに会いに行かなきゃ! ああ、でもマジックバッグの移し替えを!」
「待って! ご飯食べてから!」
何回目だよって言いたくなるやりとり。アトリがいないと今頃リアは餓死してそうだ。
コンシェルジュに連絡して持ってきた貰った食事で腹を満たすと、リアはマジックバッグの中身を移し替える作業に入る。
(うわこれ、あのズレアってヤツの小屋にあった布団だ)
中には凄い懐かしいアイテムもあって、いちいち作業の手が止まってしまう。
さらに魔物の死骸もちょっと引くほど入っている。いつか、魔石取って処分しないとなぁ……。
(って、今度は落ち着きすぎた!)
じっくり思い出に浸りながら作業していると、もう西日の差す時間となっていた。リアは慌ててアスオウジン商会へ向かう。
「いってらっしゃい! 家族に会えるといいね!」
「うん!」
相変わらず彼女にはお留守番をしてもらう。もうそろそろ外出させてやらないと、アトリもストレスが溜まるだろう。そんな事を考えながら、宿からほど近い商会までの道のりを歩いた。
(うぅ……緊張してきたなぁ……)
商会を前にして、心臓の鼓動が強くなる。思えば3年間、この日の為に頑張ってきたのだ。まだ家族だと決まったわけではないが、ようやく同胞に会える。
「ごめんください」
「あっ! ミナト様! お待ちしておりました!」
声を掛けると同時に返事が返ってくる。どうやら向こうも待ち侘びていたようだ。
「こんにちは。遅くなって申し訳ないです」
「いえ、こちらこそ外国の方にこちらの都合を押し付けるようで……ささ、とりあえず中へ」
ペコペコ頭を下げ合った後、先日通された部屋へと向かう。ソファに座り茶で口を湿らせた後、リアたちはようやく本題に入った。
「これがマジックバッグです。確認してください」
「はい。確かに……ああ、この装飾、本物だ。よかった、また戻ってきた……」
目の端に涙の雫を浮かべながらアスオウジン氏はマジックバッグを見つめた。
「一応、その時盗賊が一緒に持っていたものを中に入れてあります」
「えっ……どれどれ……ああっ、本当だ。これはマジックバッグが仕舞われていた箱ですね。こんなものまで……っと、これは勲章ですか」
「あ、はい。盗賊がいた小屋にあったので一応、入れておきました」
「そうですか。これは間違いない。改めて、あなたが討ったのはあのズレアです」
身体を震わせながら彼は言った。
「それにしてもよくあのズレアに勝てましたね? 過去に大陸最強の男と呼ばれたほどの強者ですよ?」
「まあ、運がよかっただけですよ」
これは謙遜でも何でもなく、いくつかの不等号を繋げていった結果そう思い当たったのだ。リアよりも強いフォニに一度勝った元中隊長の男、それよりも強いという騎士団長ズレア。この事実がある限り、リアがズレアより強いということはない。
ならどうしてあの時殺せたかというと、こちらをエルフとはいえ、ただの子供だと侮ったズレアの一瞬の油断に付け込めた結果だろう。まあ、余計なことは言わないが。
「それより、私の方も早くエルフを……」
「あっと、申し訳ございません。準備の方は済んでおります。今、連れてきますから」
アスオウジン氏は立ち上がり店の奥へ消えていく。連れを伴って、再び部屋へ戻ってくるまでの時間が永遠にも感じられた。
だが、ようやくその時がくる。
「お待たせいたしました。こちら、当商会で扱っておりましたエルフの『スティア』です。──ほら、挨拶なさい。このお方が新しいご主人さまですよ」
「かしこまりました。
如何にも奴隷らしい飾り気のない布きれを身に纏う金髪金目の美女は、その服装に反して見惚れるほど丁寧なお辞儀を見せた。
(ミナト)
(ああ……わかる。お前の言いたいことがよくわかるぞ……)
ようやく出会えたエルフを目の前に、リアは思った。そして、考えるまでもなく、記憶を共有する俺も同じことを思ったのだ。
知らない人だっ!
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