第142話 アスオウジン商会
俺たちはひとまずアイロイ様から提供された宿へと向かった。そこは荒れたアテリアの中でも比較的綺麗で治安の良いという地区にあった。宿自体も綺麗な木造建築で高級感のある佇まいだ。
エントランスも豪華絢爛な造りとなっていて、流石貴族の用意した宿と言う感じ。そんなすごい宿であるが、アイロイ様は1週間分の料金を前払いしてくれていた。流石はお貴族様!
ギルドでこの国の貴族制度について情報を仕入れて知ったのだが、アイロイ様の爵位である『侯爵』は王国でもかなり高い位置にあるということで、そんな人と話していたと思うと今更恐々とした気持ちになってしまう。なんたって爵位的に見上げるのは国王と、さらに東にアリア公国という小国を持つリブリアン大公なる人物2人のみ。つまりこの広い国で3番目に偉い。とんでもない人物だ。
そしてギルドで聞いた、さらにとんでもない事実。アイロイ様は今でこそ貴族家のご当主として役目を全うされているが、そうなる前は冒険者をやっていたのだという。そして、その最終ランクは『黄昏』。
【暁の御者】ですら『紅』から数年止まりだという事実を考えると、あの御仁、落ち着いたご老体の裏にとんでもないパワーを秘めているのかもしれない。
そんな人物の紹介した宿ということで、リアとアトリはどこか落ち着かない感覚でチェックインを済ませた。
「お荷物はございますか?」
なんとここにはコンシェルジュ的な人までいる。残念ながら大きい荷物はないので、お世話にはならなかったが。
にしてもこんな高そうな宿には初めて泊まる。アイロイ様、ありがとうございます。
「リア、今日はこれからどうするの?」
「うーん。まだ日も高いし、一度アテリア家を見てみようかなぁ……」
「そっか。じゃあ準備するね」
「あ、待って」
リアは荷物の整理を始めるアトリを制した。
「ごめん。アトリ、今回はお留守番してくれない?」
「え?」
「いや、今から行くのって貴族家だから、流石に服が……」
「あ、そうだった!」
今度こそしっかりとした服を着ていかないといけないだろう。まだ庶民が着るような服しか持っていないアトリは今回留守番だ。
「本当はアトリにもちゃんとした服を用意したいんだけどねぇ。こっちのお店はよくからなくて……」
というのも、パレッタ王国に入った辺りから既製品の服を売っているお店が少なくなった。特に高級路線のお店はケイロン王国に入ってからはほぼ皆無。そういう服を買う層、特に貴族なんかは基本的にお抱えの仕立て屋にオーダーメイドで作ってもらうんだろうな。
一方で、ネイブルは庶民にも小金持ちが多かったので、高級既製品に需要があったのだ。国民総オシャレさんってやつ。
でもリアの場合、ラーヤさんと一緒じゃなければ、恐らくアブテロ市のあのブティックへ行くことはなかっただろうなぁ。
「私の服なんて別にいいのに」
「そういうわけにはいかないよ! 私だってかわいいアトリが見たいもん!」
「ええ、恥ずかしいよー。それよりも、リアの服を見せて?」
「ああ、うん。ほらこれ。いいでしょ」
「おおー綺麗な紺色だ」
自分で選んだ服だからか、何だかんだリアもこの服を気に入っているらしい。
「いつかネイブルに行ったら、アトリもルーシュさんのお店で何か買おうね」
「本当? ありがとう、リア」
実に女の子らしい会話で大変ほっこりする。
さて、いつもの一張羅に着替えたリアは早速アテリア家へと向かう。
アテリア家の居城は他の街と同様、街の中央に鎮座する巨大なお屋敷だった。ただリナヴィや他国の偉いさんが住む建物と違うのは、壁に泥汚れが目立っていたり、一部崩れていたりするところ。街の城壁同様、いかにも金の無い領主だということが伺える。
こうやって貴族の家の前まで来てみたはいいものの、どうやってコンタクトをとればいいのやら。リアは途方に暮れてしまう。
なんとこの家、門兵がいないのだ。清掃や壁の補修がされていないのはともかく、これは節約が過ぎる。大丈夫なのか? ここの貴族は。
評判がすこぶる悪いとアイロイ様は濁していたが、この貧乏臭さこそ彼がこの家と距離を置いた原因なのかもしれない。
(勝手に入るのは流石にまずいか。呼び鈴とかは……無いよなぁ)
邸宅の周りをグルグル歩き回ってみたが、勝手口なども見つからない。
というかなんだこれ。裏はいたるところに木の板で補修した跡がある。まるでボロ屋だ。
「ごめんくださーい! あのー! すみませーん!」
大声で呼びかけてみても反応なし。本当にこの屋敷には人がいるのだろうか。
もしかして夜逃げした後だったり……? 不敬な想像が膨らんでしまうほど、アテリア家の邸宅はみすぼらしく、人の気配がない。
(一旦出直すか?)
(仕方ないね……またギルドで情報を集めてみようか)
あと一歩でエルフと対面できるというのに……! リアの残念な気持ちが伝わってくる。
(ああ。そういえば、来る途中に例の商人の店があったな)
(アスオウジン商会だっけ)
『アスオウジン商会』
ルーナさんのリストにあった亜人奴隷を扱っていた記録のある商会の名だ。アテリア家から宿までの比較的綺麗な通りの並びにその名前を見つけたのだが、俺たちは正直あまり期待をしていない。なにせ今までずっとハズレだったからな。それにこのみすぼらしい街で奴隷なんて高級品が売れるはずない。
(一応、行ってみるか? アテリア家の情報も手に入れられるかもしれないし)
(そだね。はぁ……またどんだけ搾り取られるんだろう)
リナヴィの店で500万ガルドも払ったことがリアの中でかなり尾を引いているようだ。まあいくら情報を餌にされていたとはいえ、買うと言ったのはリアだ。今度は気持ちを強く持とう。
俺たちはお互いに「今度は乗せられないぞ」と、心と財布の紐を締めて先ほどは通り過ぎた店へ向かう。
アスオウジン商会の店構えは、おそらくこの街においては割としっかりとしている方だろう。年季の入った木造住宅だ。他の街ならオンボロで骨董品でも売ってそうな店だと判断されかねない佇まいである。
おそらくここも亜人奴隷以外の稼ぎ筋があるのだろうが、貴族家の事ばかりでリサーチはまったく出来ていなかった。とりあえず、同じ服のまま入ってみる。
「ごめんください!」
「はいはい」
リアが声を掛けると、やせ細った中年男性がすぐさま現れた。これまた、凄く幸の薄そうな顔をしている。
「私は翠級冒険者のミナトと申します」
「これはどうも。会長のアスオウジンです」
「ああ、会長様でしたか……えっとですね。少し相談があるのですが」
「翠級冒険者様がこのような粗末な店に一体どんな?」
そしてメチャクチャ腰が低い。というよりも、高位の冒険者に怯えているような。
「あの、こちらで亜人奴隷を扱っていると聞きまして」
「え、それをいったいどちらで!?」
「えっ!」
大層な驚きようだった。
「情報筋はちょっと、まあ守秘ということで」
「そ、それはそうですよねーはぁやっぱりバレてるかぁ。困ったなぁ……」
「えと、それで亜人はいるんですか?」
「はい。1人だけ在庫がおりますよ」
「その亜人というのは」
そう尋ねるリアであったが、期待はまるでしていなかった。どうせ、と言ってしまえばその人に悪いのだが、エルフは貴族家にいるわけだし、やはり今回も獣人だろうな。そう、俺たちは思ったのだ。
「エルフですね」
「はぁ……やっぱりそうですか────えっ?」
だから、思ってもみない答えにリアは自分の耳を疑った。
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