第141話 お貴族様へのお願い
(何でも聞いてくれるって言うなら、さっさとアテリアまで連れて行ってもらおうよ。軍がいるならもっと素早く盗賊共を退治できるんじゃない?)
俺がお貴族様相手に頑張っている間、ずっと裏でだんまりを決め込んでいたリアがそんな提案をしてくる。
まあ、確かにそれはいいんだけど、偉い人からのお礼にしてはショボくないか?
と、ここで俺に神が下りた。
(いいこと思いついた! こういうのはどうだ? えっとな──)
(ああ、なるほど……うん、ちょうどいいかも。それならアテリアまでの同行と一緒にお願い出来るね!)
リアの同意も得た。偉い人にお願いするのはちょっと怖いけど頑張ってみようか。
「えっと、そういうことなら、よろしいでしょうか……」
なんとなくそうした方がいいと思って、俺は子供みたいに上目を使った。
「貴様ぁ! 侯爵様に向かって図々しい!」
「ひっ!」
「これ、やめんか!」
そして、お約束のように元気な兵士に怒られる。アイロイ様がもっと厳しく怒らない事から、これが本気でなく儀礼のようなものなんだとうっすら分かってきた。
「して、内容をお聞かせください」
「はい。えっと、私、実はアテリアの子爵様と面会をさせていただきたくてですね」
「ほう……。アテリア子爵へ。差し支えなければ、ご用件をお聞かせ願えますか?」
まあ、流石に聞いてくるよな。不審人物を貴族相手に会わせるはずがない。
「実はアテリアにはエルフがいると聞いております。ご領主さまが保有されていると聞いて、一目見たいと思っておりました」
「なるほど。そういうことなら私にお任せください。アテリア家はあまり縁のない家ですが、必ずや取り次いでみせます」
「あ、ありがとうございます!」
貴族へ近づくには貴族に頼むのが一番の近道だろう。これなら相手も褒美を与えている感があっていいと思う。よくやった俺!
「それでは私どももアテリアまで同行することにします。あなたや他の乗客の方々の護衛はお任せください」
「はい。よろしくお願いします」
そして、護衛の方も任せることが出来た。これでアテリアまでの所要時間はもっと早くなるはずだ。アイロイ様が話の分かる貴族様でよかったな。
アイロイ様の部隊と共にアテリアへ向かうこと、2か月が経過しようとしている。もうすぐアテリアの街の影が見える距離までやってきた。
思った以上に順調な旅路だ。というのも、ガディンとかいう男を倒してから一度も盗賊の姿を見ていない。その理由は勿論アイロイ様の部隊にある。
盗賊たちは困ったもので、意外に賢い。アイロイ様のような官軍が側にいることが分かると、まず馬車を襲ってこないらしい。今回これ見よがしに飾り立てられた馬車にアイロイ様が乗っていた事で、いい盗賊避けになった。
まあ逆に言うと、あの馬車に乗りながら盗賊退治は無理という事だな。むしろ何でそんなもんに乗って来たし。
「わぁ……あれがアテリアなの? 凄く大きな街だね!」
初めて訪れた街に目を輝かせるアトリが眩しい。
「ところでリ……じゃなかった、ミナト、そろそろ離してー」
リアは最早離さぬと言わんばかりにアトリの腕を抱いている。これは近頃アトリが冒険者たちのお手伝いを始めたことがきっかけだった。
アトリはこれまでその機会が無かっただけで、本来人懐っこい性格だ。官軍のおかげで余裕が出来た冒険者たち、とくにリアが彼女を預けたおばちゃん冒険者を中心にして、彼らがアトリと話すことが増えた。
そして、起きてはいけないことが起こる。
『なあ、あっちで俺と話さないか?』
護衛の中でもかなり若い男冒険者がアトリに誘いを掛けていた。今のアトリは正直メチャクチャ可愛いから気持ちはわかる。
でもそれはまずい。リアの脳が破壊されてしまう。
勿論、リアはそれを許さず、周りに見せつけるように四六時中アトリの腕に引っ付いて離れなかった。子供か。
「アトリには私がいればそれでいいの」
「それはそうだけど」
今度はヤンデレか。コイツ、これで好きな女があと2人もいるんだから質が悪い。
「リアは甘えん坊さんだね」
そしてリアがそんなんだから、最近アトリからママニウムの検出が多々ある。
(おいおい。リア、お前シャキッとしろよ。これから家族に会えるかもしれないんだぞ?)
(わかってるよー! でも、考えても緊張するだけじゃん。必要な事は貴族様がやってくれるんだから)
もうすぐ待ちに待った再会がある。そんな可能性も見えるこの状況に、リアはただ冷静でいられないだけなのかもしれない。
「お待たせいたしました。ミナト嬢にアトリ嬢。本日のお宿は私がご用意いたしますので、まずは冒険者ギルドへ向かわれてはどうでしょうか」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます! お貴族様!」
アテリアの街に着いたリアはアイロイ様の勧めの通り、まずはギルドへ向かう。
リナヴィ同様、最大限の警戒をしながら、アトリと手を繋いで歩いて中央通りと呼ばれる道を歩いた。
(なんか、リナヴィに比べてもさらに街が汚い気がする)
率直な感想だった。確かに、全体的に街は古ぼけていて、道路にはゴミが散乱している。そして何より、くさい。生ごみの臭いが耐えられないくらいキツイ。そこら中に腐ったものが散乱し、足を踏む場所に困りながら歩くといった感じだった。衛生的にも良くなさそうな街だ。
こんな街を散策する気にはなれず、リア達は真っすぐにギルドへ到着する。
「ああ、ミナト様ですね! ドンエス様から話は伺っております。お手柄のようですね!」
受付のおばさんに到着を報告する。先触れが既に来ていたようだ。
今回のことは冒険者としての実績としてもらえるようで嬉しい。
俺たちの冒険者ランクは『翠』ときて、次は『金』だ。今でもかなり高ランクの恩恵を受けているが、それ以上となるとどれほど美味しい目に遭えるのだろう。多分そこまで行くにはもう少し実績を積む必要があるだろうが、是非その高みを目指したい。
あと折角ギルドへ来たのだから、ついでに色んな情報を集めておこうか。例えば、アテリア家にいるというエルフについて。
「エルフですか……そうですね。ご領主さまが飼っておられたのは知っています。昔はよく連れ歩かれていたので。でも、最近はあまりお見掛けいたしませんね。死なせてしまったのでしょうか」
「えっ」
なんだか嫌な情報が入ってきた。
少し陰鬱な気持ちが膨らみながらも、その他にもアイロイ様やアテリア家についての情報を仕入れてギルドを後にする。建物のすぐ外にはまたあの豪奢な装飾の馬車が止まっていた。
「ミナト嬢、私です」
なんとお貴族様を待たせてしまうとは……。急いで駆け寄るが、何だか彼の様子がおかしい。
「ミナト嬢、大言を吐いた手前、非常に言いづらいのですが、アテリア家との交渉に失敗しました。ご案内は出来そうにありません」
「えっ!?」
「申し訳ありません」
「あっ、ああ……いや」
リアはショックを受けながらも慌てて、謝罪を拒否するポーズをとる。
「元々繋がり細い家だったのですが、今回で完全に切れてしまった次第で……」
「そんな、私のせいで……」
「いえ、正直申し上げますと、元々私にとっては価値の無い縁なのです。その、評判がすこぶる悪いというか……私の立場からはこれ以上申し上げるのは差し控えますが」
評判が悪い? なんともハッキリしない言い方だ。おそらく貴族として、軽々しく口に出来ないようなことなのだろう。
「そうですか……」
「あと、私の方もこれからすぐに王都ラピジアへ向かわなければなりません。大変心苦しいですが、ここらで……」
「ああ、いえ。助かりました。今回の事はお気になさらないでください」
「ありがとうございます。そう言っていただけると幸いです」
お互いに頭を下げ合って、アイロイ様とのやりとりは終わった。
そして最後にアイロイ様が馬車へ乗り込む直前、彼はこちらを向いて一言。
「ああ、そうだ。エルフに興味がおありでしたら、私の方でもそういった市場や商人に詳しい情報屋を知っております。私はしばらく首都におりますので、よろしければドンエス家をお訪ねください。またお会いしましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
そう言って今度こそ、彼は馬車に乗り込んだ。
「はぁ……」
結局ぬか喜びになってしまったけど、最後に希望は残ったな。
(どうする? 次はラピジアへ向かうか?)
(んーいや、一度アテリア家について調べたいかな)
リアはまだこの街のエルフを諦めないようだ。
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