第140話 魔法師団長

 冒険者が使っていた車両の中で、アトリは宝物のように保護されていた。リアはそれを確認すると、満足げな表情で近寄っていく。


「リア、おつかれさま──うわわっ」


 駆けつけ一番に、リアはアトリを抱き締める。先の戦闘によってもたらされた猛りや疲れを、このいい匂いによって綺麗に浄化するのだ。


「どうしたのリア。何か嫌な事でもあった?」

「ううん。ただ疲れただけ。さ、客席に戻ろう」

「お手伝いはもういいの?」

「うん。盗賊みんなやっつけたから」


 そう言うが、実は半分力で脅すように無理やり現場から抜け出してきた。今も冒険者らは現場の片づけや、公的記録やら何やらを取っているはず。


 客席へ戻ると、周りの乗客から口々に説明を求められたが、リアは一貫して無視を続ける。それはやはり戦闘による精神的な疲れがまだ残っているから。


(ごめん。ミナト、ちょっと代わって)

(ああ。ゆっくり休め)


 リアは内に引っ込んでしまう。


 また人を殺してしまった。客観的にリアは人殺しの事実にビクともしないような図太い人間のように見えるが、それは少し違う。彼女はすぐ「殺す」だの何だの言うわりに、殺した人のことを背負ってしまう人間だ。


 殺した人のことを考えないわけでなく、背負ったうえで前を向けるからリアは強いし、時には弱さも出てしまう。そんなリアの中に入ったことは、平和な環境に生まれ育った俺には凄く都合のいいことに思えた。


「リ……じゃなくて、ミナト。よかったらここに頭を置いて。少しだけでも横になれるよ」

「おお、膝枕をしてくれるのか?」

「あれ? もしかしてミナトさんに代わったの?」

「ああ。すまん言い忘れてた」


 よく分かったな、アトリ。かなり長いこと一緒にいるせいで、俺とリアのシンクロは進んでいる。今や雰囲気が少し変わるくらいなんだけど……。


「アイツは今休んでる。あっちで凄い戦いしてたからな」

「そうだったんだ……」

「アイツが表にでてきたら、またやってあげて欲しい。膝枕は男の夢だから」

「もう。リ……じゃなくて、ミナトは女の子でしょ?」


 クスクスとアトリが笑う。その様子も可愛らしくて、早くリアに見せてやりたくなった。あと、絶対リアは膝枕喜ぶと思うぞ。


 そして、しばらく客席で待機していた俺たちだったが……。


『控えろ! 控えろ! このお方はドンエス侯爵様であらせられるぞ!』

『よい! 私も状況の説明が欲しいのだ。この大物を仕留めたのはどなたかな?』

『ああ、えっと、今はその……』


 リアのエルフ地獄耳がまた面倒事を捉えた。


 そっか。やっぱりアレ、大物だったか。


 そして、今更ノコノコ現れたドンエス侯爵というお貴族様らしき人物。流石に翠級冒険者といえども、やんごとなき身分の者を無視するわけにもいかないだろう。今帰って来たばかりだけど、行くか……。


「アトリ、すまんけどもう一度行くわ。ついてきて」

「う、うん……」


 待っていてもいずれお呼びがかかるだろう、と俺はアトリを連れて自発的に現場まで向かった。


 先ほどまで戦闘が行われていた山道には、道をふさぐように何台もの馬車がこちらを向いて停車している。馬も大きく、車体が豪華に飾られていることから、これがお貴族様の乗ってきたモノであることが容易にわかる。


「おおっ……」


 リアが顔を見せると、額に汗を浮かべたラクハとかいう翠級冒険者のおじさんは安堵の表情となった。


「この娘! この娘です! 鎧の男を仕留めたのは!」


 そして件のお貴族様の前に突き出される。


「嘘を申すな! こんな小娘があの堅牢ガディンを殺すだなんて──」

「お前は黙っとれ」


 お貴族様が側にいた元気のいい兵士を制する。


 しかしのこのドンエス侯爵というお人、こうして初めて姿を拝見してみると、貴族だけあって威厳が凄い。歳は還暦くらいだろうか、ロマンスグレーの髪に深い皴を顔に蓄えてなお眼光の鋭さを感じる。そして≪黄昏≫の瞳がそれを後押ししていた。


「はじめまして、レディ。私はアイロイ・ドンエスと申す者。国王陛下からの下知により、盗賊となり果てた元王国騎士団員の成敗をする為ここまでやってまいりました。ですが、少し遅すぎたようですな」


 こちらの手を取り、丁寧にお辞儀をするアイロイ・ドンエスと名乗る貴族。当然だけど、いつも発揮している電撃のバリアは今使えない。


「ど、どうも。ミナトです」

「ミナト嬢ですね。よろしければ、詳しい状況を教えてくださいますか?」

「あっ、はい」


 それにしても、ここまで丁寧な言葉遣いで接してくるとは思わなかった。だって、明らかに偉い人じゃん。しかしそのおかげで気持ちよく受け答えが出来そうだ。


「ふむ。雷の魔法で……いやいやなるほど、ミナト嬢は素晴らしい魔法の腕をお持ちのようですね」


 俺はアイロイ様に、自分の身分や鎧の男を殺した始終を説明した。この人が聞きたいのは戦闘の詳細というよりも、あの鎧の男を倒したリアがどういう人物なのかということだろう。なら当たり障りの無いように努めるべし。


「他の冒険者に伺ったところ、あなたはまるで時を止めたかのように、一瞬の内にあの男の懐へ飛び込んだと聞いていますが……」

「あ、あー! あれはその、身体強化……そう身体強化魔法です!」

「なるほど身体強化で……」


 流石に時間遅延の魔法を説明するのはどうだろうと思ったので、身体強化と言い張った。まあ、フォニやカイドさんなら出来そうだからセーフ。


「しかもそれほどの身体強化を使えるとなりますと、我が国軍最強の騎士でも敵いそうにありませんなぁ……」

「えっ」

「おっと、なにか?」

「ああ、いやいや。へへ」


 いや流石にアレを身体強化と言い切るのは難しいか。アイロイ様の眼光からは、少し怪しむような色を感じる。


 もしウソがばれたらどうなるんだろう? 逮捕? 貴族って多分パンピーをいくら殺してもいいんだよな?


「あなたが倒した男は20年前に、この国の内乱を引き起こした騎士たちの中でも、特に堅牢さを誇る男でしてね。先の内乱では、王国軍のいかなる攻撃も受け止めてしまい、さらには傷ひとつ負わせることが出来なかったことから『堅牢ガディン』と呼ばれているのですよ。私ですら、あなたと同じ条件でヤツの魔法防御を突破出来たかわかりません」

「あ、あのぅ……無知でたいへん申し訳ないのですが、アイロイ様はどういった……」

「これは失礼。ミナト嬢は外国の出身でしたか。私、アイロイ・ドンエスはこのアーガスト王国にて、魔法師団の長を務めております」

「魔法師団……?」


 また初めて聞いた単語が来た。分からなくてオウム返しとなったしまった事を咎めるように周りの兵士が睨みつけてくるが、アイロイ様は気にせず答えてくれた。


 魔法師団とはつまり魔法士を集めて作られた軍隊のことだ。その規模、なんと8千人越え。この人の裁量で8千の魔法使いが動くのだ。偉い人どころじゃない。もはや普通に話すのもこえーよ。


「我が魔法師団は元々騎士団の一部だったのですよ。規模に名前も今とはまるで違いますが……」

「え、それって内乱を起こした組織と同じ?」

「貴様!」

「ひっ! ごめんなさい!」

「よい! ──ミナト嬢、あなたの言う通り、元々私も騎士団に所属していたということになります。私たちは内乱に際して、国王陛下の側に付いたのですよ。なので、騎士団の恐ろしさはよくわかっています。実際に相手をしたわけですから」


 アイロイ様の魔法位は≪黄昏≫。きっとこの人自身とんでもなく強い魔法士なんだろう。なんたって、トップその他を取り逃したとは言え、騎士団勢力を一度は負かしたのだから。

 

「だからこそ、ガディンを倒したあなたの強さに私は感服いたしました。『褒美』と言うと偉そうですが、この国の貴族としてあなたに報いたいと思います」

「えっ」


 いや、いらねぇ……。なんかこう面倒と言うか、余計なしがらみが増えそうな気がする。


 とはいえ、断わるとこれまた不敬になるんだろうなぁ……。


「なんでも仰ってください。私に出来る事ならなんでも叶えてさしあげます」


 突然姫にかしづく騎士みたいなポーズを取り出すアイロイ様。こんなに嬉しくない「なんでも」は初めてだ。


 しかしこれだけ権力がある人なら、本当になんでもできそうだな。

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