第139話 お客様の中に冒険者は……

 アテリアへ向かう道中、馬車は何度もその動きを止めた。


 当然原因はコンスタントに現れる盗賊だ。ヤツら、現れては護衛の冒険者たちに討伐されている。元が村人というだけあって、実力はかなり低いようだ。恐らくこれが、乗客が落ち着いている理由なんだろう。


 とはいえ、油断をするべきではない。盗賊の中には元騎士団によって力をつけた集団も存在するらしいから。


 俺がそんな覚悟を抱く一方、とある盗賊の襲撃で事件は起きた。


「お客様の中に冒険者をされている方はいらっしゃいませんかー!?」


 いつも通り盗賊の討伐を待っていると、なんだか元の世界で聞いたことのあるフレーズが突然聞こえてきた。


「えっ……」


 すると、乗客の視線が一斉にリアのつける翠級のタグへと集まる。


「は、はい」


 呼びかけを無視するつもりもなかったけど、なんだか同調圧力に屈した気分となったリアは控えめに手をあげた。


「よかった! ちょっと手伝って欲しいんです! って、翠級!?」


 いつも盗賊の報せを届けてくれていたおばちゃん冒険者はリアのタグを二度見した。どや翠級!


「ああ、ちょっとまって、アトリも一緒に来て!」

「う、うん」


 どんな状況でもアトリをひとりにさせたくはないと、リアは彼女の手を掴んでそのまま冒険者について行った。


 冒険者たちの馬車は旅客一団の前後をカバーするように配置されている。その先頭の方で盗賊との戦いが現在も続いている。



 車両のひとつを拠点として、冒険者たちは怪我人の治療や作戦会議を開いているようだ。


 冒険者の数は大体30人程度だろうか。軽く小隊規模はある軍団を形成していた。


「ラクハ! 応援を連れて来たわ!」


 おばちゃん冒険者はリアを連れてまっすぐ作戦会議の場にいた頭の寂しいおじさんの所へ行く。この人がこの場の責任者なのだろうか。


 ラクハと呼ばれた彼はいかにも重そうな鎧に身を包み、『翠』の冒険者タグをつけている。


「おおっ! やっぱり乗客の中にいたのか! えっ、翠級ぅ!?」

「そうなの! 運が良かったわ!」

「よかった。これで戦線ももう少し楽に……」

「ちょっと連絡回してくる!」


 新たな翠級冒険者の登場で、拠点は一気に盛り上がりの雰囲気を見せた。


「あの、状況を説明して欲しいです。まあ、大体は想像はつくけど……」

「すまん。そうだったな」


 一目見てわかるほど切羽詰まっている状況だというのに。いやだからこそか。


 とにかくどうして自分が呼ばれたのか、説明を受ける。


 話を単純にすると、盗賊たちに対処しきれなくなったらしい。


 今までかち合ってきた盗賊たちは、弱い上にこの人数だから余裕で対処できていた。だが今相対する敵は、今までのヤツらとは一味違った。


 ヤツらは地形をうまく活用し、ヒットアンドアウェイのゲリラ戦法を仕掛けてくるらしい。明らかに戦いの知恵者が関与していることが伺える。そして、それがアイツだろう。山道の進行方向上、大胆不敵にどっしりと構え、こちらを睨むようにして行く手を阻む巨大な男。ヤツは騎士のような甲冑を身に纏い、冒険者たちの攻撃を事も無げに受け止めている。


「あの男を攻撃している隙に、逆にこっちが周りの賊からの不意打ちを受けるんだ。ヤツの守りの堅さも相まって、どうしても攻めあぐねている」

「なるほど。敵は頭がいいね」

「ああ。あの男はおそらく騎士団の生き残りだろう。魔法位も≪紅≫とかなり強い」


 それはあの甲冑を見ればなんとなくわかる。


 はぁ、無事フラグを回収してしまった。


「俺たちも乗客のいる馬車という守るべきものがある以上、無理な反攻に移ることは出来ない。ならば退却戦も視野にと、そんな状況だ」

「退却戦って……」

「残念ながら、輸送は失敗と判断してリナヴィまで戻るってことさ。無事に帰れる保証もないがな」

「ええっ!? そんな!?」


 ただでさえ中々馬車が進まないじれったい状況だというのに、今からふりだしに戻るなんてことはリアにとってもはや絶望だ。


(こっちははやくアテリアでエルフの姿を見たいってのに!)


 イラつきを発散するように思念を飛ばしてくる。もうこうなればリアが取る選択肢はひとつしかない。


「私も攻略に加わる! 全員ブッ殺してやる!」

「おお、その≪黄昏≫の瞳でそういうことを言うと恐ろしいな……だが、頼りになる」


 一刻も早くアテリアへ向かいたい気持ちが爆発してリアは燃えた。


「だがどうやって倒すというんだ。君は見たところ魔法士のようだが、強力な攻撃魔法でもあるのか?」

「ある。ようはあの男を殺れば、周りのヤツらは何とでもなるんでしょ?」

「ああ、攻撃の合図なんかもあの男が出しているようなんだ。それが無いだけでもかなり相手の連携が弱まるはず。そこへ付け込めれば……」

「じゃあ私がヤツを……」


 というわけで、リアがメインとなって敵を殲滅する運びとなった。


 冒険者たちの消耗も激しく、早くこの時間が終わるならと彼らから反対意見が出る事もなかった。


「あっ、そうだ。アトリをお願い。えっと、あなた」

「えっ、私?」


 おばちゃん冒険者を指さす。


「私の大切な人だから、一番安全な場所で守って」

「わ、わかったわ!」


 人員1人をアトリだけに充てるという贅沢対応。だが他でもない翠級冒険者の要請とあれば、彼女は断らなかった。


(リア、本当にあの男は大丈夫なのか? 魔法位が≪紅≫らしいけど……)

(相手のスタイルが受けだから、何とかなるでしょ。おそらく防御系の魔法を使ってるんだと思う。私の魔法なら貫通できるよ)


 簡単に言うが、俺としてはかつてフォニが首を切ったあのクソ強い元中隊長を思い出して不安だ。


 元中隊長はリアが魔法で出した電撃の鞭を避けてしまった。あの鎧の男がどれほどの実力者かどうかは知らないが、油断するべきではないだろう。


 さらに戦場は道幅が狭く、味方の冒険者たちを巻き込む危険のある爆破や雷魔法は使えないし、仮に周りへ影響が無いよう威力を落とたとしても、相手に効かなければ何の意味もない。


 いくらスタイルが『受け』で、避けられることがないと言っても、何かもうひと工夫欲しいな。


(そんなに心配なら、開発したての補助魔法を使うよ)

(ああ、あれか……まあ、あれならいいか)


 戦闘の本番で使うことの無かった魔法を使う。少し不安はあるけど、あくまで補助なら……。


「君が仕掛けるのに合わせて数人下がらせる」

「うん。お願いします。巻き込んじゃうかもしれないから」


 話がついて、いよいよ前線まで赴く。相手方はこちらからその全容を把握されないよう、山道の物陰に隠れながらネチネチとした攻撃を相変わらず続けているようだ。


「行くよっ!」


 慎重にタイミングを計る余裕も今はない。リアは合図を出すと、早速身体強化魔法全力で鎧の男に向けて走り出す。そして、挨拶替わりの光線魔法を放つ。


 低級の魔物ならいとも簡単に殺せるほどの魔法だが、鎧の男は平気な顔をして受けきった。


(うーん、やっぱり何らかの防御魔法を使ってるね。攻撃が当たった音がしてないもん)

(だな……ということは、やっぱりあの防御を貫通するほどの魔法を使うか、それとも……)

(勿論、防御自体を消し去る方向で!)


 リアはさらに鎧の男へと近づいた。そこまで近づいてしまうと、相手方の防御もより強固になるだろう。さらに分厚い鎧なんてないリアにとって、相手の攻撃の間合いに飛び込むことはあまりに危険だ。


 そこでリアの補助魔法。前に石撃人形と戦った際にはマジックバッグ由来の空間拡張の魔法を使っていたが、今回は時間遅延の方。


 ぐわん、と周りの動きが歪む。これが時間遅延魔法だ。


 リア自身を除く範囲10メートル空間の時間の流れを遅くするというとんでもない荒業。


 リアはスローモーションと化した鎧の男の懐に忍び込み、直接防御魔法に仕込みを入れた。


 ボールのぶつかった窓ガラスが割れていくように、防御魔法は崩れ去る。その様子は3年前、獣人の隠れ里の結界をうっかり破壊してしまった時の事を彷彿とさせた。


「これで!」


 防御魔法が消え失せた男の鎧に全力で電撃を食らわせる。それと同時に時間遅延魔法が終わった。


「がっ──」


 何が起きたか、理解する暇も与えず電撃は男の身体を焼き切った。


「は? えっ、一体何が」


 困惑する賊たちにリアはすかさず光線でその頭を飛ばす。


「あれ、あの子いつの間に……? いや、まて。あの騎士は? え、倒した?」


 説明する機会がなかったので仕方がないが、味方も困惑して賊への攻撃の手が鈍っていた。


 まあ、詳細を知っている俺ですらかなり困惑しているから仕方ない。この世界の魔法はこんなことまで出来るのかって。


 マジックバッグ。流石魔女が作ったとあって、とんでもない技術の結晶なんだな。今更それを理解するのと同時に、それを自分が運用できる形にまで落とし込んだリアの頭は一体どうなっているんだろうか、と少し怖くも思えた。

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