第138話 どうなってんだよ! この国は!

 アーガスト王国は大国だけあって、国土は恐ろしい程広い。


 アブテロで購入した滅茶苦茶大雑把な地図を見てみてもそれは一目瞭然で、パレッタ王国の約10倍は国土が四方に大きい。


 西端の街リナヴィから目的のアテリアへ向かうには、北東方向にいくつもの街や村を越えていかなければならない。なんと、それに必要な期間は3か月。


「え、そんなに!?」

「ええ。この国は広いですからね」


 おい、嘘だろ? と業者に馬車の予約をしながら、自分の耳を疑うリアであった。


(今までの国はなんだったの?)

(ま、まあ、日本とアメリカも20倍くらい国土の差があったし……)


 と、言ってみたものの、この大陸には飛行機や電車なんてものは存在しない。その上、速さ自慢の牽牛獣もこの国では使われていないそうだ。だからメイン足は馬になるのだが、これがまあ遅い。俺は馬といえば競走馬の方を先に思い出してしまうので元々そんな印象なかったんだけど、実際馬が引く車に乗ってみればすぐにそれがわかった。そりゃあ3ヶ月かかわるわ、という感じ。


「はぁ……」


 リアは地図上のリナヴィとアテリアを何度も目で往復しては溜息を漏らす。


 彼女は今、目に見えて焦っていた。


 アテリアにエルフがいるかもしれない。かつてないほど大きな手掛かりが目の前にあるのだ。


「リ……ミナト、大丈夫?」

「ああ、うん。大丈夫だよ。でも、ちょっとだけじれったくてね」

「馬車のこと?」

「うん。やっぱり3か月は長いなって」

「そっか。こんなとき、ミナトが言ってた『飛行機』があればすぐなのにね」

「確かに!」


 盛り上がるリア達。飛行機を使うなら空港を整備せねばならんだろう。それに空を飛ぶ魔物だっている。でもまあ、確かに空でも飛んでいけたら楽なんだろうな。


 アーガスト王国は結構山がちな地形が多い。北部はソフマ山脈に隣接していることもあるし、南部にも山は多い。だから、移動に時間が掛かるというのはある。


(飛行か……魔法でそのまま飛んでいけたらいいけど、課題が多いなぁ)

(えっ!)


 まさか、生身で飛ぶ気かコイツ。確かに魔法があれば出来そうだけど、彼女の言う通り、あまりに課題は多そうだ。検証も命がけだしな。


(でもアトリを置いていくことになるし、無理だね。今回は3か月我慢するか)

(そうしてくれ……)


 初めて雷魔法を使った2年前のあの時は検証もなしにぶっつけ本番だった。そして、下手すれば自分も巻き込まれかねない完成度で、本当にあんな恐ろしい思いをするのはコリゴリだと思った。


 もしリアひとりなら、思い付きで魔法を作ってアテリアまで飛んでいったかもしれない。しかし今はリアにも守るものがいるおかげで、いい具合に抑えが効いているようだ。アトリには感謝だな。


「さて、じゃあいこっか」

「うん。準備はできてるよ」


 リア達は手配した馬車に乗り込む。出発前の便にギリギリ入り込んだ形だったが、準備は予めマジックバッグに済ませてある。本当、これ無しじゃあやってられない。


 ルーナさんはこの袋を売らないといけないことを考えていたようだったが、今の所リアが黄昏の石撃人形を倒してくれたおかげでお金には困っていない。袋を売る必要は万に一つもなし、だ。


 それに、俺たちとこの袋ちゃんとは運命共同体と言っても過言ではないほど、強固な縁で結ばれている気がする。一生大切にしてあげたいと思った。






 リア達はアテリアへ向かう馬車へと乗り込んだ。


 今まで業者が手配した馬車を何度も利用してきたが、今回の運行はかつてないほど異様な雰囲気に包まれていた。


 まず同行する馬車の数が多い。数えてみたら8台もあった。だからこそリア達の滑り込める余裕があったのだろうが、こんな団体で移動するのは初めだ。


 そんな団体の馬車を護衛する冒険者の数もこれまた多い。


 リナヴィのギルドではリアも護衛に参加するよう勧められたのだが、早くアテリアにいるエルフを一目見たいという気持ちが逸って、その勧めを受けることはしなかった。


 リアには今まで機会がなかったのだが、都市間を移動できる上に実績となる護衛依頼はかなりの人気なのだという。


 でもこの数は多すぎないか? と、3台ほどの車両を丸々占領する冒険者たちを見て思う。


 だが、その疑問はすぐに解消された。


 馬車がリナヴィを発して、半日経った頃のこと。馬車が峠道を走っていると、突然前方から嘶きが聞こえてきた。すると、そのまま俺たちが乗る馬車は停車してしまう。


「みなさん。落ち着いて聞いてください! 前方ソフマ山脈方面の岩陰に盗賊が隠れていたようです! 今護衛が対処しているので、車両は一旦ここで停車します!」


 ざわざわと騒がしい車内に中年くらいの女性冒険者の声が響く。


「盗賊だって。怖いよ……リア」

「大丈夫。護衛の冒険者がいるし、それにさ、私がアトリにそんなヤツらを近づけるわけないじゃん」


 リアはアトリを落ち着かせるため、敢えて自信過剰に言う。


 それにしても、乗っている馬車に盗賊が出たというのに車内の雰囲気はそこまで切迫していない。見えないところで人身事故の報せに舌打ちするサラリーマンのように、皆呆れつつも落ち着いていた。


 そして数十分後、またさっきの冒険者が「無事に盗賊を討伐した」という旨のアナウンスを入れ、再び馬車が動き出した。


 再始動がやけにスムーズだなあ。俺は盗賊が出たせいで、またリナヴィへ引き返すことすら覚悟していたというのに。


 そして、またしばらく馬車は行く。それからまた時間が経って……。


「みなさん、また停止します。落ち着いて待機していてください」


 また盗賊が出たらしい。


 そして、今度もチャッチャと片付けられる。


 それから夜、宿場村にいる時も……。


「盗賊が現れました! 一旦、村中央の集会所へ集まってください!」


 ……どうなってんだよ! この国は!


「ミナト……街の外ってこんなに盗賊が出るんだね……」

「いや、明らかにおかしいと思う。だって、ネイブルも、パレッタも、ケイロンもこんな盗賊だらけじゃなかったし」


 狭い集会所にて、リア達は身を寄せ合う。


 1日で3度も盗賊に遭う。こんな事、ソフマ山脈から下りてきて初めての事だ。


 いやそもそも盗賊にあったことすら一度しかない。フォニ達を捕まえていた人攫い共。こっちから探し当てたやつらだ。


「君らアーガストには来たばかりか?」


 リア達の話を聞いていたのか、側にいた青年が話に入ってくる。


「そうだけど、何か?」


 リアはアトリを庇うようにして青年に言葉を返した。


「そんな警戒しないでくれよ。ただの暇つぶしじゃないか」

「…………」

「まあ勝手に喋るから適当に聞いてくれ」


 確かに今は待機以外することがない。青年は本当にただの暇つぶしのようで、リアの反応など気にもせず語り出した。


「アーガストがこんなになっちまったのは大体20年ほど前、あの内乱が発生した頃からだ」

「あ、内乱って確か騎士団の……」

「そうだ。流石にそれは知ってるか」


 リアは過去に聞いたことのある記憶が呼び覚まされて、思わず口を挟んでしまった。


 内乱。それはパレッタ王国のクオリアの村でアザリ様から聞いた話だ。確かアーガストの騎士団が反乱を起こし、国内は紛争状態に陥ったらしい。その内乱自体は鎮圧されているが、反乱を率いた騎士団長やその他の有力な騎士達は未だに捕まっていない。


「内乱の原因は国が無茶な軍縮を強行したことが原因だと言われているが、今そんな事はどうでもいい。重要なのは反乱によって、多くの村がヤツら騎士団によってメチャクチャにされてしまったという結果だ。騎士団は立ち寄る村々で暴虐の限りを尽くした。女と食料は奪われ、男は殺される……そして、田畑は荒れ果て、あちこちで再建出来ない状態が何年も続いたんだ」


 当時のことを思い出したかのように語る青年。もしかして彼はその被害者に近しい身の上なのかもしれない。


「それでもいくつかの村は再建に向けて頑張った。だが、またそれを邪魔する存在が現れる。それはかつて騎士団に襲われた村の生き残りだった。生活の基盤を破壊され、食うに困ったヤツらが取った選択は別の村を襲うという行動だった……」


 うわぁ……酷いな。悲劇がさらなる悲劇を呼び寄せる、悲劇のスパイラル。


「また騎士団の残党たちもそれに合流し、明確な武力を得た集団も現れ出した。もうこの国の治安は酷い有様だ」

「だからあんなに盗賊が……」

「ああ。もはや襲える村も国内には少なくなってきている。それでヤツらは狙いを商人や旅人に変えたのさ」


 そういう事情があったのか。だからあんなに沢山の冒険者が護衛に駆り出されているという訳だ。馬車も便数を減らして出来るだけ沢山の車を一度に出せば、防衛のコストも節約できると。


「はぁ……やんなるなぁ」


 そんな世知辛い事情を聞かされたリアは思わずため息が出てしまった。


(亜人狩りにしても、ガイリンにしても、本当純人は争いばっかり)

(まあ、そうだな……)


 似たような歴史は俺の世界でも聞いたことがある。亜人純人に限らず、色んな考えの人がいて、それぞれが必死に生を繋いでいるからこそ世界に争いは絶えないんだろう。


「盗賊たちも辛いんだね……」


 アトリは辛そうな表情で言った。


「そうだね。ソイツらにも家族がいて、守るべきものがいるから盗賊行為をやめられない。でも、だからこそ、許しちゃいけないと思う」

「アイツらは魔物と同じ、人に仇なすもの。君らもいざという時には躊躇うなよ」

「わかってる」


 己に危害を加えようとする者は何人たりとも……。アトリはともかく、リアは既に覚悟を決めていた。

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