黄金のエルフ編
第136話 翠級冒険者
「アトリ、わかる? ここで周囲の光を集めてるの」
「え、ここ? うーん、難しいなぁ……」
アトリは木版を前に唸る。
ここ最近の彼女は自分の身を守る魔法を習得する為、宿にいる時はいつも木版に向き合っている。
成果はというと、やはりこれがなかなか上手くいかないようだ。
ただ、以前お湯を作る魔法を習得できた時点で、アトリの魔法の才は少なくとも俺よりはあると言える。なので、ここは諦めず頑張って欲しい。
「ごめんね、本当はアトリが魔法なんて使わなくても、私がいつでも守ってあげられたらいいんだけど」
「ううん。リアにはお仕事もあるし、頼ってばかりはいられないよ。わたしも自分を自分で守れるくらい強くなる!」
よしんば四六時中一緒にいられるとして、リアに絶対油断が生れないと言い切れるだろうか。リア達を狙うヤツらの実力が想像を超えてきたら一気に危険度は上がってしまう。
そう考えると、自分の身は自分で守ると意気込むアトリの態度はなんとも頼もしかった。
「そうだね。その為にも一歩ずつ、着実に進んでいこう。この光魔法は昼間ならアトリの魔法位でも問題なく使える上に、威力も高いんだ」
ただ、いくらアトリが魔法の習得に力を入れるとはいえ、≪褐≫の魔法位で出来ることには限りがある。リアが教える魔法もコスパ優先だ。
「ありがとうリア。だいすき」
「うん。私も。明日も移動で大変だけど、頑張ろうね」
そして、今日の特訓が終わり、ベッドへ入る前にふたりはこっそり口づけをする。続けてリアは自分でアトリを染め上げるように魔力を流し込んだ。
これはいつの間にか、習慣化してしまった事だった。意味はあまりない。リアの魔力がアトリに入り込んだところで、淫魔であるノインのように、自分が使える形に変換が出来ない。しばらくアトリの気分がぼんやりするだけだ。
最近気が付いた。おそらくこれがリアなりの愛情表現なんだろう。何か自分の大切なものを大好きな人に渡す。それは抱えている秘密だったり、自分の魔力だったり。
ピロー村ではそれが悲劇を呼んだわけだが、リアはおそらくこれからもそれをやめないはずだ。
そこは俺がなんとかフォローをしてやらないと。リアの愛情表現をどう抑制するかというよりも、悲劇が起こらないように方向を修正するとか。
まっすぐに誰かを愛することはいいと思うから。
クラナさんにアトリ。相手が数人いることには目を瞑る。
俺たちはアーガスト王国最西端の街、リナヴィへ到着した。
この街もアブテロやパレタナと同じく高い城壁によって守られた都市だ。ここ独自の特徴といえば、城壁の外に粗末な建物が立ち並んでいること。どう考えてもプラスなものじゃない。
「アトリ、あんまり見ない方がいいよ。因縁付けられるかもしれないから」
「ご、ごめん。気になっちゃって」
ゆっくり走る馬車の中、リアは外側に座るアトリの肩に手を置いて、その身体をむりやり自分の方に向ける。
アトリはまだ数えるほどしか馬車に乗ったことがない。外の景色が気になるのは当然だろう。でもこの街は壁内に入るまでもなく入り口付近から貧しい人がたむろっているし、ガラの悪そうな冒険者の姿も絶えない。初めて尽くしのアトリには少々刺激が強すぎると思った。
馬車は当然のように検問をスルーしていく。入国の審査なんて最早ネイブルを出てから数えるほどしか受けていない。大丈夫なんだろうか、南国家群。
リアたちはビクビクしながら西門からほど近い場所に宿をとった。
「宿はとれたし、今日はこれから街を散策するよ」
「えっと、リア、わたしは……」
「うん。一緒にいこっか。警戒マックスでいれば大丈夫でしょ」
「わかった!」
やはりリアと街を歩きたかったのか、アトリは目に見えて嬉しそうだ。
「ミナト、悪いけど耳の方お願いできる?」
リアは敢えてアトリも聞こえるように俺への言葉を声に出す。
(勿論)
耳の方。リアの優れた聴覚を生かす為に、俺がその分析を一手に引き受けるということだ。まあリアひとりでも問題ないとは思うけど、アトリを守るためなら最善を尽くしたい。
「ミナトさん、よろしくね」
アトリは俺という存在を知っているから、こうやって気を使って声を掛けてくれる。いい子だ。
(おう、まかせろ)
でも外ではリアのことを『ミナト』と呼びすてにしなきゃだぞ。
「アトリ、ミナトが『まかせろ』だって。あと、外では私の事は『ミナト』って呼んでね。それが冒険者としての名前だから」
「あ、そうだった。気を付けるね」
アトリは俺のことも『ミナト』と呼んでいるからクソややこしい。冒険者としてこの名を使い始めた当初は事情を知る同行者が出来るなんて考えもしなかったから仕方ない。
「それじゃあいこっか。絶対にはぐれちゃだめだよ。手を繋いでいこうね」
「うん!」
仲睦まじく、ふたりは手を繋いで街に繰り出した。
ひとまず、冒険者ギルドを目指しながら街の地理を把握する。
アーガスト王国は政情不安定だとルーナさんやビフィキスのキユさんからも注意喚起をされていたが、確かに浮浪者の数は多いし、住民もどこか貧しいように見える。だがそれでも人の営みというのは失われないようで、食堂も営業しているし、商店は活気に溢れている。気を付けていれば滅多なことはなさそうだな。
と、そんな事を考えたのがフラグだったのか、リアの耳がやいのやいのと騒ぐ冒険者一団の声を捉える。
(リア、前方から面倒くさそうな冒険者が来てる)
(え! わ、わかった!)
リアは慌ててアトリを背に隠しながら、道の端に寄った。
「絶対喋っちゃダメだよ。アトリ可愛いから絶対絡まれるもん」
「リアの方が可愛いと思うけど……でも、わかったよ」
息を潜ませるようにして歩く。しばらくして、件の冒険者たちの姿が見える。大方の予想通り、皆無精ひげを蓄えたいかにも怖そうなヤツらだ。
出来るだけヤツらの視界へ入らないようにしていた……のだが。
「おっ」
ダメだった……。冒険者ひとりの視線が引き寄せられるようにこちらへ向けられる。目を見ればわかる。コイツはスケベなヤツだ。
(まずい。こうなったら戦うしか……)
リアは咄嗟に手元をバチバチさせる。
だが、それは結局不発に終わる。
「おい、あれはやめとけ……」
冒険者のひとりが今にもこちらへ向かってきそうな髭面を制した。
「おい、なんでだよ。あんな綺麗どころ王都でもなかなか──」
「よく見ろ、翠級冒険者だ。しかも魔法位が」
「…………行くか」
なるほど。冒険者ランクで弾くことが出来たか。
(すごっ! 翠級になってよかった!)
冒険者ランクが上がって、初めて心から良かったと思えた瞬間かもしれない。
翠級ってそれほどなんだな。
去っていく冒険者たちの雑談はすれ違ってからも聞こえてきた。
「なんでお前らそんなビビってんだよ。翠級つっても女だったじゃん」
「俺らは一度翠級の女に舐めてかかった結果、メチャクチャ痛い目見てんだよ」
「ああ、思い出したくもない、あの剣捌きに圧倒的パワー……」
ああ、なんだ。過去に
翠級の女か。誰か知らんけど助かった。
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