第134話 ずっと一緒に
「ミナトの馬鹿! クズ! ヤリチン!」
「ミナトさん!? 急にどうしたの!?」
声帯が勝手に震え出す。ああ、数日ぶりのこの感覚が妙に懐かしく感じる。
(リア、遅えよ! もっと早く戻ってこい! あと、声に出すな。アトリ、ビックリしちゃってるから)
(うるさいよ! 私がいないところで、勝手にアトリとエッチな事するのやめて!)
何に対してキレているんだコイツは。
まあ、いいや。とにかくリアを引っ張り出すことが出来た。目的は達成だ。
アトリ、頑張って良かったな。
俺はリアを通して目を丸くするアトリの顔を見る。
「もしかして、リアなの……?」
「アトリ……うん、そうだよ。心配かけてごめんね」
「リアぁ……」
先ほどまでのピンク色の空気は一瞬で立ち消えてしまった。だがそれでいい。おかえり、リア。
「アトリ、ごめんね」
子供をあやすようにリアは自分の胸に顔を埋めるアトリの背中を撫でる。
「うぅ……リア……リア……」
「よしよし、アトリ。後でいっぱい話そう? 私たちにはそれが必要だよ」
「うん……うん……」
「だけど、今はそれよりも──」
「ふにゅっ!?」
突然リアは齧りつくようにアトリの唇を奪う。
(いきなり何してんだ!)
(ミナトにアトリのファーストキスが奪われちゃったからね! 上書きしなきゃ!)
(いや結局お前の身体じゃん! てか、舌入れる必要ある?)
(あるよ! こうやって!)
アトリの口内に侵入したリアの舌は粘膜を通して、彼女の中に大量の魔力を流しこんでいく。
これはノインと致した時に彼女がキスで魔力を吸っていたものの逆だ。『吸う』はともかく、『送る』ことなら淫魔でなくても出来る。
「んんっ~~~~!!」
そしてアトリの少ない魔力の身体に、突然濃度の高い大量の魔力が入り込むとどうなるか。
「はぁっ……はぁっ……ひあ……やめひぇぇ……」
答えは、メチャクチャ気持ちがいい。
唇を離して見たアトリの目は蕩けそうになっていた。
「アトリ、今日はこれくらいにしといてあげる」
「はひ……」
口元についたアトリの唾液をなめとりながら、リアは偉そうな事を言っていた。
(リア、なんでアトリを虐める?)
(イジメてないよ。ミナトが勝手にキスするから、私の魔力で印象を塗り替えてるの)
(うわぁ……独占欲えぐ。一緒の身体なのに……)
(仕方ないでしょ! ムカついたんだもん! 『あ~ん』とかしちゃってさ! なにアトリとフラグ立ててんのさ!)
(いやいや、フラグとか……こっちはリアの為に頑張ったのに──って、あれ? お前いつ俺の記憶を見たんだ?)
(おっと……)
お互いの記憶を見ている時、仕組み上俺たちにはそれがわかる。だが、今回それを感じなかった。ということは……。
(おいこら、お前やったな?)
(…………)
リアはだんまりを決め込んだ。だが、それは肯定と同義である。コイツはなんと沈んだ
(お前さ、俺がどんだけ心配したと思ってんだ?)
(ごめん)
こっちが語りかけていた声も全て届いていたわけで。その上でずっと引きこもっていた事は正直腹が立つ。だけど、リアに事情があることもわかるので、強くは叱れなかった。
(はぁ……)
(本当にごめん)
(もういいよ。でも、アトリにもきちんと謝れ。この子だってメチャクチャ心配してたんだからな)
(うん。見てたからわかるよ)
リアもご存じの通り、リアがいなくなって一番精神をすり減らしたのは間違いなくアトリだ。だから俺はコイツを叱る役目をアトリへ投げる方向でいく。
「アトリ、落ち着いた?」
「ん……」
「酷い事してごめんね。私、やきもち焼いてた。アトリとミナトが……その、凄く仲良しだから」
「うん。いいの。それよりも、また会えてよかった」
「私も……って言いたいところだけど」
リアは一度アトリから離れ、彼女に向けてペコリと頭を下げた。
「実は私、いなくなってなんかなかったの。黙っていてごめんなさい」
「えっ? えっ?」
「だから本当は村にいる時からずっと、ミナトの裏でアトリのこと見てた」
「えーっ!? どうして!?」
「その……あの時は村から裏切られたり、村人をみんな殺しちゃったり、色々がつらい事たくさんあった。最初はもう全部投げ出してやろうって、本気で沈んでやろうって思ってたんだ。でもミナトもアトリもいるし、家族だってまだ見つけられてない……だから何とか消える寸前で踏み留まることができた。ただ、出るタイミングがわかんなくなっちゃって、そのまま……」
「もう……」
また二人はお互いを抱きしめ合う。
当然ながら、リアは心配を掛けたくて俺たちを騙したわけではない。というよりむしろ、行き過ぎた自己防衛を理性的に制したのだろう。
中々出てこられなかったのも、まあアトリのことがあるし、俺もそういう空気作っちゃってたんだろうかな。
そして今回酷い流れではあるものの、リアはようやく出てきてくれた。今、彼女は失っていた時間を取り戻すように、アトリを抱き締めながらその匂いを嗅いでいた。
「あのね、リア。見てきたなら知ってるかもしれないけど、聞いて欲しいの」
「うん」
「村の皆がリアに酷いことをして、それで皆死んじゃって、わたしにはその責任がある。だから、わたしもリアと一緒で、『もうやだ、死んじゃいたい』って思ってた。ミナトさんが必死になって止めてくれたけど」
「うん。見てたよ。ミナトには感謝だね。あの時アトリが死んじゃってたら、私も本当に消えてしまってたと思う」
「わたしも死ななくてよかった。こうやってリアにギュッとされて、まだ『約束』を守れるんだって」
「約束?」
「もう、どうしてリアが忘れるの? リアが言ったんじゃない。『何があっても友達でいる』って」
「ああ……」
ハッとさせられたリアからは、すぐに約束に思い至らなかった自戒の念とアトリへの様々な気持ちが伝わってくる。そして次の瞬間、涙が頬を伝った。
「うぅ……アトリぃ……私たちずっと友達だよ」
「ん……」
言いながら、リアはアトリの唇を奪う。
これが友達のやる事かどうかという話だが、このふたりにはふたりなりの友達の形があるということでひとつ納得をしておく。だから今は大人しくリアの中で見守ろう。
リアとアトリは抱き合い何度もキスをしたあと、仲良く眠ってしまった。
そして、次の日。
宿の朝食を食べ終わった後、リアはアトリへ切り出した。
「ねえアトリ。これからの話だけど、よかったら私たちと一緒に来て欲しいの」
「そ、それってわたしが旅についていくってこと……?」
「うん。私はアトリとずっと一緒にいたいから。勿論、アトリには選択肢があるから、アトリ自身で考えて答えを出して欲しいんだけど──」
「行くっ! わたしもリアと一緒に行く!」
脊髄反射かと思うくらいに迷いのない返答だった。
「ちょっとアトリ!? 考えてって言ったよね?」
「考えた! 一緒に行く!」
「本当かなぁ……まあ、私としては嬉しいからいいんだけどさ。旅には危険もあるし、辛いことも沢山あるよ? 身体的にも精神的にもね。それでもいいの?」
「いい! だって、ミナトさんが言ってたもん。『俺とリアが側にいるから。どんなヤツからも守る』って!」
「チッ……あの間男は……」
いや、間男言うな。こちとら物理的に間に入れねえんだぞ。
「でも、そうだね。私なら何があってもアトリを守ってあげられる。ずっと一緒にいようね」
リアは口元が自然と緩むのを抑えた。
「うへへ……ずっと一緒かあ……嬉しいな」
そして『あの日』以来、久しぶりに純粋で愛らしいアトリの笑顔を記憶に納めることができたのであった。
「なるほど。では、アトリ様……いえ、アトリさんの血筋に関しては公表しないということで」
「うん。私と一緒に行くからね」
「わかりました。では、アトリさんの冒険者証をお作りしましょう」
「よろしく」
俺たちは早速ギルドのキユさんへアトリの処遇について話しに行った。
これよりアトリは村の生き残りの少女Aとなる。まあ、本人的には何も変わらないんだろうけど、ギリギリとはいえ貴族の血筋であることは世間的に見れば意味がある。
「しかし貴い血筋を捨てるとは、アトリさんはよほどミナトさんが気に入られたようで」
「えへへ。大好きです」
「ふふふ、いいですね。貴族として生きたとしても幸せになれるかどうかわかりませんし、そう考えるとミナトさんみたいに頼りがいのある翠級冒険者を選ばれたのは良い選択だと思います!」
「はいっ」
元気よく返事するのはいいけど、絶対変な誤解を受けている気がする。いや、まあ、リアとアトリはもはや友達同士の範疇を逸脱したことやってるから誤解ともいえないか。
まあそれは置いておくとして、俺たちはアトリの身分証明を手に入れることで、ようやく次の目的地へ向かうことが出来る。
「次はどちらへ行かれるのですか?」
「えっと、まずアーガスト王国のリナヴィってところ」
「なるほど……アーガストは今何処も大変政情が不安定になっています。女性だけの旅は本当に危険なので、気を付けてくださいね。特に『黒』級のアトリさんはきっと襲われやすいと思いますから」
今はまだタグを貰っていないが、アトリは『黒』からのランクスタートとなる。これはまあ、ギルドからの『お詫び』を悪用した形だ。アトリは冒険者として仕事をする気はあまりないので、手っ取り早くあちこち行けるように最初から『黒』にあげてもらった。
「わかった。ありがとう、気を付ける」
アトリの事は俺たちで守ってやらないと。俺と同じことを考えながら、リアはキユさんへそう答えた。
そして、また翌日。アトリの冒険者証を受け取るついでに、今回あった諸々の報奨金を渡される。
「うわおも……」
飛竜1体の素材はなんと300万ガルドにもなった。予想以上の高額に今すぐバッグの中の飛竜を全てぶちまけたい衝動に駆られるがなんとか耐えて、リアはキユさんへと向き直る。
「いろいろありがとう」
「いえ……ミナトさんには本当にご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「まあ、そのおかげで手に入ったものもあったからさ」
深々頭を下げるキユさんを慰める意図もあったが、これは大部分が本音であった。
アトリと出会えたことは、色々な不運や苦汁を味わった事、時間的な損失を含めてもリアにとってプラスだと思えた。
「んじゃあ、行くから」
「はい。お気をつけて」
キユさんに軽く手を振って、ギルドを去る。この旅で何時も経験した別れだ。
「アトリ、行くよ」
「うんっ! キユさんありがとー!」
だが、今隣にはアトリがいる。誰かと旅を共にするなんて、ネイブルにいた頃は考えもしなかった。
この旅は本当に先が分からない。だからこそ、よりよい未来を手探ることが大変で苦しくもあり、楽しくもある。
その途中で、俺はふと死んでしまった間地湊の事だったり幼馴染や家族の事を顧みる。なんと言うか、ようやく俺にも死んでしまった後悔が生まれ始めたのだ。
しかし過去は変えられない。俺は過去の失敗を糧に、これからもリアの裏の人として彼女を助けるのだ。
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