第131話 アトリに関する意外な事実

「ねえ、ミナトさん。さっきから何の話をしているの?」


 アトリの声で俺は咄嗟に冷静さを取り戻した。


 あっぶねぇ。誘惑に負けてもう少しでセクハラに加担するところだった。ここ数日いろいろあったせいか、俺も疲れているんだ。うん、そういうことにしておこう。


「大丈夫だぞ、アトリ。変な意味はないから」

「ああうん……」

「よし、今の話はナシな?」


 俺がそう言うと、それ以上の追求はなかった。そして、不安そうに自分の身体を抱くキユさんへ向き直る。


「身体で、とかはやっぱりダメだと思うんで、こっちから提案してもいいですか?」

「え、ええ……ところで、そちらの方は?」

「ああ、この子のことはその提案に関わるので、ちょっとまとめて説明させてください」


 俺は『王の樹海』を越えた後の事を掻い摘んで伝える。


「なんですって!? ピロー村が飛竜に……それは大変です! って、持ち込まれた飛竜はそれですか!」

「ええまあ」


 大幅に創作を切り貼りしたものではあるが、ピロー村が滅んだという事実は変わらない。ギルドとしても定期的に冒険者を送り込んでいた為か、随分衝撃は大きいようだ。キユさんには大きな動揺が見て取れた。


「で、その生き残りがこの子なんです」

「なるほど、そうでしたか……よく無事にここまで来られましたね」

「そりゃあもう大変でしたよ……。で、提案というのは、何の頼りもないこの子に無条件で冒険者としての身分を作ってやりたくて。お願いできませんか?」

「なるほど。話は見えました。もちろん、それは出来るのですが……」


 キユさんの視線はアトリへ向かった。彼女は故郷を失った少女としてアトリを見ている。その精神状態が心配なんだろう。


「ほらアトリ、挨拶して」

「う、うん」


 ピロー村が国と分断された後に生まれたアトリは恐らく身分が存在しない状態だ。それでは今後、色々と不便だろうと俺は身分を得る提案をした。


 そして、そのアトリはピロー村滅亡の証人でもある。そんな彼女を使って自分の都合のいい情報を出すのは、やらなければならないとは分かってはいるものの、ギルドを騙すような後ろめたさがあった。


「はじめましてアトリです。おじいちゃんはピロー村の村長でした」

「えっ、あなたがイカル卿の!?」

「いかるきょう?」


 アトリの証言に対する信憑性を高める為に、村長の孫であることをアピールするよう事前に言っていたのだが、キユさんは予想外の食いつき方をした。


「ご存じないのですか? アトリさん、あなたのおじいさまはイカル紅騎士爵という立派な騎士様なのですよ?」


 紅騎士爵……なんだその厨二心くすぐられる称号は。


「うん。おじいちゃんが昔騎士だったのは知ってるよ? でもその、いかる? ってのは聞いたことなかったです」


 その事実を伝えられたアトリ本人はポカンとした表情を顔に張り付けたままであった。彼女の認識における騎士とは鎧を纏い剣を振るう戦士、ただそれだけだろう。きっと騎士であることの社会的意義までは理解していない。まあ爵位云々に関しては国によって色々と違いがあるので、俺も一々細かい部分まで存じていないけれど。


「そ、そうですか。まあ、環境を考えれば不思議ではないですが……」

「あのキユさん。その紅騎士爵って何なんですか?」

「えっと、そうですね。最低級ではありますが、紅騎士爵は封建的特権を持つ立派な貴族にあたります。大体が小さな村を収めるようなお家ですがね」

「なるほど。ということはアトリって……」

「ええ、まあ、アトリさん……いえ、アトリ様はその貴族のご令嬢様ということになります。むしろイカル卿が亡くなった今、残る一族はアトリ様だけになるわけですから……」


 なるほど、アトリがそうなのか。


「……?」


 アトリは何もわからぬ様子で頭を傾げる。この素朴さで貴族の御令嬢は無理があるぞ。


 とまあ俺の感想はともかく、アトリにそんな隠しステータスがあるならば、冒険者の身分をもらうという提案は意味をなさないかもしれない。


「えっと、そのアトリの身分ってこの国でちゃんと保障されるんですか」

「それなんですが、かなりややこしい事情があるのです。国はピロー村を見捨ててはいますけど、国としての領地を放棄したわけではないので、イカル紅騎士爵家の爵位自体は取りあげられていないはずです。なので身分は保証されますが、領地もない現状を考えると生活が保障されるかどうかは怪しいでしょう。相談して、他の貴族家へ奉公に行ったり、運がよければ何処かの家の養子に入ったりという身の振り方になるかと」

「な、なるほど……その取り次ぎはギルドにお願いできるのですか?」

「勿論です!」


 とはいえ、国と話を交渉をしなければならないのか。権力者と会う事はリスクだが、アトリがちゃんとこの国で生活をしていけるなら……。


「アトリ、聞いたか? よかったな、思ったよりもいい待遇で暮らせるかもしれないぞ」

「うん……」


 返ってきたのは、予想に反して深く沈みこむような声だった。


「ど、どうした?」

「あの、所々わからなかったんだけど、つまりわたしはこれからここで生活をするってことだよね」

「そうだけど……」

「ミナトさんは旅を続けるんだよね?」

「当然だ」

「……わたし、ここに捨てられちゃうの?」

「へっ!? す、すてっ? アトリ、何を言ってんだ!?」

「だって、ミナトさん言ったもん。リアとわたしの二人で再出発するんだって。だからわたし、あの時踏みとどまって、ここまで来たのに……あれってウソだったの?」

「いや、ちょっと!」


 アトリはここで言っちゃいけない言葉をいくつも口にしていた。俺は慌てて彼女の口を手でふさぐ。


「どうやらかなりあなたに依存しているようですね」

「そ、そうなんです」


 キユさんがこっそり耳打ちしてきた。よかった。怪しまれてはいないようだ。


「2通りですね。貴族の身分を利用して何とかこの街で生きていくか、冒険者としてあなたと一緒に生きていくか。おふたりとも今は帰ってきたばかりで、気持ち的にも落ち着かないでしょう。よければ、また後日結論を伺うという形でもいいですけど」

「え、いいんですか?」

「ええ。国への報告は今の所、こっちで上げる情報を調整しておきます。アトリ様の事を報告するなら、また後日でも遅くはないでしょう」

「ありがとうございます! そうします!」


 リアが浮上していないこともあって、それはありがたい提案だった。


「アトリ、さっき言ったことは誤解なんだ。これからのことはまた相談しよう」

「うん……」


 勢いだけで決めてしまうにはあまりに重い内容だと思う。さっさとリアを起こしてじっくり話す場を持とう。


 今回は報告だけ、という形でキユさんとの話し合いは終了する。


 その後はリアの冒険者ランクの更新をするという事で、少しの間応接室で待機した後、ギルドを後にした。


 胸には『翠』色に輝くタグがある。前回『青』のタグを手に入れた期間で考えると、これは相当快挙なんだろうけど、村であった事を考えるとあまり喜べなかった。

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