第130話 ギルドの失態

 俺は約1か月ぶりに『王の樹海』の開拓拠点まで戻ってきた。


「おう、今戻りか?」


 森の入り口付近では出発時と同じく警邏兵がルーチンワークをこなしていた。ひと月前に森へ入った俺が今更現れたことに気づいていないので、恐らくその仕事はかなり大雑把なのだろう。


 しかし、こちらの引く荷車の中を見て、彼は驚いたように声をあげる。


「うおっ、なんだこれ? 飛竜か?」

「そうです」

「この樹海には森樹鬼以外出ないはずなんだが……」

「色々あったんすよ。とりあえずギルドに報告するんで」


 このバラバラに解体した飛竜は言い訳用に出しておいたものだ。コイツがピロー村を破壊したという話をアトリに報告してもらう。アトリの気持ちを考えると進んで頼めることでもないが、村で起きたことを隠しきるには証拠品か何かがあったほうがいい。


 それに……。


『あの日リアが助けに来てくれなかったら、本当にそうなっていたかもしれないから』


 アトリはそう言ってくれた。だから俺は素直に頭を下げることにした。


 警邏兵のザル検問を通過した俺たちは、開拓拠点にてギルドの職員へすっかりボロボロになった荷車と共に飛竜の死骸を手渡す。


「え? 飛竜?」

「ああ、森で討伐した個体じゃないです」

「いや、それはそうだろう。あそこには森樹鬼しか……って、お前は確か森の向こうへ行った……」

「そうです。詳しい話はギルドで」

「お、おう」


 アトリに何度も説明させたくない。俺たちはギルドへ行くと言って、街の中心街まで向かう。


「ミ、ミナトさん……あれ見て、建物が高いよ! それと、人も多い!」


 初めて訪れた街にアトリが凄く挙動不審だ。心弾むというよりは不安の色が濃いように見える。


 このビフィキスの街はネイブル国のアブテロやパレッタ王国のパレタナに比べると都会とはいえないが、村しか知らないアトリにとっては未知の世界もいい所だろう。


 わからないっていうのは怖いからな。


「アトリ、あれは城だ。この国の王様やお姫様が住んでるんだ」

「お城……! あれがそうなんだ」


 一応概念としては知っているらしい。ならあそこに王族が住んでいるという情報以外知らない俺と比べても、大した知識の差はないな。


 街の中心に聳え立つ王城を眺めながら歩いていると、ふと後ろからガタガタ音が聞こえてくる。


「っと、アトリこっち」


 それは馬車が走ってくる音だった。気づいた段階で、俺はアトリの身体を引き寄せる。


 数分後、俺たちの側を一台の馬車が通り過ぎた。


「街では馬車が道を我が物顔で行き来してるんだ。危ないから注意して歩かないと」

「う、うん。ありがとう」


 パレッタの貴族なんかは馬車で子供を轢いてしまっても、平気でそのまま通り過ぎるらしい。この国はどうか知らないが、注意するに越したことはない。


 それをアトリに説明してやると、彼女は小さく肩を震わせて立ち竦んでしまった。


「ど、どうした?」

「ご、ごめんなさい……何というか、本当に違う世界に来ちゃったんだなって思うと、怖くなっちゃって……」

「えっ……ああ、すまん。怖がらせるつもりはなかったんだ」


 しまったな。注意喚起のつもりが必要以上に脅してしまったのかもしれない。何とかフォローしないと。


「アトリ、大丈夫だ。俺も、リアもアトリの側にいるから。どんなヤツからも守るから、そんなに怖がらないでくれ」

「うん……ありがとう」


 そう言って、アトリは俺の手を握ってきた。ちょっと過保護かもしれないが、このくらいベッタリしてる方がいつでも守れるから安心できるというものだ。


 ビフィキスの冒険者ギルドへ到着すると、俺はアトリの手を引いて早速受付へ向かった。


 丁度運が良い事に、出発の手続きをしてくれたあのあざとカワイイお姉さんがそこにはいた。


「あ、あなたは……!」

「うす。無事戻ってこられました」

「ああ……!」

「うおっ」


 彼女はこちらを見るなり、立ち上がり机に身を乗り出して手を握ってきた。


「よくご無事で……!」

「え、ええと、ご心配をおかけいたしました」

「救助対象のパーティからあなたを置き去りにしたという話を聞きました。私はもう本当に心配で……」


 そう言いながら、職員スペースとこちらを隔てていたスイングドアを越えて、彼女は俺の前までやってくる。そしてその身体は吸い込まれるように床へと向かっていった。


「ちょっ! なにしてんすか!?」

「この度は私の短絡的な考えのせいで、あなたまで危険な目に遭わせてしまいました……大変申し訳ありませんでした!」


 両膝を床に付け、両の手の平を合わせる祈りのポーズ。村長もやっていた、この国での土下座みたいなものだろう。


「わかった! わかったから、顔をあげて!」

「いえ、今回はこのままお話をさせていただきます」

「ええ……」


 自分でも顔が引きつっているのがわかる。


 お姉さんの謝意はこれ以上ないくらい伝わってくるのだが、如何せん女性に平伏される状況が精神的にキツい。俺は耐えきれずお姉さんの身体を抱き起した。


 ああっ! やわらかい……じゃなくて、ごめんなさい!


「あぁ……」

「ずっと頭下げてないで、もっと普通に話をしましょうよ」

「そ、そんな無作法な」

「いや、いいんで。それより積もる話もあるので、できれば個室でゆっくり話したいです。このギルドには応接室みたいな所はないんですか?」

「あります! ご案内します!」


 俺が提案すると、お姉さんはキリッと表情を正し、立ち上がる。


 勝手に身体に触ってしまったりと、少し強引だったが、ようやく報告が出来そうだ。






 アブテロ支部のものと比べると随分狭苦しく古臭い応接室。俺とアトリはクッションの薄い2組のソファ、その片割れに腰を掛ける。もう片方にはギルドの女性職員が俺たちと向き合うように座っていた。俺たちに馴染みのあるあのエロいお姉さんこと「キユ」さんだ。


 キユさんはまず俺たちが『王の樹海』で冒険者達に魔物を押しつけられた、その後の事を話してくれた。


 スイのギルドで見かけたあのピンク髪の女の子を中心とした逆ハーレムパーティ。意外にも彼らは街に戻った後、リアを置き去りにしたことをちゃんと報告したらしい。


 そしてその処罰は厳重注意処分のみ。「ご不満でしょうが……」とそのことに関して、キユさんは頭を下げてきた。


 確かに、魔石を押し付けて人を置き去りにする行為は軽い罪ではないはずだ。だが、そもそもの原因がギルドにあるせいで、重い処罰には出来なかったらしい。


 俺としては決定に異論は無かった。確かに置き去りにされた時はリア共々腹が立った。だがその後に色々あり過ぎて、今はもう当時の怒りなど微塵も残っていないのだ。それは、おそらくリアもそうだろう。


 俺が処遇に異論は無いと伝えると、キユさんは胸を撫でおろしていた。


 そして、その代わりにギルド側が俺たちの補償をしてくれるらしいのだが、その内容を向こう側から相談されて俺は困っていた。


「ランクは元より『翠』にあげてもらう予定だったからナシとして、やっぱりお金かなぁ……」

「それでよろしいのでしょうか?」

「こういう時お金以外だと、どういう補償をするんです?」

「えっと、ギルドのミスでご迷惑をおかけした場合だと……お金かランクか。あとはまあ、その……私どもが提案するわけじゃないんですけど……ええと、その……」


 なんだ、歯切れが悪いな。


「え? なんです?」

「あのですね、冒険者の中には、その……私たちの肉体関係を求めてくる方もいまして」

「えっ!? そんなの受け入れるんですか!?」

「いや! その、必ずしも受けるわけじゃないんです! ただこちらの非の大きさによっては責任を取るといった形で、受けざるを得ないことも……」

 

 エロ漫画かよ。まさかギルドでそんなセクハラが横行しているとは……。


「もしかしてお姉さんもよく?」

「い、いえ私の場合今まで大した失敗はなかったので……」

「そすか……というか、今回のはそこまでの失敗なんですか?」

「そうなります。将来有望な冒険者を慎重さを欠いた思い付きで無謀な任務に送り出し、結果死亡者扱いにしてしまったのですから……」

「え、俺、死亡者扱いだったの?」


 いや、ひと月も戻らなかったら、そう判断するのも無理はないか。


 俺たちが思っていたより、結構事態は深刻なことになったいたらしい。このキユさん、元々俺たちは小悪魔風エロ可愛いお姉さんという印象を抱いていたのだが、今は見る影もない。責任を感じているんだろうな。


「それで、いかがいたしましょうか。私の身体ならいくらでも差し出せますが……」

「いやいやいや」


 とはいえ、根っこは変わっていないような気もする。自分という存在に相当の価値を見出しているところとか。


「そもそも、こっちも女なのにその選択肢が出てくるのはおかしくないですかね!?」

「そう言いながらミナトさん、私が受付にいた時からずっと胸を見てましたよね? それにさっき起こされた時、どさくさに紛れて触ってましたし」

「…………」


 いやメチャクチャバレてんじゃん。いやな汗が出てきた。


 ここ、どう乗り切る? 「もっと自分を大事にしろ」とか説教臭い事言っても響かないだろう。それにキユさんも決心して身体を差し出すと言っているのだ。どうして、気安く断ることが出来ようか。


 ……いやちょっと待て。その前にどうして俺は断ろうとしているんだろう。


 相手は良いと言ってる。ここで断る事は相手を傷つけることにならないだろうか? それに元々俺たちお店で女の子を買うようなこともしたじゃないか。さらにはエロいことをすることが魔力ブーストにもつながり、力を蓄えるという意味でも有用となる。


 え、これ完璧な解決方法じゃね?


 真理に気づいてしまった俺は、キユさんの提案に乗ろうとする。


「じゃあ、からだ──」


 ……が、そんな欲に塗れた衝動は俺のすぐ隣から聞こえてくる声に阻まれる。


「ねえ、ミナトさん。さっきから何の話をしているの?」

「はっ……」


 その瞬間、俺を侵していた熱が一気に消え失せた。アトリの言葉で俺は一気に冷静さを取り戻したのだ。

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