第129話 王の樹海(復路)
朝日が顔を出す時間、俺とアトリは同じくらいのタイミングで目を覚ました。
(リア、起きてるかー?)
俺はまずリアが浮上しているか確認するため、彼女へ呼びかける。結果は残念ながらハズレ。やはり自然と戻っているなんてことはないのだろう。
「ダメだった」
「そっか。リア、ちゃんと戻って来てくれるのかな……」
「うん、まあそう悲観しなくても、街で色々試してみればいいよ」
誰もいないこの村では出来ることに限りがある。浮上のトリガーは街へ行ってから探そう。
俺が沈んでいた時の経験から、一応表に出てこられなくなってもこの身体にいるということは分かっている。焦る必要は無い。
朝の準備を終え、いよいよ『王の樹海』へ入るのだが、最後の最後にやっておかなければならない事がある。
「アトリ。村の家、全部燃やして行くから」
「……っ。 わ、かった……」
それは昨日アトリに話をしていたことだ。しかし、それでも彼女は狼狽えた。そりゃあ自分の故郷を跡形もなく消し去るんだ。動じない方がどうかしている。
しかしこれは必要な事だ。俺たちはこのピロー村について、飛竜に襲われて壊滅したとギルドへ報告するつもりだ。アトリはその生き残り。というわけで、その形跡を作っておかなければならない。
アトリはその通りに証言をすると言ってくれた。もし彼女が俺たちの罪を訴えたらその時はまた厄介なことになるが、その時は大人しく運命として受け入れよう。
信じていた人々から裏切られた直後に、この判断はどうかしていると思うかもしれない。だがそれでも俺はアトリだけは信じたいと思った。それだけアトリは俺たちにとって大切な存在だから。
俺はアトリが見守る中、村の家屋ひとつひとつに火をつけて回る。
村中を回り終えると、煙があちこちで上がっていた。俺は少し離れた所でそれを眺めていたアトリの手を引く。
「アトリ、もう行こう」
「うん……」
寂し気な表情を見せつつも、アトリは大人しく村を背にして森へと歩き始めた。
そのまましばらく進んでいくと、段々と木々の生える間隔が狭くなってくる。そして、ポツンと看板がひとつ立っていることに気が付いた。
看板を見てみるとぐるぐると螺旋模様が描かれていた。なんだろうこれ。村へ来た時には気が付かなかったな。
「これは『ここからは先は行っちゃダメ』って意味だよ」
「へぇ、そういう意味なんだ」
アトリ曰く、これは村で使われていた印らしい。そして毎回やってきた冒険者を彼女はここで出迎えていたそうだ。
「ミナトさん……今更だけど、本当に森に入るんだね。少し怖いよ……」
ここへ来るのに慣れているだろうアトリではあったが、この先へ進むという話になると今は凄く不安そうにしている。いかにここから先が危険か村で教えられてきたかが分かる。それにこの森はアトリの両親が亡くなった場所なんだ。
「ああ、ここからはマジで危険だから俺の指示には絶対に従ってくれよ」
「うん。わかってるよ」
「しばらくは魔物も出ないはずだから、ゆっくりと行こう。まずはそこで森に慣れるんだ」
戦闘力を持たない一般人を連れて、こんな森を歩くのは正直無謀に近い。一応考えた作戦としては、魔物の比較的少ない浅い場所では体力を温存しながらゆっくりと進み、中央部の魔物の過密地帯ではアトリを荷車に乗っけて一気に進むことを考えている。
無理ではないと思うが、問題はアトリだな。どれだけ彼女の体力が続くかがカギだ。
「疲れたらいつでも言うんだぞ」
「うん。ありがとうミナトさん」
「おう。あっ、お腹が減ったらマジックバッグの中身を勝手に食っていいけど、満腹にはなるなよ。いざという時、動けなくなったら困るから」
「わかった。そうする」
「あと、トイレの時は恥ずかしがらず必ず報告をしろ。人間は排泄時が一番無防備らしいからな」
「う、うん……」
ちょっと過剰なくらいアトリには気を使ってやらないと。そう思って、色々声を掛けたが、少し口うるさかったかもしれない。
しかし、アトリは少しだけ微笑むように口角を上げた。
「ど、どうした?」
「ミナトさん、なんだかお父さんみたい」
「お父さん!?」
「えっと、わたしお父さんってあんまり覚えていないんだけどね。お父さんってさっきのミナトさんみたいに色んな事を優しく教えてくれるんでしょ?」
「あ、ああ……」
思いもしなかった言葉に動揺してしまった。お父さんか、精神的にはまだ学生なんだがな……。
それならエロゲーマーとしてアッチの方が良い。
「お父さんよりは、お兄ちゃんの方がいいなぁ……」
「お兄ちゃんはよくわかんない」
「そうか……」
馬鹿みたいな企みは失敗に終わった。
だが過酷な森越えを前に、お互い少し元気が出たのではないだろうか。
「アトリ、しっかり掴まってろよ!」
「はいっ!」
『王の樹海』に入って1日が過ぎた。浅い場所で何度も休息を挟んで、ついに中央域に入った。ここでは相変わらず森樹鬼が腐るほど湧いてくる。
初めて森樹鬼を見たアトリは恐怖のあまり腰を抜かしていた。だが、道中で何度もヤツらとエンカウントして、ようやく慣れてきたというところ。
とはいえ、アトリが攻撃されたら一溜りもないことに変わりはない。
俺は村に物資を運ぶための荷車にアトリを乗せ、いつぞやのフォニのように身体にハーネスを付けて車と繋いでそれを引く。そして、身体強化マシマシで樹海内を爆走していた。
アトリを乗せた荷車はガタガタと揺れている。一応、昔は人が住んでいた場所なので、これでも足場は安定している方だ。まあ、それでも長時間乗り続けるには辛いだろう。スピードを上げて、さっさとこんな森抜けてしまおう。
俺はアトリの様子に最大の注意を払いつつ、次々に現れる森樹鬼に対応していく。
ツリロでのハツキさんとの急行、フォニとの特訓、そして飛竜の調査を経て俺たちはかなり身体強化に慣れた。そのおかげもあって、かなりの速度を疲れることなく走ることが出来るようになっていた。勿論、森樹鬼への対応は疎かになっていない。
「ミナトさん! ずっと走ってるけど、休まなくて大丈夫なの!?」
「そんな余裕ない! アトリは落ちないようにちゃんと捕まっとけよ!」
台車の中で大人しくしておくように強く言っておいたのだが、ずっと続く同じ状況を不安に思ったのか、アトリが心配そうに声を掛けてくる。
常に薄暗いこの環境と、若干ハイになりつつある今の精神状況のせいで正常な時間の感覚がよくわからない。気が付けば、走りっぱなしの状態がかなりの時間に渡って続いていた。
もうあの世界樹っぽい大木も通り過ぎたので、ピークは過ぎたところだろうか。ただ、まだ廃墟地帯は抜けていない。せめてそこを抜けるまでは休憩をしている余裕は無いな。
頑張れ俺! 心にフォニを宿すのだ!
計画通り、危険地帯まで温存を決め込んでいたことで魔力にはまだ余裕がある。リアがいないことで、情報処理にもたつきがあることは否めないが、何とかこのまま街まで無事に辿り着けそうだ。
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