第127話 炎
アトリは泣き疲れてまた眠りについた。
俺も全てを忘れて眠ってしまいたい欲望に駆られたが、やることは嫌になるほど残っている。
「はぁ……」
大きな溜息を吐いて、俺は家を出た。
俺はまず村の中央に築かれた砦へ向かう。
本当はあちこちに横たわる村人たちの遺体をまずどうにかしないといけないのだが、いきなりそっちにかかる勇気はない。
砦の中を見てみると、中には俺たちのマジックバッグがポツンと置いてあった。
ああ、そういえばこれも売るって言っていたな。黄昏剛鉄を運ぶならこれは必要だろう。中身の確認は……後でいいか。とにかく、黄昏剛鉄を剥がしていこう。
村長から教わった階位鉄の加工法、その逆を意識して黄昏剛鉄に魔力を流していく。砦を建設した時は加工に何時間もかけたんだ。難しいけれど、流石にやり方は身体が覚えている。
こうやって階位鉄に触れていると、砦を造っていた時の事を思い出す。これは元々、村人たちを守る為に何時間もかけてリアが懸命に造ったものだった。自分がいない間でも、飛竜から皆を守れるように、と。何でこんなことになってしまったのだろう。
金属に再加工を施した部分がぐにゃぐにゃと形を変えて崩れていく。加工したときの工程をなぞるようにするのが今の心情では苦しいものがあった。
剥がした黄昏剛鉄はマジックバッグに回収し、最後には木組みだけが物悲しく佇んでいた。
見るのもなんか嫌だ。これも壊してしまおう。
こうして砦があった場所は完全な更地に戻った。次は村人たちの遺体か。はあ、胃が痛い。
丁度砦のスペースが空いたため、そこへ一人一人の遺体を集める。その間はひたすら無心だった。罪悪感とか、そういう感情が生まれる余地を1ミリでも作ってしまったら、俺は全てを投げ出してしまうだろうから。
さて、集めた遺体をどうするか。亡くなった人はネイブルでは火葬、パレタナ北部の村では土葬としていたようだが、この村ではどうしているのだろう。
アトリに聞くか? いや、無理だ……。
途方に暮れかけていた時だった。
「あ、ああ……」
そのアトリが現れる。彼女は悲痛な声をあげながら、並べられた遺体に駆け寄った。
「おじいちゃん……キャスおばあちゃん……」
動かぬ彼らに縋る。
一人一人名前を呼びながらその身体に身を寄せていた。
アトリにとって彼らは家族だった。それを壊したのは俺たちだ。
「ごめんなさい……わたしのせいで……」
だというのに、アトリは泣きながら彼らに許しを乞い続ける。
「アトリは悪くないよ」
俺にはそれしか言えなかった。ここで「村人たちが全部悪い」と言ったって、彼女には何の救いにもならない。かといって、リアが悪いなんてことは絶対に言えないし、言いたくない。
俺はアトリが村人全員に触れるのを待った。
「アトリ、この村では亡くなった人をどうするんだ?」
「…………灰になるまで火の中に入れるの」
「そうか」
ようやくそれが分かって、俺はその準備にかかる。
50を超える遺体。それらをすべて灰に出来る燃料は今持ち合わせていない。だから俺が直接魔法で燃やし尽くすしかない。
燃やしやすいように遺体を配置し直す。それを見ていたアトリはまた細かい呼吸を繰り返すようになっていた。
「アトリ、辛いなら見なくていいから」
その俺の言葉に返事は無く、そのまま火葬を始める。
「熱いから下がってて」
魔法で出来た青色の光が村の中心に現れる。それは憎らしいほど美しく揺らめきだす。
灰になるまでどれくらいの時間がかかるのだろうか。
「ミナト……さん」
「えっ、ど、どうした?」
火葬を始めて数十分が経過したところで、アトリに名前を呼ばれる。
昨日以来、彼女から何か意志を伝えようとすることは初めてだった。俺は慌てて、炎から視線をアトリに移す。
だが、彼女が口にした言葉は……。
「わたしも一緒に燃やして欲しい」
「は……?」
無理に決まってんだろ、と返す暇もなくアトリは突然炎に向かって走り出す。
「おいやめろっ!」
「いやっ! 離してっ!」
アトリの動きに反応出来たことはほぼ奇跡だったかもしれない。俺は何とか彼女を抱き止める。
「何してんだ馬鹿!」
「やだ! わたしも死ぬ!」
アトリは俺の腕の中で力の限り藻掻く。
「なんでお前が死ぬ必要あるんだよ!」
「だってわたしが悪いんだもん! リアが裏切られたのだって、皆が死んじゃったのだって!」
「アトリは悪くないんだって!」
ずっと同じことを言い続けている気がする。
でも、誰が悪いとか言ったって何にもならないのだ。村人たちも、リアも「仕方なかった」の応酬によって、この結果が生まれた。
どちらにも譲れないものがあって、その為に行動しただけに過ぎない。アトリの責任なんて、何もないのだ。
「ねえ、ミナトさん。なんでわたしは生きているの? なんで死んじゃいけないの? わたしは皆と死ななくちゃいけないはずだったのに……」
「それは……殺したくないって思ったからだよ」
「それは誰が……?」
「俺と、あとリアも」
「リアも?」
「ああ」
今、リアは沈んだままだけど、彼女は昨日の夜、アトリの生殺与奪を俺に押し付けた。
絶対にアトリを殺せる場面でそうするということは、死なせたくなかったという事に他ならない。だから俺はアトリを絶対に死なせない。
それを説明すると、アトリの身体から一気に力が抜けていく。そして、さめざめと泣きはじめた。
50もの遺体が灰になるまで、俺とアトリはずっと揺らめく炎を見つめていた。
アトリは泣くのにも疲れ、今は大人しく地面に横たわっている。俺は一応、またヤケを起こさないように彼女の身体を掴んでいた。
そして辺りが暗くなってきた頃、出来上がった遺灰を村のど真ん中に撒いた。
「おじいちゃん……」
風に飛ばされていく遺灰を眺めながら、アトリは呟いた。
こういう時、手を合わせるべきなのだろうか。小一時間逡巡した結果、俺は恐る恐る手を合わせる。
いくら彼らが裏切者だったとはいえ、死者に対する敬意を欠いてはいけないと思ったのだ。
それに彼らにだって尊ぶべきところはある。それは彼らがアトリの未来を一心に考えていた事だ。だからこそ最悪な選択を取ってしまったとも言えるが、俺たちもアトリには幸せになってもらいたいと思っている。だから彼らの願いもまた、アトリを死なせない理由のひとつなのだ。
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