第126話 殺戮
リアは一切の加減をすることなく、村長の頭を空気砲で攻撃した。村長の身体は家屋の壁を突き破りながら、外まで吹き飛ばされる。
駆け寄って飛ばされた身体を確認したが、彼は死んでいた。
リアは何も言わなかった。
夜中に大きな音がしたせいか、次々に村人たちの起き出す音が聞こえてくる。村長は今回のことについて、「アトリ以外の村民全員の賛成を得た」と言っていたようだ。勿論、彼らも殺らねばならない。
「な、なんだお前は!」
「あなたっ!」
リアはまず付近の家に入り込み、そこに住む夫婦を殺した。
魔法を使った。まるで小鬼を殺すかのような手際の良さ。俺は逆にリアが心配で仕方がなかった。
(……リア代わろうか?)
(ダメ。こういうことはミナトにはさせたくない)
いや、逆だろ。そういうのは。
俺は断りなく表に出ようとするが、リアは身体の操縦権を保持し続けた。
「お、おまえは──ぎゃっ」
その間にも、リアは新たに村民を一人殺していた。
もう彼女は止まらないし、止められない。
いつも飯を作ってくれていたキャスとかいう婆さんも、牧場を営む爺さんも、直接話したことがあるかどうかに拘わらず、リアは村にいる人間を見つけ次第殺害していった。
そして、最後に残ったのは──
「アトリ! 大人しく部屋に入ってな!」
「いや! リアのところに行くの!」
「やめなさい! アレは亜人なんだよ!?」
「そんなの知らない! リアは友達なの!」
村はずれに建てられた新しい家屋。そこから飛び出そうとするアトリと、それを止めようとするひとりの婆さんが中にはいた。
村長の思惑は外れ、アトリにも今の状況が伝わっているらしい。この近辺に住む婆さんが焦った様子で、アトリの腕を掴んでいた。
そんなふたりの前にリアは姿を見せる。
「リア! よかった! 無事だった──」
アトリの声に、甲高い振動音が重なる。
「へ?」
ドシャ、と音を立てて、アトリの横にいた婆さんが倒れた。
「えっ、えっ」
事態を飲み込めないでいるアトリの視線は、リアの顔から婆さんの遺体へと、忙しない往復を何度も繰り返していた。
「おばあちゃん、死んじゃった……?」
「私が殺した。村長や他の人も皆、私が殺したの」
「な、なんで?」
「私を裏切ったから」
淡々と言葉を吐くリアの視線は冷たくアトリの姿を捉えていた。
(お、おい、リア! まさかアトリまで殺したりしないよな? この子は何も知らなかったんだぞ!?)
(…………そもそも、アトリに正体を明かしたのが間違いだった。間違いは修正しなきゃ)
(おいっ!)
リアは今、越えてはならない一線を越えようとしていた。
(リア、アトリはお前の友達だろ!? 間違いってなんだよ! 考え直せ!)
(ミナトは黙ってて。今余計なこと言われたら殺し損ねちゃう)
(だから殺すなって! 村の連中はともかく、この子はお前に何もしてないだろ!?)
(わかってる。でも、やらなくちゃ。私には目的があるから)
(でもっ……!)
まずいまずい! 今、リアは心を殺して、あくまで冷静に物事を進めようとしている。
そりゃあこの村であったこと全てを無かった事にするには、事情を知る人間を一人残らず消すしかない。でも、本当にそれでいいのか?
正体を明かしたのは間違いだった。それは事実かもしれない。でもそこに至るまでに通じ合ったアトリとの絆すらも、リアにとっては間違いだったのか? 違うだろ。
これからどうするべきか、何も分からない状況ではあるが、これ以上取り返しのつかない事だけは増えてほしくない。
だというのにリアの温度は冷たくて、俺の静止など一切聞かず、アトリに向けて手のひらを広げた。
魔力が高まっていく。
俺は必死にリアから操縦権を奪おうと試みる。破裂魔法が放たれる、その寸前だった。
「リア! とまれぇぇぇっっ!」
口が動いた。手も動かせた。
破裂魔法は元々の狙いを外れ、家屋の壁を破壊する。
ギリギリのところでリアが操縦権を俺に託したらしい。間に合った……。
衝撃で転んでしまったようだが、アトリには傷ひとつない。
(リア、思い直してくれてよかったよ……)
ホッとしてリアに語りかける。
(……リア?)
返事はなかった。
(おい、リア! リアー!)
ダメだ。俺の声が届いていない。アイツ、このタイミングで引きこもりか?
ちょっと待てよ。この状況どうするんだ。
「ア、アトリ?」
「……っ!」
俺が声を掛けると、アトリは肩を震わせた。
「大丈夫か? 立てる?」
「は、はっ、はい……」
彼女の瞳は恐怖の色に染まっていた。
アトリを除く村の人間を全て殺害した後、リアは引きこもってしまった。そして、アトリは立っているのもままならないくらい小刻みに震えていた。
俺はこれからどうすればいいんだろう。冷静に自分のすべき事を順序立てて考えられない。いや、この状況で泰然と後処理に取り掛かる事の出来る人間なんているのだろうか。少なくとも、単なる学生だった俺には無理だ。
そして、俺がまず選択した行動は「寝る」という、ともすれば逃げと言われても反論できないものだった。
でもこっちだって精神的に痛めつけられているのだ。ちょっとくらい休ませてくれ。
俺は血で汚れていない家を選び、アトリを連れて中で横になる。
「はっ……はっ……はっ……」
アトリは横たわって、間隔の短い呼吸を繰り返している。これで正常なはずがないのだが、だからといって俺にはどうすることも出来ない。ただ、彼女をひとりきりにすることは怖かった。
結局、俺は彼女が疲れて眠るまで、その背中を摩り続けた。だが、それが彼女の気を楽にしているのかどうかは、結局のところ分からない。
空が明らみだす頃、俺は目を覚ました。
(リア起きているか?)
一応、声をかけてみる。だが、返事はなかった。
少し嫌な予感がした。俺がパレタナで沈んでいた時のように、もしかしたらリアも自分の意志で浮上出来なくなっているのではないだろうか。
「ゅう……リア……?」
起き出した俺につられるようにアトリも目を覚ます。その様子は昨日の惨劇がまるでなかったかのように、いつも通りでつい和んでしまう。
一夜明けて俺もかなり落ち着いた。まあ、これからの後処理を考えると、また苦しい気持ちになるのだろうけど。
「アトリ。俺、ミナトだよ。リアは今ちょっと裏にひっこんでるから」
「へ、ミナト? あっ! ああ……」
突然アトリの表情が暗く沈んだ。頭の覚醒に伴って、昨日の事を思い出したらしい。
「なあ、ちょっと話をしていいか?」
「なん……ですか」
「情報のすり合わせというか、言い訳と言うか……アトリにはこんな状況になってしまった経緯を話しておきたいんだ」
俺たちが行ってしまったことを、弁明したかった。仕方なかったんだと。それは、リアを嫌わないで欲しいという俺の勝手な思いからだった。
俺はまず昨日の夜、村長に捕らえられたところからアトリに話を聞かせた。
リアが捕まった経緯、村長が語った動機など。どうしてエルフであることがバレてしまったのか。後、村人たちを全員始末したこと。
全てを語り終える前に、アトリは堪え切れずに泣き出してしまった。
「ひっ……ひっ……ひっ……ごめん、なさい……わたしが余計なことを言っちゃったせいで、みんな……」
俺はすぐに自分の浅慮を後悔した。これではお前が悪いと言っているようなものだ。
「いや、違うんだ。リアはアトリに秘密を言ったことが間違いだったって……ああ、いや、違う! その、誰が悪いとかじゃなくて、不幸が重なっただけなんだ!」
言いながら、自分でもアトリに1ミリも響かないのは理解していた。
でも、どうすればいいんだよ……。
結局アトリはその後もずっと泣いていた。
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