第125話 裏切り

「目を覚ましたか。の少女よ」

「え?」


 暗闇の中、聞き知った声がリアの鼓膜と心を揺らす。声の主は他でもないこの村の長、アトリの祖父であった。


 確かに『エルフ』と口にした村長。それを聞いて俺たちは察してしまった。


(リア、落ち着けよ。冷静さを失っちゃダメだ)

(…………わかってる。ミナトはどうにか魔力を作って)

(わ、わかった)


 俺が言うまでもなく、リアは努めて冷静に自分たちが取るべき行動を考えていた。


 魔封じの手枷というのは、装着された人間の魔力を掌握し、魔法として使われる前に無理やり体外へ放出させてしまう魔道具だ。


 魔力の掌握には、事前にその人の魔力を乗っ取るだけの魔力が込められている必要となる。ということは、この魔封じには≪黄昏≫の魔力が大量につぎ込まれている。


 一体どこでその魔力を……?


 いや、それよりも今はこれを外す為に、魔力ブーストを起こさなければならない。


 要は手枷が制御しきれないほどの魔力が身体にあればいい。リアが奴隷商から逃げ出した時は、突然俺の魔力がリアに流れ込んだことで危機を脱したのだ。今回も同じ現象を再現すれば。


 ただ、それは簡単なことでなかった。


 俺は今の状況を考えないようにして、記憶の海に身を投げた。








 なんで、どうして。そんな気持ちが絶えずに口から湧きだしそうになるのを必死に抑えて、私はミナトへ魔力ブーストを起こすように指示を出した。


 そして私のやるべきことは目の前のから情報を引き出すことだ。幸いにも、コイツは私と話をする気があるようで、外からランタンを取り出し部屋に明かりを灯した後、私の目の前に腰を下ろした。


「どういうつもり?」

「……申し訳ないとは思っている」

「はぁ?」

「この村をその目で見たお前ならわかると思うが、ここはもう風前の灯火だ。飛竜の危機なんてなくても、いずれ遠くない未来に滅びるだろう」

「それが?」

「お前を売る」


 驚くほど短い言葉で、私の末路は告げられた。


「そのうち帰ってこない冒険者を不審に思って、ギルドから代わりの人間がやってくるはずだ。その際に、お前を引き渡す。黄昏剛鉄こうこんごうてつとマジックバッグも一緒にだ。そして、そのお金でこの村に大量の冒険者や若い人間を大勢呼ぶのだ。この村の灯を消さないようにするにはこれしか方法が無い」


 不本意ながら、という言葉が所々に隠れているような気がして、それが私の神経を逆撫した。もし今魔法が使えるなら、すぐにでも焼き殺してしまいたい。


 結局、私はこの村に裏切られたのだ。折角貴重な時間を割いて飛竜を退治したのに、彼らは自分の利益しか考えていなかった。


 ふと、クラナねーちゃんの言葉が脳裏に過る。


 綺麗に9つに別れた魔法位とは違い、外の世界は実に雑多な色に溢れている。安心だと決めつけてはいけなかった。翠だと思ってた色が、実は青だったなんてことはよくあることだ。


 何が私のコイツらに対する認識を歪ませたのか、それは言うまでもなくひとりの少女だった。


 アトリ。


 彼女はこの結果を望んでいたのだろうか。


 ああダメだ。考えると胸が痛い。


「アトリは?」


 それでも私は真相が知りたくて彼女の名前を口にする。


「アトリなら眠っておる。あの子は未だにお前を友人だと思っているよ。だからこそ、もう会わせられんがな」


 その言葉に私はふと心が軽くなるのを感じた。


 そっか、アトリが私を騙していたんじゃなかったんだ。


「ふぅ……」


 少しだけ心に余裕が出来た私は、村長と話を続ける。


「どうして私がエルフだとわかったの? アトリが喋ったとか?」

「いや直接喋ったわけではない。だが、外の世界を何も知らないアトリがいきなりエルフだの亜人だの話を聞いてくるんだ。これを怪しまないわけがない。それからはあの子をなんとか誘導して、お前の正体に確信が持てるような情報を引き出したのだ」

「そう……」


 それ以上、何も言えなかった。これはアトリが悪いんじゃない。完全にアトリに情報を渡した私のミスだ。


「いろいろ村を助けた私に申し訳ないとは思わないの?」

「……思うが、お前も私たちを騙していたじゃないか」

「騙して……そう……」


 その言葉に私はただ悲しくなった。私は久々にこの世界の残酷さを思い知らされた気がする。


「ただ、感謝もしているし、先ほども言ったが申し訳ないと思ってはいる。だからこうやって胸襟を開いてお前と話をしているのだ」


 それで誠意を見せているつもりなのか。もう本当に頭が痛い。


 だけど、ミナトが魔力を溜め終わるまで時間を稼がないと。


「よく≪黄昏≫の魔力を枷に補充出来たね。村に魔法位の高い人はいなかったはずだけど」

「ああ、魔封じの枷にはお前が防衛の為に出してくれた、黄昏剛鉄の魔力を利用した」


 ああ、そっか……。じゃあ、私自身がご丁寧に捕まるための要素を用意してしまったのか。人助けなんてするもんじゃないな……。


「他に聞きたいことはあるか?」

「私がこうやって捕らえられたことは村には知られているの?」

「ああ、今回の事は、アトリ以外の村民全員の賛成を得た結果だからな。あの子にもいずれは伝えるが、今はどうにかして伏せておく。きっとなだめるのに苦労するだろうからな」

「本当に、アトリにはもう会えないの? 私、教えた魔法が出来るようになったかどうか、見せてもらう約束をしてるんだけど」

「ダメだ。魔法なら昨日、俺に温かいお湯を沸かしてくれたから安心しろ」

「……ネタバレやめてよ」


 あの嬉しそうな顔見たら結果はすぐにわかったけどさ……。それは本人の口から聞きたかった。


 …………。


 さて、そろそろかな。今、ぶわっと魔力の溢れる感覚があった。


 ミナト、あの記憶を見たんだ。そうじゃないとこの短時間で魔力を大量に出来ないか。


 ミナトの記憶。彼がエロゲ沼に落ちるきっかけを作った最低で、クソしょうもない記憶だ。


 彼は高校生の時、大切な人を裏切った。でもそれで得られた背徳感は極上の快感を生み出したのだった。


 もしかして、この村人たちもそんな蜜の味に酔いしれているのかもしれない。そう思うと、許せはしないけど、行動の原理としては理解できる。


 そんなことを考えていると、魔力がいよいよ枷では制御出来ないほどまでになっていた。


 ゴトン、と板張りの床に重い金属の落ちる音がした。


「なっ! どうして枷がはず──」


 その言葉を聞き終わる前に、私はヤツへ破裂魔法をブチ当てる。


 大きな音を立てて、家屋が吹き飛んだ。


 音が止むと同時に、遠くでアトリの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

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